第26話 アレクスルーム王国王都攻略戦

 僕たちが率いる魔族軍まぞくぐんが《城塞都市じょうさいとしラルブルム》を制圧した時点で、《アレクスルーム王国》は完全にパニック状態におちいってしまったようだった。

 フローラに言わせると「相手に殴り返されることを想像すらしていない愚か者ども」ということになるが、その愚か者たちは、愚かなりにも必死に足掻あがこうとしている様子。

 もっとも、その動きが事態の解決に繋がるかどうかは、また別の話になってしまうが。

 そもそも、《アレクスルーム王国軍》の大部分が《魔帝領まていりょう》への侵攻に出払ってしまっており、残存の部隊は王都地域の守備隊以外、地方の警備部隊がほとんどで、急に連携を取れるものでもない。

 それでも、《アレクスルーム王国》の王都守備軍は、近隣の部隊をあつめ、それに《城塞都市ラルブルム》からの逃走兵も加えて、それ相応の防衛体制を構築した。


「まあ、逆にそのおかげで、王都まで大した抵抗を受けずに進軍しんぐんできたわけですけどね」


 フルックが皮肉っぽく笑ってみせた。

 当初は王都までの進軍の道中で、もう少し敵軍の抵抗を受けると想定していた。

 もし、その抵抗が激しいようだったら、王都への進撃を断念することも考えていたのだ。

 とりあえず、《城塞都市ラルブルム》だけを確保しておけば、一定の成果は得られる。

 だが、そのプランは杞憂きゆうに終わった。


「一番厄介やっかいなのは、《魔帝領》で《魔族》の人たちがやってるような、小規模部隊による攪乱攻撃かくらんこうげきだよね。僕たちも逆にそれをやられたら、補給線とかも維持できずに撤退するしかなかったもん」


 僕の発言に、イオランテス将軍がしかり、とうなずく。


「おそらく、こちらの先制の一撃で《アレクスルーム王国軍》も恐怖を覚えたのでしょう。そのため、甲羅こうらに閉じこもる亀の如く、兵士を一箇所に集めて守りに徹してしまう」


 守備の戦略としては間違っていないが、勝ちに繋がる策を放棄してしまったことは、後々《アレクスルーム王国軍》の指揮官にとって後悔の種になるだろう、と、将軍が評した。

 フローラが雄々おおしくそびえる《アレクスルーム王国》の王都を遠望する。


「それで、これからどういう手はずで王都を攻めるのじゃ?」

「ふむ……いくつか策はございますが、どうやら、すでに勇者殿には腹案ふくあんがあるご様子」


 フローラとイオランテス将軍の視線が僕に向く。

 確かに、策がないと言えば嘘になるんだけど、果たして提案して良いものか、少し悩んでいたりする。

 フルックが、なにか見透かしたように笑みを浮かべた。


「ここに来て遠慮は無しですよ、スバル」

「お見通しってことかー」


 右手で頭をきながら、僕も笑ってみせる。

 僕が考えていた策は、フローラとフルックを最前線に配置するというものだったのだ。

 そのことをフルックは見抜いていて、僕の背中を押したのだろう。


「……えっと、王都の城門って鉄で補強されてるけど、全体は木製だったと思うんだ」

「そうじゃな」


 その前置きで、うっすら気づいた様子のフローラも、ニヤリと笑みを浮かべる。


「木製ということは良く燃えるよね」

「うむ、燃える」

「と、いうことは、ここで《爆裂豪炎ばくれつごうえん》で、一発ドカンと派手にやっていただけたらなーと」

「よっしゃあ!! 《爆裂豪炎》きたーっ!!」


 勢いよくガッツポーズを取るフローラの姿に、さすがに戸惑うイオランテス将軍。


「ば、《爆裂豪炎》とは……?」

「単なる僕たちの《息吹ブレス》のひとつです。将軍もご覧になったことがあるでしょう」


 すかさず、ナイスタイミングでフォローを入れてくれるフルックに、僕は親指を上に立てて礼を伝える。


「フローラとフルックに最前線へ出てもらわないといけない作戦ですが、一撃で城門を破壊してしまえば、王国軍の兵士たちに心理的な大ダメージを与えることができると思うんです」


 僕は腰にいた《幅広の剣ブロードソード》に手を伸ばす。


「二人の安全は、僕が全力で守ります」

「……ですが、正直なところ、両殿下の安全を考えると安易に承諾はいたしかねます」


 イオランテス将軍は難しい顔で腕を組む。

 だが、それをフローラが一喝した。


「ここで後方に閉じこもっておるなど、それこそ《魔皇帝まこうてい》の血を継ぐ者として名折なおれというものじゃ! それに、後々、我らは《魔帝領》全土にげきを飛ばし、人間どもとの戦いの先頭に立たねばならぬ。そのためにも、ここで大きな武功ぶこうを上げておけば、はくがつくというものじゃろう」

