第四章 それが昔の仲間をその手にかける、殺すことだとしても? ──パーピィ

第19話 力と暴力

 ◇◆◇


 ──《アレクスルーム王国》の王都おうと、その王城おうじょうの最上階に位置する豪奢ごうしゃな一室。


 その部屋の中で《都立青楓学院高校とりつせいふうがくいんこうこう》の制服を纏った男子生徒がひとり、窓の外に視線を向けている。

 しばらくして、優雅なドレスに身を包んだ、うら若い美女が入室してきた。


「女王陛下、わざわざのお招き恐縮です」

「フジセ殿、ここは非公式の場ですから、お互い堅苦しいやり取りはなしにしましょう」


 かしこまる男子生徒──《都立青楓学院高校1年A組》のまとめ役、クラス委員長の藤勢ふじせ 知尋ちひろに対し、細やかな装飾が施された椅子に腰を下ろした美女──《アレクスルーム王国》の女王が右手で口元を隠して笑いかける。


「フジセ殿、《リグームヴィデ王国》から《魔帝領まていりょう》に進軍した軍団は破竹はちくいきおいで進軍しんぐんしているとのこと。他国──《連合諸国れんごうしょこく》よりもさきんじている様子ですし、これも、フジセ様を筆頭ひっとうとして、我が国に召喚された《勇者》様方のおかげです」

「恐縮です」


 頭を上げた藤勢の顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。


「すべてが順調に進んでいる今、ここで次の一手を打つ必要があるでしょう」

「それが、第二陣の派遣ですよね。すでに準備が完了しているとの報告が届いています」


 《アレクスルーム王国軍》は常備軍じょうびぐん徴兵兵力ちょうへいへいりょくをあわせた国軍こくぐんの三分の一を、すでに《魔帝領》へと出陣しゅつじんさせている。

 そこへ、さらに王家や貴族の私兵しへいなど、精鋭部隊せいえいぶたいを加えた主力部隊を第二陣として進発しんぱつさせようとしていたのだ。

 結果、国土の防衛と治安維持ちあんいじに残る軍隊は全体の三分の一を切るという、近年に例のない大動員だいどういんとなっている。

 藤勢は女王に対しうなずいて見せた。


「ええ、間違っていないと思います。今、考えるべきなのは、《魔帝領》への侵攻だけでなく、その先に待っている各国──《連合諸国》との戦いですから」


 その発言に、女王の動きが止まる。

 現状、《魔帝領》への侵攻は、《アレクスルーム王国》を含む六つの人間国家の大同盟である《連合諸国》──《連合六カ国》が一致団結して進めている大事業だ。

 だが、その味方を将来の敵とキッパリと言ってのける藤勢に、女王は驚いたように目を丸くした。


「フジセ殿は《連合諸国》の国々が、我が《アレクスルーム王国》にきばくとおっしゃりたいのですか?」

「いえ、なにも直接的な戦争状態になると言いたいわけではありません」


 今回の《魔帝領》への大侵攻にあたって、取り決めの一つに『《魔帝領》において占領した地域は、その国の領土とする』という項目がある。

 その取り決めから、《連合諸国》は目の色を変えて《魔帝領》を蹂躙じゅうりんし続けているのだ。


「この先、いかに広範囲の《魔帝領》領地を奪い取れるかが、大侵攻終結後のイニシアチブを握ることができるかどうかにかかっています。ですので、第二陣として送り込む兵力は多ければ多いほど良いですし、おそらく他国の指導者たちも、そう考えるでしょう」


 予想していたより《魔帝領》の抵抗も弱い。

 原因はわからないが、記録にある過去の人間との大戦で勝利したことによる平和ボケなのか、単純に《連合六カ国》による奇襲きしゅうに混乱しているのか、今の段階ではなんともいえない。

 だが、確実に言えるのは自分たち《勇者》の力は《魔族》たちに対して、圧倒的な力であるということだ。

 今、この勢いを止めてはいけない。


「──女王陛下、ひとつだけご提案があります」


 藤勢が椅子に座る女王の下に跪いた。


「この戦い、ぜひ、女王陛下自らご出馬いただいて、陣頭じんとう騎士きしたちを鼓舞こぶしていただきたいと思います」

「この私に戦場に出ろと言うのですか?」

「はい、女王陛下が自らお立ちになれば、兵の士気は上がり、その力は万の兵士にまさると考えます」


 女王は表情から笑みを消して考え込んでしまう。

 しばしの沈黙。


「──不躾ぶしつけな質問で恐縮ですが、フジセ殿にはご兄弟、お兄様はいらっしゃいますか?」


 その女王の突然の質問に対し、藤勢は少しも動揺することなく平然と答える。


「はい、兄がおりました。数年前に、僕たちと同様に異世界──おそらく、この《ノクトパティーエ》に転移して、そこで命を落としたと聞いています。もしかして、兄のことをご存じでしたか?」


