第43話 リグームヴィデ王国争覇戦開戦

 ◇◆◇


 こうして《連合六カ国軍》の内紛ないふんは幕を開けた。


 まず、戦端せんたんを開いたのは、《イクイスフォルティス騎士団》と《ルナクェイタム神国しんこく》の両軍で、この二国軍が《商業都市シンティラウリ》軍へと攻めかかったのだ。


「《シンティラウリ》の傭兵ようへいどもは《魔族軍》と通じて、我ら騎士団をおとしいれるつもりらしい! 騎士の誇りに欠けて、そのような非道ひどうを許すことはできぬ!」

「偉大なる我らの神を裏切るような行為、断じて見逃すことはできません。正義の神の御名みなにおいて、《シンティラウリ軍》を誅伐するのです!」


 《連合六カ国》の中でも、特に高いプライドを持つ両国にとって、《シンティラウリ》の背信行為はいしんこうい──少なくとも両国にはそう見えたことが、この戦いの悲惨さを加速させる。


「我ら《ルナーク神》の名において、《勇者》殿たちにも背教者はいきょうしゃの討伐に加わっていただく」


 《ルナクェイタム神国》の陣中で、指揮官を務める大司教だいしきょうが、六人の勇者に静かに命じる。


 梅下うめした 美月みつき

 加治木かじき 綾佳あやか

 護良ごりょう 壮紘たけひろ

 寒河さむかわ 茉美まみ

 はら ゆいな。

 芳岡よしおか 夏鈴かりん


 困惑の色を浮かべる女子たちに突かれる格好で、唯一の男子生徒である護良が一歩、いや、半歩前に出た。


「あの……俺たちは《魔族》相手に戦うために召喚された《勇者》のハズで、同じ人間の軍と戦うのは話が違うかな……って」

「確かに貴君きくんら《勇者》殿は《魔族》を滅ぼすために召喚され申した」


 厳かな口調で大司教が語り出す。


「しかしながら、あの利己主義者りこしゅぎしゃどもの集まりである《シンティラウリ》は、よりにもよって、おのが利益のため《魔族》と手を結ぶことを選んだのです。これは人類に対する裏切りである」


 よって、《シンティラウリ》を誅伐ちゅうばつすることは正義の行いとなる。

 そう、大司教は主張したのだ。


 ──魔族にくみする《商業都市シンティラウリ》は人類の敵。そして、それに味方する者も、同様に人類の敵。


 そう決めつけられてしまっては、護良たち《勇者》もなにも言えなくなってしまう。


「それでは、さっそく出陣していただこう」


 大司教が両手を高々と掲げた。


◇◆◇


「はじまったね」


 僕は遠くで動く《連合五カ国軍》を遠望しながら呟いた。

 真っ先に動いたのは《ルナクェイタム神国》で、一歩遅れて《イクイスフォルティス騎士団》が動き出した。


「《商業都市シンティラウリ》の軍は守りを固めましたな。一目散に撤退した方が被害も抑えられるでしょうに」


 批判的なイオランテス将軍の口調ももっともだった。

 商人たちの国家である《商業都市シンティラウリ》は、利益で物事を判断する。

 今、この状況では、速やかな撤退が一番損害が少ないだろう。

 一方で、契約が全ての事柄において優先されるという話も聞いている。


「もしかすると、撤退できない、もしくは撤退することが難しくなるような契約を結んでいるのかもしれないね。《シンティラウリ》は傭兵隊ようへいたいだっていうし」


 まあ、実際のところはどうかわからないけどさ、と、僕が肩をすくめて見せると、周りのみんなも同意してくれた。

 腕を組んだイオランテス将軍が、深く息を吐き出す。


「どちらにせよ、状況がこうなった以上、我々は高みの見物──というところですか。ここで下手に存在感を主張すると、敵どもが再び我々を脅威と感じて手を結びかねませんので、息を潜めて嵐が吹き荒れるのを眺めることにいたしましょう」

