第22話 混乱の連鎖

 最初の夜以降、僕たち一行はパーピィさんの私宅に滞在することになった。

 子供たちも、はじめは不安な様子だったが、パーピィさんにリオンヌさんの面影おもかげを重ねたせいか、あっさりとなついた。

 そして、邸宅の召使いたちに混ざって、それぞれ仕事を手伝って日々を過ごしている。

 ちなみに、フローラとフルックは書斎しょさいで書類仕事を、僕とクラヴィルは、主に人間の住人相手の仕事を手伝っていた。

 《人間》と《魔族》が、共に生活する《リグームヴィデ王国》を再興さいこうするという目標が明確化された今、この《ノーヴァラス》から学ぶことは多いはずだ。


「……にしても、この街の活気はスゲーな。《リグームヴィデ》よりも都会って感じがするけど、でも、それだけじゃねーよな」


 街の市場通しじょうどおりの中を、人を掻き分けつつ進みながら、クラヴィルが振り返ってきた。


「そうだね──やっぱり、戦争を避けて逃げてきている人が多いってことなんだと思う」

「そっか、この街に逃げてきている《魔族》の人たちが多いんだな」

「それだけじゃなくて、人間の国──《アレクスルーム王国》あたりから逃げてきている《人間》の人たちも少なくないって」

「え? 《人間》の人が《魔帝領まていりょう》に逃げてきてるってこと? どゆこと?」


 ○


 その日の夜、パーピィさんの私宅での夕食の席。

 食卓には僕とクラヴィル、パーピィさん、それにフローラとフルックの姉弟きょうだいも着いていた。

 食事を済ませたあと、僕は、食卓の上に地図を広げて、昼間のクラヴィルの疑問に答える。


「この《新興都市しんこうとしノーヴァラス》は、《アレクスルーム王国》の国境に近い位置にあるんだよね。なので、《アレクスルーム》の西方地域では存在が結構知られているらしい」


 実際、《リグームヴィデ王国》と同じように、一部の都市との間では交易も行われている。


「そんな中、《アレクスルーム王国》で、大規模な物資と人員の徴発ちょうはつが行われたんだて」

「ちょ……徴発ってなんぞ?」

「通常の税とは別に、食料や馬、それに人を国が無理矢理奪い取ることじゃ。十中八九じゅっちゅうはっく、《魔帝領》侵攻のためじゃろうて」


 不機嫌そうにフローラが口を挟んできた。

 驚いたような表情でクラヴィルがフローラを見つめる。


「おお……そんな難しい言葉をサラッと説明できるとは。ちょっぴり残念なところがあっても、やっぱりお姫様なんだな」

「おう、喧嘩を売っておるのか? 買ってやっても良いが、そなたらの会議の席がメチャクチャになってしまうぞ?」

「それはやめてください」


 僕は丁寧に頭を下げた。


「で、それはともかくとして、今、《アレクスルーム王国》の辺境は結構悲惨な状況らしい」


 王国軍は、民衆が備蓄びちくしていた食料だけではなく、農作業用の牛や馬、さらには来年の種蒔たねまきように確保してある種籾たねもみとかまで奪い取っていったらしい。

 さらに酷いのは、主な働き手である壮年や若手の男性が兵士として、強制連行されてしまっていることだ。


「兵士として《魔帝領》侵攻に従軍じゅうぐんすることで、敵から奪い取ったものの三割が自分のモノにできるんだって。徴発された分は、それで取り返せってことらしい」

「なんだよ! それ!?」


 クラヴィルが声を高める。


「だから、アイツらは《リグームヴィデ王国》で、あんな酷いことをしたっていうのかよ!」


 その叫びに、僕も頷いた。

 そして、もうひとつの流れについて説明する。


「ここで肝心なのは辺境に残された老人や女子供たち。食料も奪い取られ、農作業もままならず、ただただ従軍した家族の帰りを待つしかない人々」


 だが、そんな彼らを待ち受けるのは厳しい冬。

 さらには野盗や山賊といった賊も、各地に出没しはじめた。

 守り手となる男性がいない集落を襲い、老人を殺し、女や子供たちをさらう。

 討伐に当たるべき兵士たちも、ほとんどが《魔帝領》討伐軍に派遣されていて不在なので、賊たちはやりたい放題だ。


「そんな窮地きゅうちに陥った《アレクスルーム王国》の人たちが、やむにやまれず、生き延びる最後の手段として、この《ノーヴァラス》に逃げ込んできているらしい」

「そのとおりです」


 パーピィさんが、僕の話を肯定する。


「今、この《ノーヴァラス》には、《魔帝領》の中から戦火せんかを避けて逃げてくる《魔族》の人々。それに、《アレクスルーム王国》から生き延びるために避難してくる《人間》の人、それらの避難民であふれかえっている状況です」

「そのうち、《魔族》の避難民に関しては、ここからさらに奥地にある協力的な《魔貴族まきぞく》や《族長衆ぞくちょうしゅう》のもとへ送り出しているのじゃが、問題は《人間》の避難民でのう」