「それに、こちらには勇者殿がついています」


 静かにフルックが割り込んできた。


「確かに戦場に立つ以上、完全な安全の保証なんてありません。ですが、それは後方とて同じこと。だったら、勇者殿の横以上に安全な場所なんてないのではありませんか?」

「フローラクス殿下、ラクスフルック殿下──私めの覚悟が不足しておりました」


 すでに《アレクスルーム王国》遠征軍に将として従軍している以上、観客ではいられない。いや、むしろ当事者として果たすべき責任を果たさねばならない──

 そう、イオランテス将軍が頭を下げた。


「もちろん、勇者殿を全面的に信頼しております。ですが、念には念を入れて、我が軍からも両殿下をお守りするために精鋭部隊を配置しましょう。こうなったら、せいぜい派手に王都の城門をぶち破ってください」


 《アレクスルーム王国軍》の度肝どぎもいて、一気に勝負を決めてしまいましょう。

 そのイオランテス将軍の言葉に、僕たちは一斉に頷きあった。


 ◇◆◇


「なんですって!? 我が王都が、ま、魔族どもにとされたというのですか!?」


 旧《リグームヴィデ王国》の《精霊樹せいれいじゅ》から少し離れた丘の上、そこに築かれた《アレクスルーム王国軍》の本陣の中で、悲鳴じみた叫びが上がった。

 それは、領土拡張を押し進めるために、自ら戦地に赴いてきた《アレクスルーム王国》王女のものだった。

 白を基調とした美々しい甲冑かっちゅうを身につけた女将軍といった出で立ちだったが、今、その表情は獣に怯える少女そのものになっている。


「な、なぜ、そのような状況になったのか!? そなたらは、そのような危険があるなど、一言も言っていなかったではないか!?」


 確かに、魔族軍が西方国境を突破して侵攻してきたという一報が入った時でも、《アレクスルーム王国軍》の士官たちは、なぜか楽観的に構えていた。


 ──敵の魔族軍は少数、おそらくは《連合六カ国軍れんごうろっかこくぐん》の圧力に逆上した一部族あたりが暴発したもの。《アレクスルーム王国》領内に侵入を許したとはいえ、逆に守備軍の包囲網ほういもうに飛び込んできた形になり、あっという間に撃ち滅ぼされてしまうだろう。


 だが、その目論見もくろみは外れ、《城塞都市ラルブルム》が魔族軍の手に落ちただけでなく、よりにもよって《王都》までも陥落してしまうとは。

 そもそも、《ラルブルム》が降伏してしまったというしらせが届いた段階で、旧《リグームヴィデ王国》に駐屯しゅうとんしている《アレクスルーム王国軍》本軍の帰還も検討されてはいた。

 しかし、旧《リグームヴィデ王国》の領土だけではなく、これから《魔帝領》の領地を切り取ろうという矢先のこと。

 ここで軍を反転させて、みすみす目の前の領土を放り出すようなこと、女王をはじめとした首脳陣たちには耐えられないことだったのだ。


「報告にあった程度の軍隊であれば、国土の守備に残してきた部隊で十分対応できたはず。もし、そうでなかったとしても、王都の城壁にれば数ヶ月は持ちこたえることができるはず」

「ですが、実際に《王都》が陥落したと報せが届いているではありませんか!?」

「確かにそうなのですが、もしかすると誤報ごほう偽報ぎほうという可能性も……」


 責任の回避と押し付け合いが、さらに混乱を助長する。

 そんな臣下たちの態度にごうやした女王が、手にした扇を地面に叩きつける。


「今すぐ、王都奪還の軍を発しなさい!」

「女王陛下、今ここで軍を退いたら、《魔帝領》どころか、《リグームヴィデ王国領》まで他国に奪われることになってしまいますぞ!」

「でしたら、軍の半分、いえ、三分の一で構いません! とにかく、すぐにでも軍を進発させるのです!」


 ──戦力の逐次投入ちくじとうにゅう


 戦略的に危険すぎると内心で危惧する士官たちもいたが、ここでも、責任回避の悪い空気が足を引っ張った。

 そもそも、王都が魔族の手に落ちたということは、指揮官や兵士たちの家族、さらには膨大な財産が奪われたことを意味しており、この軍隊の補給を含めた生命線を握られてしまったことを意味している。

 王女ひとりのヒステリーで済む話ではない。

 だが、彼らはその危機感を誰ひとり共有しようとはしなかった。

 こうして、《アレクスルーム王国軍》は自ら泥沼へと足を踏み入れていったのだった。


◇◆◇

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