第29話 カリスターンの戦い

 僕たちイオランテス軍は、《アレクスルーム王国》の王都おうとを脱し、進軍経路を偽装しながら領内を東進、東方の要衝ようしょう城塞都市じょうさいとしカリスターン》を落とすことに成功した。

 《カリスターン》の守備兵たちは、僕たち魔族軍まぞくぐんが西の《城塞都市ラルブルム》方面へ撤退てったいしたと思い込んでいた様子で、夜になっても城門を閉じる気配がなかった。

 そのため、フローラとフルックの《爆裂豪炎ばくれつごうえん》に頼るまでもなく、あっさりと制圧することができてしまったのだ。

 だが、《カリスターン》を占拠せんきょしたのもつか、国境付近へと偵察ていさつに出ていた物見の兵から急報が入り、僕たちの間に緊張が走る。


「《アレクスルーム王国軍》が国境を通過してこちらに向かっています。また、陣頭には《勇者旗ゆうしゃき》が掲げられていました!」

「ついに来おったか!」


 《カリスターン》の指揮所しきじょで、フローラが勢いよく立ち上がった。

 イオランテス将軍が確認する。


「《勇者旗》はいくつあったか」


 その問いかけに、物見の兵は二本の《勇者旗》を確認したと答えた。


「とりあえず、敵の勇者は二人ということですか。今までのようにはいかないですね」

「うん、そうだね」


 フルックの呟きに、僕はキッと顔を上げた。


「敵の勇者は僕が抑える。だから、軍の全体の指揮をイオランテス将軍にお願いします。それと、フローラ、フルック、クラヴィルの護衛の手配も──」

「お任せください」


 短く、しかし、ハッキリと応じてくれた将軍に、僕は頭を下げて感謝の意を示す。

 そして、続けて物見の兵に問いかけた。


「敵は、僕たちの軍の存在に気づいているようだった?」


 ◇◆◇


大澄おおすみさん、そろそろ一休みしたいところッスねー」


 馬車に揺られながら、《アレクスルーム王国》所属の《召喚勇者》の一人、國立こくりゅう 隼道はやみちが、隣で大剣たいけんを抱えて座っている大澄おおすみ 由秀よしひでに話しかける。

 すると、馬車の横を馬に乗って併走へいそうしている勇者付きの兵士が声をかけてきた。


「もうすぐ、我が国の《城塞都市カリスターン》に到着します。《カリスターン》ならば、歓楽街かんらくがいもありますので、心身ともに英気を養うことができましょう」

「やった! 今まで野宿続きだったから、楽しみッスね!」


 無邪気に喜ぶ國立をよそに、大澄は不機嫌な様子を隠そうとしなかった。


「遊んでる場合なんかじゃねーぞ。こうしている間にも、鷹峯たかみねのヤツは《魔帝領まていりょう》へ向かって逃げているんだ。少しでも早く追いかけないと、また逃げられる」


 兵士が、まあまあと大澄をなだめる。


「お気持ちはよくわかりますが、まず、最優先でするべきことは王都の解放です。魔族軍の追撃はその後ということで、ひとつお願いいたします」

「チッ……」


 苛立いらだたしげに舌打ちを漏らす大澄だったが、彼自身、疲れがたまっている自覚もあった。


「とりあえず、一日だけだぞ」

「了解ーッス」


 陽気に応える國立だったが、その表情に少しだけ嫌悪の色が宿っていることに、大澄は気づくことができなかった。


 ◇◆◇


「──やっぱり敵軍は、この《城塞都市カリスターン》が僕たちの手に落ちていることに気づいていない」


 城壁上から、こちらへ迫ってくる《アレクスルーム王国軍》の様子を確認しながら、僕は風で乾いた唇をめる。

 敵軍は行軍陣形こうぐんじんけいすらとっておらず、完全に油断しきっている様子だ。

 イオランテス将軍が感嘆のため息を漏らす。


「スバル殿が仰るとおりでしたな。まさか、自国内とはいえ、ここまで無防備状態をさらせるとは……」

「《リグームヴィデ王国》や《魔帝領》侵攻で好き勝手やってたみたいだからね。完全に慢心まんしんしているんだと思う」

「それでは、スバル殿が立案した作戦を進めてよろしいですな」

「ええ、あとはイオランテス将軍にお任せします。僕は──」


 腰の《幅広の剣ブロードソード》を音高く引き抜いた。


「僕は勇者二人を討ち取ります!」


 ○


 そして、僕が立てた作戦が開始された──


 《城塞都市カリスターン》には東西南北の四箇所に大門だいもんが設置されている。


「そのうち、《アレクスルーム王国軍》が近づいてきている東門を開放するんだ。しかも、夜でも目立つように松明たいまつをたくさん用意して」


 幸い《アレクスルーム王国軍》が《カリスターン》に接近してきたのは夕刻だった。

 松明の灯りに気がついたのか、夏の虫のように東門へと進路を向けてくる。


「イオランテス将軍、敵の先遣隊せんけんたいが突出してきます。人数は十人ほど!」

「よし、門内に誘い込んで鏖殺おうさつせよ」


 《城塞都市カリスターン》の大門は、大きめの広場を挟んだ外門と内門の二重構造になっている。その広場に敵軍を誘い込んで、城壁の上、四方八方から矢や炎の雨を降らせるというのが、今回の作戦のきもだった。

