第24話 反攻作戦

「ねえ、ここは守るんじゃなくて、逆に攻めてみない?」


 それは、《ノーヴァラス》の街で、《アレクスルーム王国》から逃げてきた避難民たちとコミュニケーションを取るうちに、自然に僕の頭の中に構築されたアイデアだった。

 その僕の発言に、フローラが眉をひそめる。


「それは敵軍──《連合六カ国軍れんごうろっかこくぐん》のいずれかに攻勢をかけるということか? だったら、これからわらわたちが話す内容と変わらぬのではないか?」

「いや、そうじゃなくて──」


 首を横に振ってから、僕は地図の上のイオランテス軍のコマを南へと動かしていく。

 みんなの表情が驚きに変わった。


「──狙うのは《アレクスルーム王国》の王都おうと。上手くいけば敵の主力の一角を崩せるし、王都を落とせなくても、敵軍──《アレクスルーム王国軍》の撤退を誘えると思うんだ」


 部屋の中を沈黙が包みこむ。

 確かに自分でも突拍子とっぴょうしもないことを言っているとは思う。

 でも、混沌こんとんとした現状を一転させるには、これくらいのインパクトが必要なんじゃないか。

 もちろん、僕はたくさんの反論が巻き起こるのを覚悟していた。

 しかし、真っ先に予想外の人物が、予想外の反応を見せる。


「──面白いかもしれませんな」

「「「はぁ!?」」」


 フローラ、フルック、そして、パーピィさんが、一斉に発言の主──慎重かつ堅実そうなイオランテス将軍しょうぐんへと顔を向ける。

 正直、僕も驚いた。

 なぜなら、真っ先に無茶な作戦だと反論してくるのは、軍務を取り仕切るイオランテス将軍だと思っていたから。

 だが、そのイオランテス将軍は卓上の地図に視線を落としたまま、自分自身に言い聞かせるように語り出す。


「勇者スバル殿の案、一見、無謀そうですが、乗ってみる価値はあるやもしれませぬ」


 そう言って顔を上げ、僕に視線を向けてくるイオランテス将軍。

 僕はそれにこたええて説明を始める。


「《アレクスルーム王国》の避難民の人たちから聞いたのですが、王国軍の主力は東方から《リグームヴィデ王国》を経由して、《魔帝領まていりょう》に進軍している様子です──」


 そのため、ここ《新興都市しんこうとしノーヴァラス》からほど近い、《アレクスルーム王国》の西部国境付近には最低限の兵力しか残されていないという。

 実際、盗賊とうぞく山賊さんぞくたちの跋扈ばっこを許しているし、《魔帝領》へと逃れる避難民たちを取り締まることもできていない。


「イオランテス将軍の軍隊があれば、一気に国境を突破して進軍することができると思います。道案内も避難民の中に協力してくれる人がいると思いますし」


 実際に、避難民の中には、王国軍の厳しい徴発に苦しめられた人々も多く、中には恨みを抱いている人も少なくない。


「それに、《アレクスルーム王国》の王都を陥落かんらくさせる必要は無いんです。あくまで、攻撃する姿勢をみせることができれば、《魔帝領》や《リグームヴィデ王国》にいる王国軍も退かざるをえないでしょう」


 そうすれば、今現在《魔帝領》内で抵抗している《魔族》勢力の反撃を受けることにもなるし、《アレクスルーム王国軍》は散々な目に合うはずだ。


 ──だが、ひとつだけ、絶対に徹底しておかないと行けないことがある。


 僕は語気を強めた。


「これだけは将軍だけではなく、兵士も含めたみんなに守ってもらわないといけないことがあります」

「それは?」


 問い返してくるイオランテス将軍の瞳が光ったように見えた。


「一般市民への略奪りゃくだつや暴行、殺害の禁止です」

「ふむ」


 考え込む将軍に、僕は説得を重ねる。


「今回の戦争の原因は、先に手を出してきた《アレクスルーム王国軍》、ひいては《連合六カ国軍》です。しかも、卑劣で残酷な振る舞いをみせている──悪役は《人間》たちの勢力なんです」


