第28話 王都脱出作戦

「おー、本当に敵の王都おうとを奪っちゃうなんて、スバル、やったじゃん!」


 《魔帝領まていりょう》から物資を運んできてくれた補給隊に同行してきたクラヴィルが、久しぶりに再会した僕の背中をバシバシと叩いてめてくれる。

 僕も、逆にクラヴィルの肩に手を回して身体を引き寄せた。


「いやー クラヴィルもいいところに来てくれたよー」

「お、任せておけ。王都の財宝やカネとかを運べるだけ運んでいけばいいんだろ? 《リグームヴィデ》で奪われた分には遠く及ばないけど、とことんぶんどってやるから安心しろ」

「まあ、それもあるんだけど、それとは別にクラヴィルにやってほしいことがあってさ」


 さらに、クラヴィルの耳元に口を近づけて、そっと呟く。


「これから《リグームヴィデ王国》に軍を進めるから、道案内をよろしく」

「──って、なんですとぉっ!?」


 がばぁっと、クラヴィルが勢いよく身を起こした。


「大丈夫、クラヴィルは、僕が責任を持って守るから──」

「いや、それはいい! いや、よくない……戦場はやっぱり怖い。でも、それって《リグームヴィデ王国》を取り戻すための戦いなんだろ!?」

「うん、そのための第一歩の戦いだね」

「だったら、オレ頑張る! いや、ここで頑張らなかったら、あの世で《リグームヴィデ》のみんなに会わせる顔がない! まだ会いにいくつもりもないけど!」


 なんだか、予想外のクラヴィルのスイッチを入れてしまったようだったが、これはこれで結果オーライ、むしろ、頼もしいので気にしないことにした。


 ○


 こうして、僕たちは《アレクスルーム王国》の王都を放棄する準備を進めていった。

 もちろん、その動きは極秘裡ごくひりに進めなければならない。

 王都の住人たちには危害を加えず、また、物資や財産を奪わない約束を交わす一方、王城や貴族たちからは、安全の保証の対価として、それ相応の財物ざいぶつを差し出させていた。

 その中でも、僕が特にこだわったのは、《神殿》に収められていた《勇者》関連の《神器しんき》だった。

 恐怖に怯える神官たちを、さらに威迫いはく脅迫きょうはくし、所有しているすべての《神器》を差し出させる。


「まあ、すでに《勇者》たち──アイツらに配られている《神器》を回収することはできないから、意味は無いかもしれないけど」


 それでも、すべての《神器》を《魔帝領まていりょう》で管理することができれば、元クラスメイト──勇者たちに対して一定の牽制けんせいにはなるかもしれない。

 それらの財物、宝物を輸送体と護衛の魔族兵に託して見送った後、僕たちは王都の守りを強化する──と見せかける。


「とりあえずは、城門の修理だね。このままじゃ、無防備状態だし」


 フローラとフルックの《爆裂豪炎ばくれつごうえん》は、堅固な木製の城門を容赦なく燃やし尽くしていたのだ。

 王都の職人を召し出して、城門の修理を命令するが、彼らは平伏へいふくして慈悲じひうばかりだった。

 いわく、これだけの城門を復旧させるには数ヶ月の日数が必要だ、と。


「それでも、修繕にあたるがよい。城門がなければ、この王都は丸裸も同然ぞ」


 フローラが職人頭しょくにんがしらに剣を突きつけて、すごく悪い笑みを浮かべる。


「わかっておるな、そなたらの身柄だけではない。妻子ら家族も、わらわたちの手にあるということを」

「も、もちろんでございます! すぐにとりかかりますので、どうか、どうか家族には手出ししないでくだせぇ!」


 必死の形相ぎょうそうで作業を進める職人たちを監視しながら、イオランテス将軍は、並行して城外に防御柵ぼうぎょさくの構築を指示する。

 そちらは、職人だけでなく、降伏した兵士や王都の一般住民も徴発ちょうはつして作業にあたらせた。

 そして、数日後──その夜は新月だった。


「それじゃ、夜逃げしますかー」


 僕の指示に、フローラとフルックがうなずき、イオランテス将軍が魔族兵に指示を飛ばす。

 魔族は基本夜目よめく。

 夜陰やいんの中での王都からの脱出は、驚くほどスムーズに進めることができた。

 王都の住人たちも、魔族の兵士に怯えて、昼間から窓や扉を閉め切って引きこもっている。さらに、城門修復や防御柵の建設による重労働の影響もあり、深く眠ってしまっている者がほとんどだった。