 すると、女王は少しひるんだ様子を見せた。


「やはり……面影おもかげが一緒ですので、もしやとは思いましたが……」


 気まずさを隠しきれずに、女王は言葉を選ぶように言葉を続けた。


「ええ、フジセ様……お兄様には我が《アレクスルーム王国》に対し、大変なご尽力じんりょくをいただきました。残念ながら、道半みちなかばでたおれてしまわれましたが……」

「悪いのは《魔族》の連中と、裏切った《勇者》のせいです」


 目元に涙を浮かべる女王に対し、藤勢は膝をついたまま、瞳を見つめる。


「兄の無念は、僕が《魔帝領》を滅ぼし、《魔族》たちを駆逐くちくすることで晴らして見せます」


 女王は立ち上がり、藤勢の手を取って同じように立ち上がらせた。


「わかりました、フジセ殿。わたくしはフジセ殿を信じます。勇者の統括者とうかつしゃたる、あなたが側にいれば、わたくしに危険が及ぶこともありますまい。それに、今、この《魔帝領》への大侵攻の絵図を描いたのもフジセ様。あなたであれば、戦後の駆け引きもお任せできましょう」


 ぜひ、自分の側について、采配さいはいるって欲しい。

 その女王の言葉に、藤勢は深々と頭を下げた。


 ◇◆◇


 ──僕たちが《新興都市ノーヴァラス》を目指して《魔帝領》内を西進しているうちに、戦況は刻々と変化していった。


「状況は思ったよりも悪い──というか、最悪の展開になっていますね」


 馬車の荷台の上で、フルックがお手上げといった感じで両手を掲げてみせる。

 今回の人間たち《連合六カ国》による侵攻は、《魔帝領》の東部から南東、南にかけての国境線から始まっていた。

 そして、その軍隊は、行く先々で《魔族》たちを虐殺ぎゃくさつし、街や集落を破壊しては、自らの国の旗を立てて進軍を続けていく。

 結果、大量に避難民も発生し、僕たちはその中にまぎれて《新興都市ノーヴァラス》へと向かっていた。


「疑問なんだけど、《魔帝領》の軍隊は何をしてるの?」


 僕の問いかけにフルックが答えてくれた。


「もちろん各地で抵抗はしています。でも、前にお話ししたように《魔王城》があるじ不在の状態ですので、組織だった反攻体制を構築できず、結果として、各軍が各個撃破かっこげきはされていく最悪の状況なんですよね。それに……」

「それに?」


 フルックは言いにくそうに首をかしげたが、僕の視線を受けて口を開いた。


「《勇者》の存在です。《勇者》ひとりは《魔族》の一軍に匹敵ひってきする力を持っているので」


 しかも、その《勇者》が、《連合六カ国》各国の軍隊に数人ずつ配置されていることもあり、《魔族軍》の反撃も、ことごとく叩きつぶされているらしい。

 僕は話を聞いて、思わずてんあおいでしまう。


「クラスの中にも、何人かまともなヤツはいると思ってたのに、よってたかって脳筋のうきんばかりかよ……」

「人は強大な力を持つと、甘美な誘惑に抗えなくなるのやもしれぬ」


 もっとも、魔族も似たようなものじゃが、と、膝を抱えたフローラが僕を見つめてきた。


「強大な権力は美酒びしゅみたいなものぞ。その力におぼれ、そして誇示こじしたくなる……スバルよ、おぬしも心するがよい」


 その言葉に、僕はハッと胸を突かれた気がした。

 この前の火攻めの戦いで、確かに、復讐の爽快感そうかいかんを感じていた自分がいた気がする。

 僕は腰にいた《幅広の剣ブロードソード》を手で触れた。


「……そうだね、僕も気をつけないとだね。なんのために力を振るうのか、その先に対して、どう責任を負っていくのか」


 フローラはニコリと笑みをみせた。


「スバルなら大丈夫そうだの。さすがは、その剣に選ばれただけあるということか」

「ねえ、この剣って、いったい……」


 前々から抱いていた疑問をぶつけようとしたとき、御者席ぎょしゃせきからクラヴィルが振り返って声をかけてきた。


「おーい、もうすぐ《新興都市ノーヴァラス》に着くぞ、ほら、前の方に街が見えてきたよ」


 その言葉に、僕以外のフローラとフルック、それに子供たちが馬車の前の方に集まっていく。

 ひとり取り残された僕は、ふう、とため息をついてから、みんなと同じように前方へと移動した。

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