第27話 一勝一敗

 ◇◆◇


 《魔王姫まおうき》と《魔王子まおうじ》率いる魔族軍まぞくぐんが、《連合六カ国れんごうろっかこく》の盟主めいしゅ──《アレクスルーム王国》の王都おうと占拠せんきょしたというしらせは、人間と魔族双方の間にまたたく間に広まっていく。

 これまで、攻められる一方の魔族たちだったが、この報せによって、士気しきが一気に高まった。


「今が反撃の時ぞ!!」


 逆襲ぎゃくしゅう気運きうんが高まる各地の魔族軍。

 ここにきて、戦況せんきょうは一気に逆転するかと思われた。


 だが、その勢いはあっさりと潰されてしまう。

 《連合六カ国》により召喚された勇者たちによって──


 ──《魔帝領まていりょう》の首都、《魔王城まおうじょう》も制圧されてしまったのだ。


 ○


「──というわけで、この《魔王城》は僕たちに任せてもらえないかな」


 《魔帝領》の首都である《魔王城》は、ついに《連合六カ国軍》、いや──三十五人の《召喚勇者》たちによって攻め落とされてしまっていた。

 その《魔王城》の巨大会議室では、勇者を代表して藤勢ふじせ 知尋ちひろが、《連合六カ国》の首脳陣たちとの交渉にのぞんでいた。


「さすがに勇者殿たちの申し出とはいえ、それは承服しょうふくできかねます」


 アレクスルーム王国の大臣の一人が、口ひげを震わせた。

 一応、戦地にあるということで甲冑かっちゅうを身につけているものの、妙に似合っていない。

 続けて、他の五カ国の代表たちも、口を揃えて藤勢の提案を拒否していく。

 しかし、藤勢は二回りも三回りも年上の政治家たちを相手に、一歩も退くことがなかった。


「だったら、お聞きします。このあと《魔王城》は、どの国が管理なされるのですか?」


 挑発するかのような藤勢の言葉に、ムッとした様子で《アレクスルーム王国》の大臣が椅子から立ち上がる。


「それはもちろん、《連合六カ国》の盟主たる我が《アレクスルーム王国》が──」

異議いぎあり!」


 だが、その大臣の言葉を遮ったのは、藤勢ではなく、他の五カ国の代表たちだった。


「いつ《アレクスルーム王国》が《魔王城》を管理するという話になったのか。そもそも、貴国きこくは王都を失って、それどころじゃないと存ずるが」

左様さよう、《魔王城》は《魔帝領》の要といえる巨大都市、一国の手にゆだねて良いものではないと愚考ぐこうする次第」

「どうしても《魔王城》が欲しいというのなら、他の《魔帝領》、旧《リグームヴィデ王国》の領地すべてを放棄するというなら考えなくもありませんが」

「それは極論きょくろんですが、《魔王城》については、どの国の支配下になっても、他の国が納得しますまい」

「その通り、ここは順当に《魔王城》については、我ら《連合六カ国》の代表を派遣し、共同統治とすることが現実的な案だと考える」


 藤勢の提案をきっかけに、喧々囂々けんけんごうごうの議論へと発展していった。

 各国の代表とも、《魔王城》という強大な利権を他国に渡すわけにはいかぬ、と、必死の論陣ろんじんを張っていく

 その様子を、しばらく黙って傍観ぼうかんしていた藤勢だったが、論戦の一瞬の隙を突いて発言する。


「共同統治という形を取るのであれば、僕たち勇者に任せていただくことが、一番合理的ではありませんか?」


 藤勢は穏やかな口調で説明を続けた。

 現状、勇者たちは、それぞれの国に所属している。

 《魔王領》への侵攻にあたっても、それぞれの国の利益を確保することを優先してきた。

 さらに、《魔王城》の治安維持ちあんいじの問題もある。

 勇者たちは一人一人が一軍に匹敵ひってきする力を持っている。

 そんな自分たちが《魔王城》に駐屯ちゅうとんすれば、魔族たちの反抗を抑え込むことも容易たやすいし、《魔王城》を中心に、《魔帝領》全体に対してにらみをきかせることもできるだろう。


「皆さんが危惧きぐされているのは、僕たちが独立してしまうことですよね」


 藤勢は笑った。

 たとえ、自分たち勇者が《魔王城》で独立を図ろうとしても、現状の《魔王城》を維持できない。なぜなら、食料や物資などは《連合六カ国》の援助に頼らざるをえず、いわば、生命線を握られている状態なのだから、と。


「どうでしょう、現時点で制圧している《魔帝領》の占領作戦、そして、これから先、さらに侵攻を続けることを考えると、《魔王城》は僕たち《召喚勇者》が各国の意志を代表して治めることが最適だと思いませんか?」


