第18話 血塗られた道へ

 ──シャギィンッ! シャギシャギ、シャキィッ!!


 《幅広の剣ブロードソード》のやいばが分割されて宙に舞う。

 鉄糸てっしに繋がれた刃は、ムチのようにしなって複雑な軌道を描き、大澄おおすみたちの武器を弾いて制服を切り裂いていく。


「きゃあっ!?」


 悲鳴を上げる玉澤たまざわ

 とっさに《防御障壁ぼうぎょしょうへき》を張ったのは大澄だった。

 僕の刃の攻撃を必死に防ぐ。

 それを見た他の三人は、口々に礼を言って炎が燃えさかる後方へと逃げ出していった。


「自分だけ盾になって、アイツらを逃がすんだ。意外だった──」


 僕は刃のムチのスピードを徐々に上げていく。


「──てっきり、真っ先に逃げ出すと思ったんだけどね!」

「クソッ!」


 ──シャギシャギシャギッ!


 大澄の《防御障壁》と僕の刃のムチがぶつかり合い、激しく光の粉を撒き散らす。

 《召喚勇者》が《神器しんき》の指輪で発動させることができる《防御障壁》は武器と同じく、勇者自身の精神力と集中力が強度に反映されるらしい。

 実のところ、僕の刃のムチの攻撃は大澄の《防御障壁》くらいのレベルなら簡単に砕いてしまえるような手応えがある。

 だが、僕はあえて手心てごころを加えていた。

 正直言うと、刃のムチを振るう僕自身の力が、少し気を緩めると暴走してしまいそうに感じていて、それを抑える必要があったという理由もある。

 それでも、後から考えると、ひどい慢心まんしんだったなとは思う。


「てめぇら、なにボーッと見てやがる! 俺を助けやがれ!」


 狂ったかのように声を張り上げる大澄。

 そして、その声に引きずり出されるかのように、兵士たちが僕へ向けて殺到さっとうしてくる。


「ジャマするなっ!」


 僕は刃のムチの運用を変えた。

 鉄糸に繋がれた複数の刃から、次々と光の刃を発射し、兵士たちを打ち倒していく。

 まさに、ゲーム感覚。

 頭の中──視界の中で狙うターゲットを次々と捕捉してから刃のムチを振るうと、その標的に次々と光の刃が打ち込まれていく。

 だが、炎の中から続々と現れる兵士たちに、僕は少し辟易へきえきした。


「くそっ、次から次へとキリがない……」


 僕は忌々いまいましげに舌打ちする。

 次々と群がってくる大人数の兵士たちを蹴散らす中、その視界の片隅で、半分転がりながら泥だらけになった大澄が惨めな姿でにげていくのが見えたのだ。


「あなたも勇者だというなら、なぜ、我々に刃を向けるのか!?」


 指揮官とおぼしき初老しょろう士官しかんが、困惑の表情を浮かべながら、僕の前に立ちはだかる。


「今からでも遅くはありませんぞ、どうか、その《神器》を我々に預けて──うがっ」


 再び剣の形に戻した《幅広の剣》の切っ先で、僕は指揮官の胸を貫いた。


「なに被害者ぶってんのさ」


 目の前の指揮官に向けて、荒々しく声をぶつける。


「最初にひどいことをしたのはアンタたちだよね!? なんの罪もない《リグームヴィデ王国》で虐殺ぎゃくさつして略奪りゃくだつして燃やし尽くして! そして、今度は《魔族まぞく》の国で同じことをしてる!」