 その前哨戦ぜんしょうせんとして、まずは偵察ていさつと街との打ち合わせ目的で先行してきた先遣隊を、大門の内側へと誘い込み、広場の中で全滅させることに成功する。

 それを確認したフルックが指示を飛ばした。


「急いで死体を片付けて! そして、偽の伝令兵を仕立てて、敵の本軍にそのまま東門から街に入るように伝えるんだ!」


 僕たち《イオランテス軍》には、少数だが信頼できる《人間》の兵士が参加している。

 その中の三人が、伝令兵に偽装して敵軍へと向かった。


「どうやら上手くいっておるよう……じゃの?」


 敵の様子をうかがっていたフローラだったが、笑みを浮かべるものの緊張の色は隠しきれない。

 同じような表情のフルックに促され、二人は事前に決められた待機場所へと向かっていった。

 一方で《アレクスルーム王国軍》は進軍の速度をゆるめ、そのまま開け放たれた東門へと一直線に向かってくる。


「敵軍、大門広場に入りました!」

「よし、そのまま、できるだけ多くの敵兵を誘い込め!」


 イオランテス将軍の指示に、城壁上の魔族兵たちが一斉に弓矢を手にした。

 だが、事情を知らない《アレクスルーム王国軍》の兵士たちから声が上がる。


「なぜ、内門が閉まってるんだ? すでに先遣隊を送っていたはずだが」

「街の守備兵よ、急ぎ開門願いたい! こちらは長い遠征で疲れているんだ!」

「そうだ、そうだ! 俺たちは早く休みたいんだ!」


 それらの声を受けて、内門の上に一人の将が立ち上がる。

 その魔人の将──イオランテスが剣を高々と振り上げた。


「血も涙もない、欲の亡者もうじゃども! 今、この場にてむくろとなって土にかえり、自らがけがした《魔帝領》の民たちに詫びるがいい──全軍、攻撃開始!」


 将軍の号令ごうれいとともに、激しい音を立てて、城壁上から無数の矢が広場の敵兵たちに打ち込まれる。


「「「敵襲だぁっ!!」」」


 事ここに至って、ようやく自ら危地きちに足を踏み入れたことに気づく《アレクスルーム王国軍》の兵士たち。

 慌てて身をひるがえし、仲間を押しのけて外門から外へと逃げ出そうとする。

 だが、外門の外でも、すでに戦闘が始まっていた。


「わらわの《超絶ちょうぜつ放射火炎ほうしゃかえん》の威力を、とくと味わうのじゃ!!」


 街の北門と南門から出撃した《魔族兵》が、城門内に入りきれない《アレクスルーム王国軍兵》に突撃を開始し、さらにフローラとフルックによる《拡散火炎かくさんかえんブレス》攻撃が容赦なく《王国兵》を打ち倒していく。


 ──勝敗は決まった。


 門の内外で奇襲きしゅうを受けた《アレクスルーム王国軍》はパニック状態に陥り、反撃どころではない。むしろ、自分が生き延びるために、仲間の兵士を犠牲にするようなありさまで、組織だった抵抗も不可能な状態になってしまっている。

 だが、そんな地獄絵図じごくえずの中、二つの光の球体が展開されている場所があった。


「勇者様、お助けくださいっ!!」


 《召喚勇者》の《防御障壁ぼうぎょしょうへき》。

 矢に追われる兵士たちが助けを求めて殺到するが、その《防御障壁》が兵士たちを守ることはなかった。

 二人の《召喚勇者》──大澄おおすみ 由秀よしひで國立こくりゅう 隼道はやみちは、自分の身の他、それぞれ指揮官と従軍神官じゅうぐんしんかん一人ずつを障壁で覆うのが精一杯で、横で自分の《勇者旗ゆうしゃき》を掲げてくれていた兵士が地面に倒れ込むのも傍観ぼうかんするしかない状況だった。


「ゆ、ゆ、勇者殿、とにかく、外へ脱出せねば!」


 國立に庇われた《従軍神官》が悲鳴のような声を上げる。


「大澄さんっ! これはヤバイッスよ! いったん逃げないと!」


 だが、その声に対して、大澄は微動びどうだにしなかった。

 その視線は前方の一点──僕の方を向いている。


鷹峯たかみねッ、オマエっ!!」


 大澄たちより、一回りも二回りも大きな《防御障壁》を展開した僕の姿に、周りの兵士たちはヒィッと叫んで逃げ出していく。


「大澄君、久しぶりだね。今回もまた逃げ出すつもりだったりする?」

「テメェ、調子に乗りやがって! ぶっ殺す!!」


 僕の挑発に、大澄は逆上して《防御障壁》を張ったまま突撃してきた。

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