第16話 舞い上がる決起の炎

「このまま尻尾を巻いて逃げよ、と言うのか?」


 フローラがイライラした様子で、あくまで冷静なフルックに食ってかかる。


「人間どもに、このまま好き放題させておくのは我慢がまんならん!」

「その気持ちはわからなくもないけど……」


 僕はあえて彼女に異を唱えることにした。

 こちらにはクラヴィルのほかに、自分の身を守ることすらできない子供たちもいる。

 下手にいくさに巻き込まれることは避けなければならない。

 そのことを、僕は冷静にフローラへと伝えた。


「うぐ……」


 すると、フローラはあっさり言葉に詰まってしまった。


「フローラちゃん、ツンツンしてるけど、実は人が良かったりする?」

「誰がツンツンじゃ!」


 クラヴィルが漏らした感想に、顔を赤らめて反駁はんぱくするフローラ。

 そんな彼女を、フルックがまあまあとなだめる。


「姉上、少し頭を冷やしてください。いくら、姉上と僕、それに勇者殿がいると言っても、さすがに戦力の差が大きすぎます」

「なんで僕が当然のように戦力に含まれてるの?」

「なんで僕が当然のように戦力外通告受けてるの?」


 僕とクラヴィルは、フルックの言葉に顔を見合わせて不満を漏らす。

 だが、フルックは、そんな僕たちをスルーして現状を整理しつつ、姉を説得にかかっていた。


「敵は大軍です。しかも、《召喚勇者》を複数人抱えています。手を出すのは簡単ですが、その結果、手痛い火傷やけどを負っては本末転倒というものです。ここはとにかく、一度安全な避難場所を確保すること。そして、体制を立て直すのが反撃への近道です」


 なんだか、話のスケールが大きくなっているような気もするが、フルックの口調からは真剣さがにじているように感じたので、僕は黙って聞き耳を立てていた。

 そのことには気づいている様子だったが、フルックは言葉を続けていく。


「敵だってバカじゃありません。きちんとした作戦行動で動いているはずです。ただ、それでも地の利は僕たちにあります。とりあえずは、敵陣てきじんの隙を突いて《ノーヴァラス》へ向かいましょう──」


