第五章 おまえたちが勇者というなら、僕は魔王にでもなってやるさ──鷹峰 昴

第25話 そして事態は動き出す

 ◇◆◇


 《魔王城まおうじょう》は《魔帝領まていりょう》のほぼ中央に位置する巨大な城塞都市じょうさいとしだ。

 かつての強大なあるじ──《魔皇帝まこうてい》のもと、数多くのあらゆる《魔族まぞく》たちが住まう巨大都市でもあり、その光景は、遥か彼方にまで威容を放っている。


「──だけど、今、その城にラスボスはいないんだよね」


 《アレクスルーム王国軍》に所属する《勇者》のひとり──藤勢ふじせ 知尋ちひろが、不敵ふてきな笑みを浮かべる。

 今、《魔王城》を一望できる丘の上に、《日本》から《異世界召喚》された三十五人の《勇者》たち──《都立青楓学院高校とりつせいふうがくいんこうこう1年A組》の面々が集結していた。

 《人間》たちの同盟である《連合六カ国れんごうろっかこく》において彼らの名声は急速に高まっている。

 特に、広く信仰されている宗教の神話になぞらえて《ルナーク神教しんきょう三十五天使さんじゅうごてんし》とあがめめられており、それぞれが《連合六カ国》の精鋭部隊せいえいぶたいを率いていた。

 そして、その《勇者》たちが狙うのは、包囲下にある《魔族》たちの首都──《魔王城》である。


「うだうだやってる前に攻め込んじゃえよ、あれがラスボスの城なんだろ? だったら、とっとと乗り込んでぶっ潰してやろうぜ!」


 藤勢と同じく、《アレクスルーム王国軍》付きの大澄おおすみ 由秀よしひでが、一歩進み出て声を荒げた。召喚されてから前線で戦い続けているせいか、身体の厚みが増しているようにも見える。


「はぁ……わかってたけど、大澄君は単純だよね」

「ああん!?」


 ヤレヤレと肩をすくめて見せる藤勢に、大澄は不満げにすごんでみせる。

 だが、藤勢はそれを平然と受け流した。


「さっきも言ったけど、あの城にはラスボスが不在なんだよ」


 数年前までは絶対的な《魔皇帝》という存在が君臨くんりんしていたのだが、それも、その時代に召喚された《勇者》たちに倒されてしまったとのこと。

 その後は、《魔族》の有力な《族長ぞくちょう》たちの合議制ごうぎせいで運営されてきたと言うことだが、これまでの《連合六カ国》の《魔帝領》侵攻に対する動きを見ていると、それも上手くいっているようには見えない。


「まあ、とりあえず権力を握ってる《魔族》はいるはずだから、それを排除しないといけないんだけど──」


 藤勢の笑顔が深くなる。


「──どうせなら、あの城、僕たちのものにしちゃいたいと思わない?」


 クラスメイト全員の視線が藤勢に集中する。

 《商業都市シンティラウリ》に所属する《勇者》の一人──長めの髪をうなじのあたりでまとめたチャラ風の吉泰よしやす 隼道はやみちがポンと手を叩いた。


「それって、オレたちも《勇者》の勢力として独立しようってこと?」

「そう、そのための本拠地として、あの城は相応ふさわしいと思わない?」


 そもそも、《連合六カ国》領内の城や街を乗っ取るわけにはいかないし、と、笑う藤勢に、今度はつややかな黒髪を腰のあたりまで伸ばした《ルナクェイタム神国》所属の寒河さむかわ 茉美まみが、冷静に問いかける。


「独立とか本拠地とかいうけれど、わたしたちだけで、立ち上げた勢力を維持できると思うの?」

「それはもちろん、《連合六カ国》の援助を受けないと無理だろうね」

「口で言うだけなら簡単だわ。でも、《連合六カ国》が、わたしたちの独立を認めるとは思えない」


 一瞬盛り上がりかけた空気が急にしぼんでしまう。寒河の現実的な指摘で水を差されてしまったようだ。

 だが、藤瀬の顔から余裕の色は消えていない。


「まあ、もちろん、そのあたりは交渉が必要だし、成算せいさんもあるんだけどね。それはそれとして、もし、このまま僕たちが《連合六カ国》に分かれたまま事態が進むと大変なことになると思うよ」

「なによ、その大変な事って」


 その寒河の問いかけに、藤勢は目の前にある簡易卓かんいたくの上に広げられた《魔帝領》の地図を指さした。


「今、協力している《連合六カ国》だけど、この先、どこかのタイミングで、その協力体制が崩れる。みんな偉い人は欲の皮が突っ張っているからね、絶対に領土の奪い合いで揉め始めるよ」


