第23話 旗を掲げて

 夜の街中を疾走しっそうするパーピィさんに続き、僕はフローラ、フルックとともに街門がいもんへと駆けていく。

 クラヴィルには子供たちのことを任せてある──いつでも逃げ出せる準備をするために。


「今、軍隊に攻められたらひとたまりもない……」


 パーピィさんの呟きは事実だと思う。

 丘の上から街を見渡したとき、外周を囲むように木製のさくが巡らされてはいたが、あくまで盗賊とうぞくレベルへの対策であって、軍隊を相手に守り切れるとは到底思えない。

 街の守備兵力も、せいぜい自警団じけいだんレベルだと聞いている──


「パーピィ市長、こちらへ!」


 そんなことを考えているうちに、僕たちは街門へと到達していた。

 街に入るときにも通ったが、この街門だけは重厚じゅうこうな石造りで、上部は見張り台も兼ねている。

 その見張り台へ、僕たちは息を切らしつつ上っていった。


「どうして、これだけの規模の軍が、こんなところに……」


 隣に立つパーピィさんが息をむ。

 眼前に広がる夜の草原──その広範囲にわたって無数の松明たいまつの炎が瞬いていた。


「いけない! 急いで街の人たちを脱出させないと──」


 パーピィさんが、兵士の一人に指示を飛ばす。


「急いで市庁舎しちょうしゃに伝令を! かねてからの打ち合わせ通り、住民たちを街から退避させるように、と」

「なぜ、これだけの軍隊が近づくのを、もっと早く察知さっちできなかったのじゃ!」


 悔しそうに歯がみするフローラに、パーピィさんが申し訳なさそうに頭を下げる。


「申し訳ありません、殿下。完全に私の油断です。まだ、《ノーヴァラス》近辺に戦火せんかは及ぶまいと思い込んで、避難民の安全確保を優先しておりました。ですが──」


 キッとパーピィさんが顔を上げる。


「事態がこうなった以上、《ノーヴァラス》も安全とは言えません。両殿下とも、スバルさんと一緒にお逃げください。《魔貴族まきぞく》クラーラフロス様の領地までたどりつければ身の安全を確保できましょう。信頼できる護衛をおつけしますので、どうか、お急ぎを」