「とりあえずは、明日の朝までは気づかれないといいね」


 僕はフルックがる馬に同乗している。

 同じようにクラヴィルを背後に乗せたイオランテス将軍が、併走しながら確認してくる。


「とりあえず、いったん《城塞都市じょうさいとしラルブルム》方面へと向かい、少し距離を稼いでから《リグームヴィデ王国》方面へと転進てんしんしますぞ」

「うん、ちょっとした小細工こざいくだけど、これで、僕たちが撤退したと思い込んでくれれば、敵も油断してくれるかな、と」

骨惜ほねおしみしないことは良いことだと思いますぞ。特にこれからは、我らの部隊単独で《連合六カ国軍れんごうろっかこくぐん》の只中ただなかに突入するわけですからな。少しでも布石ふせきを打っておいて損はありますまい」


 この一連の《アレクスルーム王国》侵攻作戦の渦中かちゅうで、どうやら、僕はイオランテス将軍の完全な信頼を勝ちとることができたようだ。

 フローラとフルックに至っては、出会ったときから、僕に対して、なぜか一定の信頼を寄せていたようにも思える。


「《魔勇者まゆうしゃ》か……」


 ──かつての大戦で《魔族軍》を率いた裏切り者の《勇者》。


 もちろん、それは《アレクスルーム王国》に所属していた当時の《召喚勇者》たちから見た表現で、魔族側からすれば、まさに英雄的存在だ。


「確かに、スバルが《魔勇者》を名乗ってくれれば、いろいろと事がやりやすくなりますが」


 フルックが前を向いて馬を操りながら、顔を半分だけこちらに向けてきた。


「その、なんというか《魔勇者》殿は、あくまで《魔勇者》であって、スバルとは全くの別人です」

「まあ、それはそうなんだろうけど……」

「そうなんです。だから、スバルはスバルらしく、スバルのやりたいようにやればいいと思うんですよ。あの《魔勇者》殿の幻影げんえいに縛られることはありません」


 その物言いに、僕は苦笑してしまう。


「って、言われても、僕は、その《魔勇者》殿のことはよく知らないんだよね」


 転移前の現代日本で読んでいた《柴路しばみちノート》、そこにも《魔勇者》になった生徒のことが書かれていた。だが、それはあくまで、《召喚勇者》たちからの視点で語られている内容だったのだ。

 なので、《魔勇者》が、どうしてクラスメイトたちを裏切って、魔族側についたのかは、僕にもよくわからない。


織原おりはら先生に、水瀬みなせ先生なら──」


 僕は二人の教育実習の先生のことを思い出す。

 この世界に召喚される前、同じ1年A組のバスに乗っていた二人は、だった。


『──先生たちの消息については不明だ。そもそも、この世界に転移したかどうかもわからないんだ』


 藤勢ふじせは先生たちの行方はわからないとだけ言っていた。

 もしかすると、僕と同じように、どこか離れた場所に転移して見つかっていないだけという可能性もある──


 突然、考え込んでしまった僕を見て、フルックは再び視線を前に向ける。


「だったら、この一連の戦いが終わったら、《魔勇者》殿の武勇譚ぶゆうたんをお聴かせしますよ。僕、こう見えて歌と楽器もたしなみますので──」

「──って、それだけは絶対にめよっ!!」


 横からフローラがいつにない真剣な表情でツッコミを入れてきた。

 後から思い返しても、それは今まで見た中でも一番深刻な表情だったと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る