第三章 俺たちは正義の勇者様だ、刃向かうヤツは殺されても文句言えねぇよな!──大澄 義秀

第15話 戦火は拡がる

 各所かくしょから火の手が上がる──その光景に呆然としてしまった僕たちだったが、少しのを置いて我に返る。

 そして、いったん森の中へと引き返すと、馬車を木々の間に隠した後、もう一度、念のため身を低くして崖上がけうえへと戻った。


「あちこちで動いているの《魔族まぞく》の軍隊なのか?」


 クラヴィルの疑問に、フルックが頭を振る。


「さすがに、この距離だとわからないです。兵士どころか旗とかも見分けがつかないですし」

「ほら、そのあたり《魔族》だったらさ、遠くの獲物えものも見えちゃうみたいな必殺技とかあったりして」

「そなたは《魔族》をなんだと思っておるのじゃ!?」


 勢いよくクラヴィルにツッコむフローラを、僕は止めなかった。


「《リグームヴィデ》の《魔族》の人たちだって、そんなことできる人いなかったじゃん……」


 そう言いつつ、僕は胸が痛むのを感じた。

 おそらく《リグームヴィデ王国》と同じような──これは戦乱せんらんだ。

 隣で同じように遠くを見つめるフルックが静かに考え込む。


「《魔王城まおうじょう》の反乱の影響が、この辺境へんきょうにまで及んでいる……?」


 なんか、今、物騒ぶっそうな単語がいくつか聞こえた気がした。


「《魔王城》の反乱って、なに……?」

「そのままの意味ですよ、《魔帝領まていりょう》を治める《魔王城》のあるじが反乱軍に追い出されてしまったんです」

「えっと、《魔王城》の主──ってことは魔王様まおうさま? が追放された?」

「まあ、そういうことです。さらに困ったことに、反乱軍たちも権力争いから仲間割れしてしまい、状況は混乱の一途いっと辿たどる一方で」


 僕は思わず立ち上がってしまった。


「それって、《魔帝領》も国が崩壊ほうかいしつつあるってことだよね!?」

「否定できないのが残念です」


 相変わらずさわやかな笑みを絶やさないフルック。

 僕は髪の毛をまわして、思考をクールダウンさせようと試みる。


 ──その時だった。


 ガサッという音とともに、近くのしげみが揺れた。


「誰じゃ!? そこに誰ぞおるのか!?」


 フローラが身体ごと茂みに向き直って、威嚇いかくするように声を発した。

 僕は子供たちをクラヴィルに任せ、《幅広の剣ブロードソード》を抜いてフルック、フローラと並ぶ。

 しばらくの沈黙。

 僕とフルックは視線を交わしたあと、意を決して茂みへと近づいた。


「あなたたちは……」


 フルックが言葉を失う。

 僕たちの視線の先にうずくまっていたのは、着の身着のままでボロボロになって逃げてきたように見える《兎人族とじんぞく》の一団だった。


「ひぃっ、お許しください! 見逃してください!」


 しかも、僕に対して、あからさまにおびえる様子を見せる。


「落ち着いてください、僕たちはあなた方に危害は加えません。むしろ、何があったのか教えてもらえませんか?」


 いつもの優しげな笑顔を浮かべて、フルックがそっと《兎人族》たちの側に膝をつく。

 それでも《兎人族》たちは、恐怖の色を消さずに、僕の方をチラチラと見上げてくる。

 僕も腹を決めて、そっと腰の《幅広の剣》を外して地面の上に置き、両手を空にして敵意がないことを示す。

 肩越しに感謝の表情を見せたフルックは、再び《兎人族》の面々に視線を戻した。


「これで、少しは安心できましたか?」


 《兎人族》たちは顔を見合わせたあと、ポツリポツリとフルックの問いに答え始める──


 ◇◆◇


 それは突然のできごとだった。

 深夜の《兎人族》たちの集落に無数の火矢が降り注ぎ、あっという間に豪炎ごうえんが巻き起こる。

 激しい炎に家を追われた《兎人族》へ、今度は刃と矢が襲いかかってきた。

 人間の軍隊による夜襲やしゅう──その現実を目の当たりにした《兎人族》たちは、一瞬にしてパニックに陥った。

 特に、恐怖をあおったのは、このあたりでは見たことのない特徴的な同じ服をまとった人間の少年少女たちの存在だ。

 人間の兵士たちとは比べものにならない強力な力を操り、《兎人族》たちを女子供も関係なく狩りを楽しむかのようになぶころしていく──


 ◇◆◇