 クラスメイトたち全員が息を呑んだ。


「その結果、交渉が決裂するとどうなるか。《連合六カ国》それぞれが戦端せんたんひらき、今度は《人間》同士の戦いになる可能性が高い。そしてそうなったら──」


 ゆっくりと藤勢が全員の顔を見渡す。


「──この場にいるみんなで、殺し合いをすることになりかねない」


 ○


「見事な脅迫きょうはくだったわ」


 《魔王城》攻略のために、クラスメイトのみんながそれぞれの持ち場へ向かう中、満足げな表情を浮かべる藤勢に、同じ《アレクスルーム王国軍》所属の勇者、佐々野ささの 結月ゆづきが静かに声をかけた。

 佐々野は、背中でまとめた長い髪を風に揺らしながら、皮肉めいた表情を見せる。


「別に《連合六カ国》が戦闘状態に陥ったって、私たちが巻き込まれる道理はないんじゃない?」

「……まあ、そうなんだけどね」


 藤勢は佐々野に背中を向けた。


「それよりも、僕は君のことのほうが心配だな」

「私のこと?」

「そう、佐々野さん。《魔族》の兵士や民衆を助けたり逃がしたりしているよね」

「……それが? 無益な殺戮さつりくは気分が良くないと思わない?」


 相変わらず彼女に背を向けたまま、藤勢は言葉を続ける。


「それは、《連合六カ国》、ひいては僕たちに対する裏切り行為だよ」


 少し考えてみてほしいな、とだけ言い残して、藤勢はその場を後にした。


 ◇◆◇


「城門に《降伏旗こうふくき》ががりましたぞ!」


 イオランテス軍を率いて《アレクスルーム王国》領内に侵攻した僕たちは、大した抵抗も受けずに、敵国領土内へと深く侵入していた。

 今も、目の前にある西方辺境の要衝ようしょう《城塞都市ラルブルム》が、無条件降伏の意思を伝えてきたところだ。


「なんか、こう、肩透かしを喰らっているような感じじゃな」


 少し物足りないと言った風に眉をひそめるフローラを、僕がまあまあとなだめる。


「これも、ここまでイオランテス将軍が、略奪りゃくだつとかの蛮行ばんこうを一切禁じて徹底してくれているから、その結果だと思うよ」


 抵抗しなければひどい目にはわない──そのことを《アレクスルーム王国》の人々が理解してくれているということだ。

 その僕の説明と感謝に、イオランテス将軍が表情を変えずにうなずく。


「ここまでは上手く事が進んでおりますゆえ。ですが、万一、我らの厚意を裏切るようなやからが出てきた場合には、容赦なく報いをくれてやることになります。その点は了承いただきたい」

「はい、わかっています」


 おそれられるのは良いが、あなどられるのは絶対に避けなければならない。

 もし、イオランテス軍との約束を反故ほごにするようなことがあれば、その背反に対しては、徹底的な反撃を加え、他の人々への見せしめにする必要がある。


「それにしても、この国は民どもの信頼を完全に失ってしまっているようじゃのう」


 複雑な表情で呟くフローラ。

 彼女もまた《魔王姫まおうき》フローラクスとして、一国を治めなければならない立場にある。

 そして、今、彼女はその責務を果たせていない。

 民の信頼を失ってしまった国ほど惨めなものはない、と、フローラは自嘲じちょうする。

 実際、目の前の《城塞都市ラルブルム》は、堅固な城壁に囲まれていて、籠城ろうじょうに徹すれば時間稼ぎも含めて、一定の戦果を上げることができたはず。

 だが、守備兵たちは、その地の利を放り捨て、かつ、街の住民のことも省みず、一目散に王都おうと方面へと逃げていった。

 そして、それを目の当たりにした住民たちも、あっさりと降伏を申し出てきたのだ。


「国のために戦うという気概きがいが失われてしまっておる……我が国もこうならないように、早く、体制を立て直さないといけない……」

「大丈夫だよ」


 僕は、あえて明るくフローラを励ました。


「今、《魔帝領》の人たちは、《連合六カ国軍》に対して激しく抵抗しているじゃない」


 ここまでの《アレクスルーム王国》の無抵抗な人々とは、まだ差がある。


「それに、この《アレクスルーム王国》王都襲撃作戦が成功すれば、フローラやフルックに対する魔族のみんなの信頼も取り戻せるよ」

「……そうじゃな、うん、そうじゃな」


 フローラがいつもの自信に満ちた笑顔に戻る。


「よし! 今は時間が惜しい! 早く《ラルブルム》の住人と交渉を済ませて先に向かうぞ!」


 そう、高々と剣を掲げるフローラに、僕とフルックが続くと、将軍や配下の兵たちも一斉にときの声を上げた。


 ──士気は高い。


 僕は、この時点で作戦の成功をほぼ確信していた。

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