第20話 魔王姫と魔王子

 《新興都市しんこうとしノーヴァラス》──数年前、異世界から来た一人の少年によっておこされた《魔族》と《人間》が共存する街。


「《リグームヴィデ王国》と同じような場所なんだね」

「どちらかというと、俺たちの《リグームヴィデ王国》が、《ノーヴァラス》を真似たカンジだったらしいよ」


 周囲の《魔族》や《人間》たち──《ノーヴァラス》の住人たちのやりとりを見聞きした僕の素直な感想に、クラヴィルが応じる。

 彼の話によると、もともと《人間国家》だった《リグームヴィデ王国》が、《魔族》を受け入れるようになった形で、そのあたりのノウハウも含めて、だいぶ《ノーヴァラス》の人々に助けてもらったとのことだった。

 なぜか、フローラが自慢げに胸を反らす。


「リオンヌも、もともとは《ノーヴァラス》を作り上げたメンバーのひとりじゃからな」

「姉上が威張る筋合いの話ではないと思いますが」


 すかさず、フルックが的確にツッコミを入れた。


「まあ、姉上の態度は置いておくとして、リオンヌ殿は、ご自身の出身地であるこの街のことを、よくご存じでしょう。ですから、スバルたちに《ノーヴァラス》へ向かうように伝えたのだと思います」