「あいつら──!!」


 僕は怒りのあまり目眩めまいを覚えてしまう。

 《兎人族》の話にあった特徴的な同じ服は、僕が着ているものと同じということだ。

 そのため、最初は僕を追っ手か何かだと思い込んだとのことだった──


 僕と同じ服を着ていた少年少女──間違いなくクラスメイトたちのことだろう。


 いつのまにか、フローラが隣に立っていた。


「人間どもは、りずにまた《勇者ども》を召喚したということよの」

「懲りずに、また……?」


 一瞬、問い返そうとした僕だったが、《現実世界あちらの世界》で読んでいた《柴路しばみちノート》の内容を思い出した。


 数年前に、この異世界《ノクトパティーエ》に飛ばされた高校生たちの話を記した作品──その中で、異世界転移した学生たちは対《魔族》の切り札である《勇者》として《人間国家》に歓迎された。

 しかし、最終的には《魔族》との戦いが劣勢になってしまったタイミングで、邪魔者として排除されることになってしまう──


 考え込んでしまった僕を横目に、フルックは《兎人族》たちに、いくつか質問していた。


「人間たちの軍の規模はどれくらいかわかりますか? それと《ドラクラヴィスとりで》と《イオランテス将軍しょうぐん》の状況を、もし、知っているようでしたら教えてください」


 答えは返ってきたが、内容は極めて悲観的ひかんてきなものだった。

 《兎人族》たちの話によると、辺境の守護しゅごになっていた《ドラクラヴィス砦》は真っ先に陥落してしまい、兵は四散、《イオランテス将軍》の消息もわからないとのこと。

 そこまで聞き出してから、フルックは《兎人族》たちに礼を述べ、先へ逃げるようにと促した。


「……その、これ、良かったら」


 僕はクラヴィルの了承を得て、少しだけ食料を《兎人族》に分けることにしたのだ。

 驚いたように目を丸くしながらも、《兎人族》たちは口ごもりながらお礼を言って受け取ってくれた。


「……甘いの」


 森の中へと消えていく《兎人族》を見送る僕の横で、フローラが呆れたようにため息をつく。

 もちろん、言われなくてもわかっている。

 食料は有限だ。僕たちだって、この先、いつ食料を調達できるかわからない。

 それに、また同じ境遇の難民と出会ったときにも、同じ対応をするつもりなのか。

 もし、そうなら、それこそ食料はいくつあったって足りやしない。


「それでも、彼らを放っておくことはできなかったんだ」


 自分たちが住んでいた村を焼き出され、何も持たずに数日間まどっていた彼ら。

 そして、その彼らを今の境遇に追い込んだのは、あのクラスメイトたち──


「お人好しめ……と、言いたいところじゃが、わらわも似たような人間に助けられたこともある」

「それって、どんな人だったの?」

「今のそなたには、まだ話せぬな」


 キッパリと拒絶するフローラに、僕は肩透かたすかしをくらってしまった。


「いや、これって回想シーンに入る流れでしょ」

「言っている意味がよくわからぬが、なんにせよ、そなたがどういう人間なのか。そして、どういう道を進もうとするのか、そのあたりが見えてこないことには、話すことはできぬよ」

「それに、そもそも、一度話し出すと長くなりますからね」


 フルックがさりげなく会話に割り込んできた。


「今は悠長に時を浪費している場合ではありません。まずは、この先どうするかを考えないと」


 選択肢は三つとフルックが指を立てる。


 ひとつめは、当初の目的通り、戦乱の中を突っ切って《ドラクラヴィス砦》へ向かう策。

 ふたつめは、戦乱の中で消息を絶ったという《イオランテス将軍》を探し、合流する策。

 みっつめは、この地を速やかに離れ、《新興都市しんこうとしノーヴァラス》へ赴く策。


「《ノーヴァラス》って……」

「ええ、おそらくリオンヌ殿の指示も、最終的な目的地は《ノーヴァラス》だったのではありませんか?」


 そのフルックの指摘に、僕は黙って頷く。


「正直、ひとつめとふたつめの策に関しては非現実的と言わざるをえないので、選択の余地はないのかもしれませんけど──」


 僕とフローラは顔を見合わせて、困惑の表情を浮かべた。

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