 フローラがパーピィの言葉を引き継いだ。


「《人間》の避難民は、この《ノーヴァラス》以外に避難できる場所はないのじゃ。その結果、《ノーヴァラス》の街は日に日に《人間》の数だけが増えておる状況での」

「その結果、《ノーヴァラス》は《魔族》を追い出して、《人間》だけの街にしてしまおうとしているのでは? なんて、声が上がっちゃっているのも現実でして、難しい問題です」


 いつもの爽やかな笑顔を浮かべながら、フルックが肩をすくめた。

 一連の話で、パーピィさんが多忙な理由がわかった気がした。

 避難民の扱いだけでも、これだけの問題があるのだ。

 さらに、迫ってくる戦火への対応もあわせて行わなければならない。


「正直、この《ノーヴァラス》は商業都市で、城塞都市じょうさいとしでもとりででもないので、いざ、いくさになると正直詰んじゃうんですけどねー」


 珍しく、投げやりな口調で食卓に突っ伏すパーピィさん。


「避難民の対処はどうにかなるんですけどー 戦だけはどうしようもないんですよねー」


 そんなパーピィさんの言葉に、フローラがうつむいてしまう。


「……すまぬ、わらわの力が至らないせいで、パーピィ、いや、この国の民に大きな負担をいてしまっておる」

「あ、いえ、フローラクス様を責めているワケじゃないですよ!」


 自分の失言に気づいたパーピィさんが、慌ててフローラに頭を下げる。

 僕は躊躇ためらいがちに口を挟んだ。


「えっと、フローラとフルックも? 二人って、この国の主ってことだけど、ぶっちゃけ、どれくらいの権力を持ってるの?」

「権力、ですか……」


 フルックが腕を組んで考え込む。どう説明するか悩んでいるようだ。

 そもそも、フローラとフルックが《魔帝領》の政務をはじめて、それほど時間は経っていないらしい。

 先の大戦で、絶大な権力を誇った《魔皇帝まこうてい》がたおれてから、この国の政務は有力者たちによる合議制で執り行われてきた。

 一応、その合議の取り決めで、フローラが首座しゅざに就き、フルックが補佐役。その二人を有力者たちが支えるという体制に移行することになったのだが、それがあっさり崩壊した。


「あやつらは実権を握るために、わらわたちの身柄の奪い合いを始めたのじゃ。政務そっちのけで、権力争いにうつつを抜かすようになってしもうての」

「それだけじゃ、ありません」


 落ち込むフローラの肩に、そっと手を置いてフルックが声を固くする。


「有力者たちの何人かは、僕と姉上の命を狙ってきたのです。誰かの手で利用されるのなら、その前に殺してしまえということなんでしょう。まあ、ある意味合理的かもしれませんが」


 フローラとフルックは、有力者のひとりに匿われ、そして、《魔帝領》の首都《魔王城まおうじょう》から脱出することになる。


「今や《魔王城》は混乱のきわみにあり、《人間》どもの侵攻に対処することもままならぬ。なんとか、国境守備の《イオランテス》と合流できれば、一定の兵力を確保した上で、政権を取り戻すことができるやもしれぬ──と考えて追ったのじゃが、そのあとはそなたらも知っておろう」

「その、なんというか、フローラたちも大変な状況だったんだね……」


 一連の境遇を聞いて、僕は一瞬言葉を詰まらせてしまう。

 でも、今は、とにかく前を向くしかない。


「とりあえず、直近の問題点はこんなカンジだよね」


 そう言って、僕は指を折りながら現状について確認する。


 ひとつ、《魔帝領》を侵食しつつある《連合六カ国軍れんごうろっかこくぐん》への反攻

 ふたつ、《魔帝領》の統治体制の立て直し

 みっつ、《ノーヴァラス》へ流れ込んでくる避難民たちへの対応

 そして、もうひとつ──クラスメイト、召喚勇者たちへの復讐


 もちろん、最後のひとつだけは、僕の心の中にしまっておく。

 フルックがあごに手を当てて、僕に視線を向けてきた。


「大事なのは、僕たちが自由に扱える兵力を確保することです」


 兵は力、この際、物理的な力が絶対に必要だと、フルックがキッパリと言い切った。

 ここまでの流れを眺めていたクラヴィルが不思議そうに問いかける。


「だったらさ、ここにフローラとフルック──じゃない、《魔王姫まおうき》様と《魔王子まおうじ》様がいるよー! みんな集まれー! 反撃するぞー! って声を上げれば、軍隊も集まるんじゃないの?」

「まあ、そう言われればそうなんじゃろうけどな……」


 歯切れの悪いフローラに代わって、パーピィさんが引き取った。


「確かに、どこかのタイミングで両殿下の所在をおおやけにする必要はあると思います。ですが、性急せいきゅうに事を進めてしまうと、殿下たちの命を狙う有力者たちにも知られてしまうでしょう」


 だが、今、その魔の手からフローラとフルックを守る力は《ノーヴァラス》にはない。


「せめて、《イオランテス将軍》の部隊の消息しょうそくがわかれば──」


 フルックが天井を仰いだ時、激しい足音とともに、市庁舎の政務官が駆け込んできた。


「大変です! 街の東南方から、正体不明の軍隊が近づいてきているとの報告が!」


 部屋の中に緊張が走った──

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