 頭の中に、ボロボロの姿になって逃げていった《兎人族とじんぞく》たちの姿が思い返される。


「それでいて、『なぜ、我々に刃を向けるのか』だって? 何もわかっていないんだ、アンタたちは!」


 僕が《幅広の剣》を勢いよく引き抜くと、指揮官の身体は地面に崩れ落ちる。

 この時、僕は、あらためてという実感を認識した。

 物言わぬ死体となった指揮官の姿に、兵士たちは「わあっ」と声にならない悲鳴を上げて、この場から四散しさんしていく。

 中には、燃えさかる木の枝や草むらに転がり込み、自ら炎を身体にまとわせて苦痛の悲鳴を上げる兵士もいた。

 そんな様子を眺めながら、僕は複雑な想いに身を委ねていく。


「戦争、復讐……でも、人殺し、か……」


 一番驚いたことは、人の命を奪うという行為に対する拒否反応の薄さだった。

 勇者の力の扱い方がゲーム感覚に近いということも理由の一つかもしれないが、それ以上に、理不尽に奪われた大切なものに対する喪失感、そして、怒りが僕の理性をある水準まで引きずり落としてしまったのかもしれない。


「パルナ……僕、それでも歩くのを止めることはできないよ……」


 炎が燃えさかる音がいっそう大きくなり、あたりには熱風が吹き荒れるようになってきた。

 僕は、《幅広の剣》を腰に収めると、《防御障壁》を展開し、クラヴィルと子供たちが待つ合流地点へと向かった。


 ○


「上手くいったのう!」


 炎に包まれた森林街道しんりんかいどうを見下ろし、珍しく上機嫌で高笑いするフローラ。


「わらわたちの《爆裂豪炎ばくれつごうえん》の威力に畏れ入ったか!」

「《爆裂豪炎》──?」


 怪訝そうな顔でフローラを指さす僕に、フルックがパタパタと手を振った。


「そんな中二病全開ちゅうにびょうぜんかいな技名なんてありません。単純に、僕たちはいくつかの《吐息ブレス》を吐くことができるのですが、その一種類にしかすぎませんよ」


 フルックが言うには、何かに着火すると、さらに激しく燃え上がり、連鎖していく《魔法のブレス》を使用したとのことだった。


「正直、今回初めて使ったのですが、ここまで効果が大きいとは予想外でした」


 サラッと言っているが、これだけの強力な炎を操るなど、やっぱり、フローラとフルックはただ者ではない。

 なんとなく、お互いの事情には踏み込まないという暗黙あんもく了解りょうかいができてはいるが、いつかはきちんと腹を割って話し合う必要があるんじゃないかと考え直した。


「おーい、なにはともあれ、こっから早く離れた方がいいんじゃないか?」


 子供たちを乗せた馬車の上から、クラヴィルが声をかけてくる。


「自分たちがつけた火に巻き込まれたら笑い話にもならないぜ」

「そのとおりだね」


 苦笑しつつ、僕が馬車に向かうと、あいかわらず高笑いをしているフローラの腕を掴んで、フルックが引っ張ってきた。

 僕はみんなを見渡して、全員が馬車に乗ったのを確認した。


「──次の目的地は《新興都市しんこうとしノーヴァラス》、フルックたちが道案内してくれるんだよね」

「任せておけ!」


 だが、自慢げに胸を叩いて見せたのはフローラの方だった。

 先程の高笑いから続けて、妙にテンションがアガっている様子。


「《ノーヴァラス》は、わらわたちの第二の故郷みたいなものじゃからの! ドンと大船に乗ったつもりで安心するがよい!」


 僕が黙ってフローラを指さすと、フルックがにこやかな笑みを浮かべて頷き返してきた。

 とりあえず、大丈夫ということだろうか。


「とりあえずは、この炎の中から脱出することが最優先じゃ」


 フローラが北西方向に続く小路こみちを指さした。


「クラヴィルよ、その道をまっすぐ進むがよい。しばらくしたら西方向に道を変えなければならないが、その時は、あらためて指示をするからの」

「承知しました、〜」


 偉そうなフローラを揶揄やゆするような口調でクラヴィルが返し、馬車が動き始めた。

 一瞬、ピクッと肩をふるわせたフローラの様子も気になったが、僕はフルックへと視線を向ける。


「まだ、敵兵と遭遇する可能性もある、油断はできないね」

「そうですね、しばらくの間は二人で周囲を警戒することにしましょう」


 こうして、僕たちは目的地を《新興都市ノーヴァラス》へと変えて、旅を再開した。

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