「うん、そうだね」


 僕は小さく頷いてから、後ろのクラヴィルに声をかけた。


「クラヴィル、ゴメン、悪いけどリオンヌさんに、しばらくは待機しておいてもらえるように伝えてきてくれるかな」

「……」

「クラヴィル?」


 なにか考えごとでもしているのか、反応の無いクラヴィルに、僕が心配げな声をかけると、ようやく気づいたのか、クラヴィルは慌てて顔を上げた。


「……あ、話聞いてなかった。ゴメン、スバル。で、なんだっけ?」

「もしかして、クラヴィルも疲れてる? もし、そうなら遠慮無く休んでよね」

「サンキューな、でも、今は大丈夫だぞ。俺とスバルの仲だからな。ダメそうなときは、すっぱりさっぱりダメだっていうから──で、なんだっけ?」


 そのいつもの物言いに苦笑する僕。

 結局、クラヴィルはリオンヌさんへの伝令を引き受けてくれた。


 ◇◆◇


「右から《ルナクェイタム神国軍》、左から《イクイスフォルティス騎士団》が突撃してきます!」


 《商業都市シンティラウリ》の傭兵団の中は、軽いパニック状態に陥っていた。

 だが、そんな状況でも、軍隊としての体裁を保っていられたのは、彼らが百戦錬磨の傭兵たちだったからだろうか。

 一方で、恐慌寸前きょうこうすんぜんに陥っていた少年少女たちもいる──《シンティラウリ》の《勇者》たちだ。


 古枝こえだ 夕美子ゆみこ

 彩葉さいば 理音りおん

 蔦木つたぎ 千夜ちよ

 的井まとい 陽菜乃ひなの

 吉泰よしやす 隼道はやみち


 彼ら五人は、《シンティラウリ軍》の本陣の一角で、困惑と怯えの表情で次の行動を決めかねている。

 そんな中、リーダー格の吉泰が、全員に言い含めていることがあった。


「こうなった以上、オレらも戦闘に加わらざるをえない。だけど、戦う振りをするだけだ」

「戦う……振り?」

「そう、とにかく、向こうの《勇者》たちを探し出すんだ。そして、オレたちを助けてもらう」


 心配そうな表情の古枝と蔦木、的井の女子三人に、任せておけ、と手を振ってみせる吉泰。


「重要なのは、混乱した戦場の中ではぐれないこと。そうすれば、このオレと理音りおんが守ってやるから、安心しろって」


 そう言って、隣に佇む大人しげな少年──彩葉さいばの肩に腕を回す吉泰。

 彩葉も頷いた。


「吉泰くんの言うとおりにしておけば間違いないと思うよ、たぶん、あの藤勢くんより頼りになる存在だよ、きっと」

「きっと──は、余計だろ」


 吉泰が笑いながら、彩葉の頭を軽く小突いた。


「それじゃ、話はここまで。時間もないし、すぐに動くぞ」


 その吉泰の言葉に、全員が頷く。


 ○


 こうして、《商業都市シンティラウリ》と《ルナクェイタム神国》、《イクイスフォルティス騎士団》の戦いが開始された。


 攻める《ルナクェイタム軍》と《イクイスフォルティス騎士団》に対し、守りを固める《シンティラウリ軍》という状態で始まった戦いは、《シンティラウリ軍》の意外な奮戦で、混沌こんとんとした戦況へと変化していった。


 だが、百戦錬磨ひゃくせんれんまの傭兵で構成された《シンティラウリ軍》の善戦にも限界はある。

 特に被害が大きかったのは、《ルナクェイタム》と《イクイスフォルティス》に所属している《勇者》たちによる損害である。

 今まで、《魔族》に向いていた《勇者》という剣が、《人間国家》の軍隊に向けられたことで、その恐ろしさを再認識させられることになったのだ。


 一方、《シンティラウリ軍》の勇者たちは、戦闘が始まると同時に敵陣へと突撃を敢行したが、そのまま、《イクイスフォルティス騎士団》の《勇者》たちのもとへ投降とうこうしてしまう。


こうして、《商業都市シンティラウリ》の軍隊は崩壊を回避しつつも、旧《リグームヴィデ王国》の国境地帯へと追いやられ、さらには《勇者》たちも失い、《魔帝領》侵攻戦に続く、旧《リグームヴィデ王国》争覇戦そうはせんからも、大幅に退くこととなる。


◇◆◇

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