「わらわたちを逃したあと、パーピィたちはどうするのじゃ」


 ジッと見つめ返してくるフローラに対し、パーピィさんは対象的にニッコリと笑顔を浮かべて腰の剣に手をかけた。


「私は自警団のみんなと一緒に、ここに残って時間を稼ぎます。殿下も私の剣の腕はご存じでしょう。むざむざ敵の手にかかることはありません」

「そんな風に言われて『はい、そうですか。じゃあ、あとはよろしく』なんて、言えると思うてか!」


 今にも泣き出しそうな表情で叫ぶフローラ。

 それを見て、僕も意を決した。


「僕もここに残ります」

「スバルさん!?」


 僕は驚くパーピィさんに笑ってみせると、《幅広の剣ブロードソード》を抜いて、闇の中の敵軍に向ける。


「時間稼ぎというのなら、僕の力も役に立つと思います。それに、あの中に敵の《勇者》がいる可能性も高いですし」

「そうですね」


 フルックも横に並んだ。


「以前の森林地帯ほどではないですが、ここの草原も良い感じで燃えてくれそうです」


 もっとも、畑も巻き込んでしまうかもしれませんが、と、フルックは肩をすくめて見せた。

 僕は困惑するパーピィさんの瞳を直視する。


「僕たちは、今までずっと逃げてきました。でも、それにもそろそろ飽きてきたところです。このあたりで反撃のターンに入っても良い頃じゃないかと思ったりしまして」

「反撃……って」


 唖然とするパーピィさんに、僕はフローラとフルック両方と視線を交わしてから笑い返してみせる。


「とりあえずは、敵の素性すじょうを探らないと話にならないですね、闇にまぎれて斥候せっこうを──」


 フルックが、これからの策を提案しようとしたときだった。

 見張り台の兵士の一人が声を上げる。


「敵陣の方角から騎兵が一騎、こちらに近づいてきます!」


 その声に、その場の全員が街門の外へと視線を向ける。

 確かに、松明を片手に掲げた騎士が、たった一騎でこちらへと向かってきていた。

 そして、高らかな声があたりに響く。


「我が名はイオランテス! お恥ずかしながら、国境守備の任を果たせず、この地に至った次第。なにとぞ、《ノーヴァラス》市長、パーピィ殿にお取り次ぎいただきたい!!」


 そう叫んだ騎士が、街門の少し手前で馬を止める。

 そして、彼が手にした松明が顔を照らし──


「イオランテスじゃと!?」

「間違いなくイオランテス将軍しょうぐんです!!」


 フローラとフルックが同時に歓喜かんきの声を上げた。


「……ということは?」


 僕の問いかけに、パーピィさんが会心の笑みを返してきた。


「──お味方です。しかも、大変心強い」


 ○


 ──翌朝。


 僕は、市庁舎の会議室でイオランテス将軍に紹介された。


「──なるほど、リオンヌ殿から《希望の剣》を託されし《勇者》殿ですか」


 そう口を開くイオランテス将軍は、すでに初老ともいえる《魔人まじん》の戦士だった。

 顔に大きな傷の跡があり、歴戦の勇士であることをうかがわせる。

 僕は、正直気圧けおされてしまっていたが、なんとか気合いを入れて相対あいたいしていた。


「はい、リオンヌさんからは、将軍を頼るようにと言われていました」

「リオンヌ殿の頼みということなら、喜んで……と、言いたいところだが、この状況では、果たして力になれるようなことがあるだろうか」


 そもそも、イオランテス将軍の力を借りる目的は、僕たちが《ノーヴァラス》へ逃れるための手助けを期待してのことだった。

 だが、僕たちはすでに自力で《ノーヴァラス》へたどり着いてしまっている。

 イオランテス将軍は、僕に対して深々と頭を下げた。


「逆に、こちらこそ《勇者スバル》殿に礼を申さねばならぬ。混乱の中、よくフローラクス、ラクスフルック両殿下をお守りし、この《ノーヴァラス》へとお連れくださった。《魔帝領》の国民を代表して、礼を申す」

「あ、いや、そこまで大したことはしてないです。僕の方もフローラ……じゃない、両殿下にはいろいろ助けてもらったので」


 とりあえず、互いの紹介が一段落ついたところで席に着く。

 今、この会議室には、僕とイオランテス将軍の他にフローラとフルック、それにパーピィさんと市庁舎の役人さんや自警団の隊長さんたちが集まっている。

 今後の方針を策定するにあたっての情報整理と現状分析、それが議題だ。


「正直、今まで、私たちはずっと受け身でした」


 パーピィさんが口火を切った。


「ですが、イオランテス将軍が軍を率いていらっしゃったことで、確実に今後の選択肢は増えるでしょう」


 隣でウンウンと頷くフローラ。

 さらに、武人として名高いイオランテス将軍個人だけでも強力な助っ人だが、さらに、数千人規模の軍団を率いてきてくれたことは、非常に心強い、と、珍しくフルックが興奮気味に語る。

 イオランテス将軍が口を開いた。


「《ノーヴァラス》に戦火が及ぶまで今しばらく猶予ゆうよはあるかと思われます」


 将軍が言うには、敵軍──人間たちの《連合六カ国軍》は《魔帝領》の東半分に達する前に足踏みしている状態らしい。


「占領地の確保に手を焼いているのもありますが、ここに来て《魔帝領》内の各勢力も反撃を開始しておりまして」


 ただ、反撃といっても組織だったものではなく、各勢力ごとのゲリラ戦法的な戦術展開によるものだという。


「ただ、そのことが逆に敵にとって負担になっているようでして、とりあえず、進撃を止める効果はでておるようです」


 将軍は、卓上の地図を使って、敵味方合わせた軍のおおまかな配置を説明してくれた。

 《連合六カ国軍》は《召喚勇者》たちの力を主力として、大きな破壊力で《魔族軍》を一気に粉砕する戦術を採用している。

 そのため、小集団に分かれて小規模な戦闘を繰り返す《魔族軍》のゲリラ戦術が効果を発揮しており、《勇者》たちを翻弄ほんろうしているとのことだった。


「以上のことから、我が軍もいくつもの小規模な部隊に編成し直して、敵軍にあたるつもりでおりまする」


 続けて、フルックが冷静な口調で発言する。


「姉上、良い機会です。僕たちも覚悟を決めましょう」


 《ノーヴァラス》に《魔王旗まおうき》を掲げる。

 つまりは、《魔王姫まおうき》フローラクスと《魔王子まおうじ》ラクスフルックが、《連合六カ国》に対し、《魔帝領》のあるじとして立ち上がると宣言するということだ。


「殿下……」

「もちろん、《ノーヴァラス》の迷惑になるということは重々承知の上です。ですが、兵力を集める拠点として、一時いっとき、場所をお借りしたいんです」


 困惑するパーピィさんに、フルックが頭を下げる。

 すると、小さくため息をついてから、パーピィさんは意を決したように、フローラとフルックを見つめ返した。


「《ノーヴァラス》のことはお気になさらないでください。重要なのは《魔帝領》全土の平和です。そのために協力は惜しみません」


 むしろ、フローラとフルックの存在をおおやけにすることで、兵力や物資も集まってくる。

 その差配さはいは、自分たちに任せてほしい、と、パーピィさんが胸を叩いてみせる。

 そして、本格的に今後の戦略についての話が始まろうとした──その時。


 僕は勇気を振り絞って発言を求めた。


「ねえ、ここは守るんじゃなくて、逆に攻めてみない?」

「──!!」


 部屋の中にいる全員の視線が僕に集中した──

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