 それに対して、同じ手段で対抗しては、《魔族》側も自分たちのレベルを《人間》たちと同じレベルまで落としてしまうことになる。


「そうなっちゃいけないんです。理想を語っているように見えるかもしれませんが、あくまで、僕たちが正義で悪役がアイツら《人間》たちの国っていう図式に持っていかないと、この戦争は泥沼状態に陥ってしまうと思うんです、だから──」


 さらにつのろうとした僕を、イオランテス将軍が手を挙げて制した。


「わかった。勇者スバル殿の言は正しいと思う。そして、今回協力する軍隊が、私の部隊で幸いだったな」

「え?」

「私の部下たちに、武器を持たない弱き者を迫害するような輩はおらん。もし、いたとしても私が責任を持って処断する」


 断言する将軍の横で、フローラが自慢げに胸を反らせた。


「大丈夫じゃ、将軍の言葉は《魔王姫まおうき》たるこのわらわが保証する」

「そうですね、兵たちへの報酬は《アレクスルーム王国》のとりでや王都を陥落させたときに接収する財物ざいぶつまかないましょう。もし、そう上手くいかなくても、僕たちの王室財産から補填するようにしますので、安心してください」


 続けるフルックに、イオランテス将軍が感謝の意を示す。


「お気持ちは誠に嬉しいのですが、どうか、ご無理はなさらぬよう。それよりも、重要なの兵站へいたんの確保です。我々にも備蓄はありますが、敵国深くは入りこむとなると、当然、物資の消費も多くなりますゆえ」

「そのことに関しては、私──いえ、私たち《ノーヴァラス》にお任せください」


 パーピィさんがスッと立ち上がった。


「食料と武器に関しては、この街に十分な蓄えがあります。さらに、フローラクス、ラクスフルック両殿下に各地へ檄を飛ばしていただければ、追加の物資や兵士の援助も期待できます。それらの運用は、私が責任を持って差配さはいしますので、後方のつとめはご安心ください」


 ──計画は定まった。


 僕はフローラ、フルックと視線を交わして頷きあう。


「もちろん、わらわたちも戦力に入っているのじゃろ?」

「まあ、《ノーヴァラス》で待っていろっていわれても、無理な話ですけどね」


 パーピィが苦笑する。


「本来であればお止めしないといけない立場ではありますが、正直なところを言うと、私もこの剣のもとに従軍したい気持ちが強かったりします。なので、偉そうなことは言えないですね」

「両殿下のご気性は私もよく存じ上げておりまする。お二方の身は、このイオランテスが命に替えてもお守りいたしますゆえ」


 そのイオランテス将軍の誓いに、堂々とした態度でフローラが応える。


「その気持ちはありがたく受け取っておく。じゃが、そんな危険なことにはならないじゃろうて。なんといっても、こちらには《希望の剣》を手にした《勇者スバル》もおる。伝説の再来はここから始まるのじゃろう」


 ──《希望の剣》を手にした《勇者》。

 ──伝説の再来。


 なんだか、級の話が膨れあがってきているような気がしてきたが、今は気にしないことにした。

 イオランテス将軍が僕に向かって右手を差し出してきた。


「今回の作戦、指揮はスバル殿がられよ」

「え、それって……」


 突然の申し出に、さすがに戸惑う僕。

 そんな僕の肩を、フルックがポンポンと叩く。


「指揮権は明確にしておかないと、軍は成り立ちません。それに、イオランテス将軍配下の兵士たちは、スバルが人間だからってないがしろにするようなことはありませんよ」

「そうじゃ、それに……」


 フローラが腕を高々と掲げた。


「すべての責任はわらわが負う。それが《魔王姫》としての責務じゃからな。だから、スバルよ、好きなように思う存分やるがよい」


 二人の言葉に背中を押された格好で、僕はイオランテス将軍と握手を交わす。


「わかりました。やるからには全力を尽くしますので、よろしくお願いします──」



 ──僕がこれからやらなければならないこと。


 《リグームヴィデ王国》を滅ぼした《アレクスルーム王国軍》とクラスメイトたちに復讐すること。

 《魔帝領》から人間たちの軍勢を追い出すこと。

 そして、《リグームヴィデ王国》を取り戻し、《人間》と《魔族》が共存できる国として復興させること──


 ようやく、それらの目標に向けての第一歩を、今、踏み出そうとしていた。

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