 その説得に、各国の代表たちは互いに表情の読み合いを始める。

 勇者たちの提案に対して、納得はできないが、かといって、他国に奪われることだけは絶対に避けたいという思惑が透けて見える。

 結局、何度かの会議を経て最終的には藤瀬の提案──勇者による《魔王城》統治案が認められることとなった。


 ○


「おい、藤勢。王都に戻らなくていいのかよ」


 会議が終わった後、退出する藤勢を大澄おおすみ 由秀よしひでが待ち構えていた。

 二人とも《アレクスルーム王国》に所属する勇者と言うこともあり、王都陥落の詳報しょうほうは聞かされている。

 もちろん、女王を筆頭とする首脳陣たちから、王都奪還の軍に加わってほしいという要請も受けていた。

 だが、自分は動くつもりがないと、藤勢は一蹴する。


「今、この情勢下で僕が《魔王城》を離れたら、前線の抑えが効かなくなっちゃうからね」

「なら、俺にいかせろや」

「──鷹峯たかみねがいるからかい?」


 意地悪そうな笑みを浮かべた藤勢を顔の横を鋭い風が吹き抜ける。

 大澄が拳を打ち込んだのだ。


「ああ、そうだよ。あのウザイ鷹峯をとっとと潰しておきたいんだよ。っつーか、もっと早くやっておけば、王都を奪われるなんて情けないことにはならなかったんだ」

「別に構わないよ」


 藤勢は大澄の腕を押して、さりげなく間合いから離れる。


「鷹峯が目障りなのは同じだからね。でも──」


 爽やかに笑いながら、藤勢は短く言い放つ。


「──行くんだったら、確実に殺してきてよね」


 ◇◆◇


 《アレクスルーム王国》の王都を奪った僕たちだったが、勝利の余韻よいんに浸っている暇はなかった。

 なんといっても、こちらが王都を陥落させたのと、ほぼ同じタイミングで《魔王城》が《勇者》たちに攻め落とされたという情報が飛び込んできたことだ。

 僕たちは、急いで今後の方針を定めなければならない。


「策は三つあります」


 フルックが指を三本立ててみせた。


 ひとつめは、《アレクスルーム王国》王都を脱し、《リグームヴィデ王国》経由で《魔帝領》を目指す。

 ふたつめは、同じく、この王都から退去し、来た道、《城塞都市じょうさいとしラルブルム》経由で《魔帝領》の《新興都市しんこうとしノーヴァラス》へ戻る。

 みっつめは、この王都に留まり、奪還に来る《アレクスルーム王国軍》との決戦に備える。


「一番派手なのは、ひとつめの策ですね。このあと連戦に次ぐ連戦になります。それらに勝ち続ければ、その効果は計り知れません。ただ、補給については敵から奪うことも想定しておかないと、早々に行き詰まる可能性もあります」


 まあ、博打ばくちですね──と、フルックが肩をすくめる。


「逆に、二つ目は安全策です。この王都から奪えるものは奪って《魔帝領》に帰還します。その後、《ノーヴァラス》に集まっているであろう追加兵力を再編して、《魔王城》奪還に挑むことになります」

「わらわとしては、ひとつめの方が好みじゃのう」


 そのフローラの感想に苦笑しつつ、僕は三つ目の策について考える。


「みっつめは、ある意味、戦況を泥沼化させる策だよね。上手くいけば反転してくる《アレクスルーム王国軍》を各個撃破かっこげきはできるけど、逆に一気に大軍で帰ってこられたら、包囲されて、最悪王都内でも反乱が起きてゲームオーバーってカンジ」

「ゲームオーバー……?」

「あ、いや、詰んじゃうってこと」


 僕は手を振って言い直した。


「なにはともあれ、みっつめは無いかな。上手くいけば《アレクスルーム王国》全体を乗っ取ることができるかもしれないけど、逆に《魔帝領》を失いかねない」


 今は、《魔帝領》に進出している《連合六カ国軍》への対応を優先すべきだと、僕とフローラ、フルック、それにイオランテス将軍の意見が一致する。


「──と、いうことは、やっぱり派手にいきたいところよのう」


 ニヤリと笑うフローラ。

 イオランテス将軍が、はぁ、と深くため息をつく。


「両殿下にはご自重いただいて、ふたつめの策で《魔帝領》にお帰りいただきたいと申し上げたいところではありますが、わたくしめとしても、人間どもの軍を蹴散らした上で凱旋したい気持ちの方が強うございますな」

「お、将軍も、だんだんわらわたちに染まってきたようじゃの、良いことじゃ」

「僕としても、やっぱり一番オススメなので、ひとつめに挙げたわけですが」


 将軍と姉弟、三人の視線が僕に向いた。


「──僕もひとつめの策推しで」


 ふたつめの策で《ノーヴァラス》に戻ってしまうと、仕切り直した《アレクスルーム王国軍》を含めた《連合六カ国軍》全軍と、あらためて戦端せんたんを開かなければならなくなる。


「それだったら、このまま《アレクスルーム王国》をメチャクチャに搔き回して、各個撃破しつつ、《連合六カ国軍》の一角にくさびを打ち込む方が、その後の戦いを有利に進められる可能性が高いと思うんだ」

「スバルも、だんだん策士めいた考え方をするようになってきましたね」

「むしろ、このまま《魔族軍》の将軍として任命してしまうのもありじゃのう──」


 ──《魔勇者まゆうしゃ》。


 フローラが、その称号を口にしたとき、フルック、イオランテス将軍も表情が和らいだように見えた。


「まあ、それは、とりあえずいくさが一段落したときに考えましょう」


 ポン、とフルックが手を叩いた。

 僕はタハハと、指で頬をく。


「まあ、そういう話はどうでもいいから、とりあえず実務面の話を進めようか」

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