「確かに……この街は、まだ戦争の影響をそれほど受けていないようだし、人間の人も多い。この子たちの落ち着き場所としても安心できるかも」


 戦乱の面影おもかげはところどころにあるものの、荒みきった《魔帝領まていりょう》の各地とは異なり、街の中は明るく間髪な雰囲気に満ちている。

 子供たちも、広い中央通りの路肩ろかたに並んでいるバリエーションに富んだ露天商ろてんしょうを、馬車の上から物珍しそうに眺めている。


「……にしても、これは人が多すぎるだろ」


 クラヴィルがハァッとため息をついた。

 僕たちは南側の街の正門せいもんから入り、中央区域にある市庁舎しちょうしゃを目指して、馬車を進めていた。

 だが、その途中、大勢の人と他の馬車にはばまれてしまい、思うように進めないでいる。


「これ、全員が街の住人ってわけじゃなさそうだよね」


 辺りを見回した僕は、いくつか違和感に気がついた。

 フルックが同意するようにうなずく。


「スバルの見立ては正しいと思います。おそらく、周辺地域から戦争を避けて避難してきた《魔族》たちも多いんだと思います」

「まあ、わらわたちも似たような避難民じゃからの」


 馬車の荷台から外に視線を向けたまま、フローラが珍しく感情を押し殺したような声を出した。


「わらわたちも戦火せんかを逃れて、この街にやってきたのじゃ。同じような境遇の者が多いのは当然のことじゃろうな……」


 なんとなく、馬車内の雰囲気が落ち込むのを察したのか、御者席ぎょしゃせきのクラヴィルが明るい声で話題を変えようとする。


「それで、フルックに言われたとおり、中央の市庁舎を目指してるけど、そっから先はどうするんだ?」

「市庁舎に行けば、市長──この街の責任者に会うことができよう」


 フローラが視線だけをクラヴィルに向けて答えた。

 ある意味、ふたもない返答に、苦笑したフルックがフォローしてくれる。


「この街──《新興都市ノーヴァラス》の市長はパーピィさんという女性なのですが」

「パーピィは、リオンヌの双子の妹なのじゃ!」


 急に元気になって、再び自慢げに胸を反らすフローラ。

 ただ、僕には、その明るさが空元気からげんきに見えてしまった。

 だが、そんなことにはまったく気づかず、フローラは作り笑いを浮かべて、市庁舎の方向を指さした。


「パーピィに会ってリオンヌの名前を出せば、すべては解決! 今後の道もひらけるというものよ! そなたたちも、大船に乗った気持ちで安心するがよい!」


 ○


「──申し訳ございません。市長はご多忙なため、面会を制限させていただいております」


 僕とフローラとフルックが、長い長い行列に並んで、やっとこさ市庁舎の窓口にたどり着いたのは、陽が山の向こうへと落ちていく頃合いだった。


「なんじゃと!? わらわが会いに来たのに会えないとはどういうことじゃ!? ええい、そなたでは話にならん! フローラが訪ねてきたと、パーピィに伝えるのじゃ!」

「もちろんお伝えしますが、市長はここ最近、ほぼ不眠不休の状態の上、面会予定が数日先まで埋まってまして」

「ええい! わらわを誰と心得るのじゃ、わらわこそは、まお──フガフガッ!?」


 後ろからフローラの口を無理矢理塞いだのはフルックだった。

 そのまま市庁舎の外へと引きずっていこうとする。

 そんなフルックの目配めくばせを受けた僕は、慌てて窓口担当者に頭を下げて、必要な手続きを進めた。


 ○


「姉上はいったい何を考えているのですか!」


 珍しく怒気を露わにするフルックに、フローラはいじけたように地面に視線を落とす。

 市庁舎を後にした僕たち三人は、フルックの提案で街外れの丘の上にある大きな木の下へとやってきていた。

 あたりに人気ひとけはなく、フルックはここ最近貯めていた怒りをフローラに叩きつけているようだった。


「まあまあ、フルックもそのあたりで。っていうか、フローラはなにを言いかけてたの?」

「スバルも、そこはツッコまないでください!」

「はい……」


 普段怒らないキャラが怒ると本当に怖い。

 それはともかくとして、僕は改めて、丘の上にやってきた理由を尋ねた。


「この場所に何かあるの? まあ、宿舎にいても寝るしかできないから、気分転換にはなるけどさ」


 僕はそう言って肩越しに振り返る。

 《ノーヴァラス》の街の各所に灯りが散らばり始め、どことなくエキゾチックな雰囲気へと変貌しつつあった。

 クラヴィルと子供たちは、市庁舎の担当者から割り当てられた避難民用の宿舎で先に休んでいる。

 その宿舎はあの辺りかな……と、街を眺めたとき、僕はひとりの人影──《魔人まじん》の女性がこちらにむかって丘を登ってきていることに気がついた。


「ああ、よかった。姉上、やっぱり僕たちのことを忘れてしまっていたわけではないみたいですよ」


 先程までとはうってかわって、いつもの穏やかな笑顔に戻ったフルックが、フローラに対して、こちらに向かってくる《魔人》の女性を指し示した。

 そして、振り返ったフローラの表情もパアッと明るくなる。


「パーピィ!!」


 勢いよく手を振るフローラの姿に気づいたのか、女性も笑みを浮かべて手を振り返してくる。

 僕は、その姿──女性の容姿に既視感きしかんを覚えた。

 《ノーヴァラス市長》のパーピィさんが、リオンヌさんの双子の妹だと聞いたことを思い出す。

 パーピィさんに向かって丘を駆け下りるフローラとフルックに、僕も二、三歩遅れて後に続く。

 そして、全員が駆け寄って集まったところで、不意にパーピィさんが地面に膝をついた。


魔王姫まおうきフローラクス様、魔王子まおうじラクスフルック様。この度の失礼な対応、大変申し訳ございませんでした──」

「え?」

「──また、この国難こくなんの時期に、両殿下の元へさんじることがかなわず、不甲斐ふがいないこの身をお許しください」


 深くあたまを垂れるパーピィに、両側からフローラとフルックが歩み寄り、優しげな声をかけながら抱え起こす。

 その様子をポカーンと眺めながら、僕はとりあえずツッコむだけツッコんでみる。


「あの、えっと……もしかして、あまり信じたくないんだけど、やっぱりフローラとフルックってエラい人だったりするの?」


 パーピィさんが苦笑した。


「このお二方は、魔王姫フローラクス様に魔王子ラクスフルック様です。この国──《魔帝領まていりょう》を治める私たちのあるじですよ」

「ええええーーー!!」


 僕はびっくりして大声を上げてしまう。


「いや、確かに偉そうな態度だとは思ってたけど、まさかホントに偉い人というか、最高権力者だったなんて! ぶっちゃけ、この国よく今までってたね」

「たいがい失礼なヤツじゃな、そなたはっ!」


 フローラが勢いよく、平手打ちでツッコミ返してきた。

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