 ○


「──前言撤回ぜんげんてっかいします。敵はバカでした」


 そうフルックがため息をついたのは、峠を下りて深い森林地帯に入ったあたりだった。

 僕たちは今、森の中を抜ける街道を見下ろすことができるがけの上にいる。

 山の向こうにが落ちようとしている夕刻──眼下がんかの崖に挟まれた街道沿いには、人間たちの軍勢が夜営やえいのために設置したじんが無造作に並んでいた。

 フルックが僕に問いかけてくる。


「この状況、スバルはどう見ますか?」

「あ? え……えっと、確か昔読んだ歴史物で、陣を細長く伸ばしてしまって、敵の奇襲きしゅう火計かけいを受けて、大混乱のあげく大敗したっていう話があったような」

「的確な分析ですね。さすが、《勇者》は力だけじゃないってことですか」


 おおー、とクラヴィルが感心したように僕の肩を叩いてくる。

 いや、自分で考えた話じゃないし。

 でも、それにしたって、僕たちがどうこうできるとは思えない。

 そのことを口にすると、フルックはいつもの爽やかな笑みを浮かべる。


「そこはそれ、このあたりは最近雨が降っていなかったっぽいので、よく燃えると思うんですよ」

「燃える」

「燃えます」

「って、いやいやいや」


 僕はフルックの肩を掴んで揺すってしまう。


「森に火をつけるったって、そんな簡単なことじゃないでしょ!? そりゃ、確かに大火事にできれば、敵も逃げ出すと思うけど──」


 すると、反対側からフローラが頭を突き出してくる。


「その大火事とやら、わらわとフルックであれば造作ぞうさもないこと。このツノはダテじゃないというものじゃ」


 一瞬、フローラの頭から生えている竜のツノが不思議な虹色に輝いたように見えた。


「──で、異世界から召喚された勇者は、どうするのじゃ?」


 フローラの瞳がジッと僕のことを見つめてくる。


「そこの子供たちと安全なところでけるのも良いが、この下の敵陣には、スバルの同胞どうほうもおるのじゃろ?」


 フルックがフローラの隣に並んだ。


「スバルが敵の本陣に奇襲をかけてくれると、この作戦、最大限の成果を得ることができると思うんですが」

「その剣──」


 ゆっくりと、僕の《幅広の剣ブロードソード》を指さすフローラ。


「──その剣を所有する者の宿命さだめというものがあろう」

「宿命……?」

「スバルは、同じくこの世界に召喚され、暴虐ぼうぎゃくの限りを尽くす仲間の勇者に思うところはないのか?」

「アイツらは仲間なんかじゃないっ! 僕の大切なみんなを、国を奪った敵だっ!」


 思わず大声を上げてしまい、ハッと我に返った僕は辺りを見回した。

 だが、崖下の敵陣に気づかれた様子は無い。

 僕はスウッと息を吸い込んで、頭を冷やす。


「クラヴィル、子供たちのこと頼めるかな」

「スバル、おまえ……」


 《幅広の剣》を抜いて、僕は一歩足を踏み出した。


「僕も行くよ」


 剣のつかを握り、《リグームヴィデ王国》で元クラスメイトの大澄おおすみたちと対峙したときのことを思い返す。

 《幅広の剣》の扱い方、防御障壁ぼうぎょしょうへきの張り方、立ち回りなどの戦い方、そして、回復魔法のような力の使い方も頭の中に思い描く。


「大丈夫、僕も戦える──」


 僕はハッキリと頷いて意志を示した。

 続いて、フローラとフルックも頷き、襲撃しゅうげきの打ち合わせに入る。


 ○


 ──闇夜やみよの街道に次々と火の手が上がり、間を置かずに業火ごうかへと成長して、崖と崖の間の森林街道はまたたく間に炎に包まれていく。


「この炎、フローラとフルックの力なのか……スゴいな」


 僕は火の粉が舞い散る森の中を、長く伸びた敵陣の中央──本陣ほんじんへと向かっていた。

 敵軍は完全にパニックに陥っており、召喚勇者たちと同じ制服を身につけた僕をとがめる兵士はいない。

 中には声をかけてくる兵士もいたが、それも「勇者様お逃げください!」といったようなもので、僕が敵対勢力──たった三人だけど、の一人だと疑う兵士はいなかった。


「なんだ、この炎!?」

「ちょ、ちょっと、これってヤバくない?」

「どうしよう、俺たちも逃げた方がいいんじゃ……」


 僕が本陣に足を踏み入れると、予想通りに青楓学院高校せいふうがくいんこうこうの制服を纏った数人の少年少女──《召喚勇者》たちがすべもなく右往左往うおうさおうしているのが見て取れた。


「っていうか、ここにいたら焼け死んじゃうよ、とにかく逃げなきゃ……って、鷹峯たかみね!?」


 勇者の一人、ボーイッシュな感じのショートヘアーの女子──坂之上さかのうえ さくらが僕の姿に気づく。


「え? 鷹峯? なんでここに!?」

「この山火事、もしかして、鷹峯くんのせいなの!?」


 坂之上の声に、他の勇者──國立こくりゅう 隼太はやたと、玉澤たまざわ 楓花ふうかが驚きの声を上げた。

 僕はその問いかけを冷たくスルーして、《幅広の剣》を抜き、ゆっくりとみんなへと近づいていく。


「おまえたち、自分たちがやっていることを本当に理解しているのか?」

「何を言ってるの?」


 玉澤がポニーテールを熱風に揺らしながら反論してくる。


「わたしたちは、人々を救うために《勇者》として邪悪な《魔族》を討伐しに──」

「黙れ」


 僕の声は低かったが、三人に届くには十分だったようだ。

 怒りがこもったせいか、口調が荒々しくなってしまったが、その迫力がみんなの口を封じてしまう。


「人々を救うため? じゃあ、いつ、《魔族》が《人間たち》の国に攻め入ったんだ?」


 剣を手にしたまま、僕はゆっくりと炎の中を三人に向かって進んでいく。


「オマエたちは《リグームヴィデ王国》を蹂躙し、そして、今、この《魔族》の国をも侵略しようとしている。しかも、武器も持たない抵抗の意志もない《魔族》の住民を殺し、奪い尽くして──」


 ──その瞬間、僕の頭の中に危険を知らせるアラートが鳴り響いた。


「──!!」


 反射的に《幅広の剣》を振り上げ、横合いから打ち込まれてきた大剣たいけんを弾き返す。


「よお、鷹峯。おまえから出てきてくれるなんて。助かったぜ」

「……大澄おおすみ


 僕が身体ごと横を向くと、そこには大きな剣を肩に乗せた格好で、残忍な笑みを浮かべた大澄おおすみ 由秀よしひでが佇んでいた。

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