第14話 僕の立ち位置

 の上から落ちてきたふたり──フローラ、フルック姉弟きょうだいとの邂逅かいこうは、僕たちにとって、まさにチャンスだった。

 正直、人間だけの一行である僕たちが、《魔族まぞく》の国を守護しゅごする《イオランテス将軍しょうぐん》に会うというのは、現実的に考えて非常に困難な話だと言わざるをえない。


「僕たちには《イオランテス将軍》との間に深いえんがあります。家族──とまでは言いませんが、それに次ぐくらいの関係をはぐくんできました。《ドラクラヴィスとりで》まで辿たどりつければ、面会にこぎつけるのは容易たやすいことです」


 そう言って、フルックが両手を広げてみせる。


「それに、リオンヌ殿の話もあります。あなた方が彼と合流を目指しているというのであれば、僕たちもそれに便乗びんじょうしたい」


 以上が、フルックの提案の内容だった。


「……わかった」


 僕は小さく息を吐き出した。


「話を聞いた限り、僕たちにデメリットは無さそうだし、提案を受け入れるよ」

「……食料の消費が早くなるのは、十分なデメリットだと思うぞ。あのねーちゃん、量食いそうだし」

「なんぞ言ったか、そこのっ!!」


 つかみ合いになりかけたフローラとクラヴィルを、フルックと僕が引き離す。


「まあ、食料の話はスルーしてもらって大丈夫だけどさ。正直な話、僕たちが《イオランテス将軍》会うための方法を考えないといけなかったんだよね。その点については、僕らにとっても渡りに船と言えなくもないんだよ」

「それじゃ、取引成立ということですね」


 未だにらみあうフローラとクラヴィルを羽交はがめにしたまま、僕とフルックは視線を交わしてうなずきあった。


 ○


 そのまま、樹の下で一晩過ごしてから、僕たちは《ドラクラヴィス砦》への旅を再開した。

 馬車の荷台の上では、フルックがあっさりと子供たちと打ち解けてしまい、自分のツノを触らせたりしながら和やかに過ごしている。


「あ、みんな、あまり失礼にならないようにね」

「これくらい、かまいませんよ」


 相変わらず穏やかなフルックとは対象的に、姉のフローラは後方で膝を抱えて座り込んでいる。

 隣に座っている僕としては、なんとなく居心地が悪い。

 ガタン、と馬車が強めに揺れた。

 ふと、フローラがボソッと呟く。


「……昨晩はひどいことを言った」

「え?」

「人間どものいさかいなど放っておけ、と……」

「あ、それは……」


 そのことを気にしていたのか、と、僕は隣に座る少女を見つめた。

 膝に顔をうずめているので、表情までは見ることができない。

 だが、微かに声が震えているあたり、一生懸命謝ってくれようとしているのだろうか。


「……正直、《魔族》の国の人たちにとってみれば、《人間》たちの国同士の戦争なんて、どうでもいいことなんだなということは僕にもわかるよ」


 自分だって、現実世界の日本にいたとき、遠く離れた外国で起きていた戦争なんて、ほとんど気に留めていなかった。


「それに、なんだかんだいって、僕たちに協力してくれてるしねえ。感謝してるよ」

「……そうか」


 フローラは顔を上げた。

 確かに口や態度は良いとは言えないけど、悪い子ではないのかもしれない。


「……そなたにひとつ聞きたいことがあるのじゃが」


 一瞬、躊躇ためらったフローラだったが、思い直したように僕に向けて問いかけてくる。


「そなたが着ているその服──もしかして《召喚勇者》なのか?」

「──え!?」


 突然の質問で戸惑う僕をよそに、御者席ぎょしゃせきのクラヴィルが肩越しに自慢げな口を挟んでくる。


「そうだよ、ちょっと頼りなく見えるかもしれないけど、スバルは異世界から召喚された勇者様だからな」

「やはり、そうか……」


 小さく呟いてから、フローラは床に手をついたまま、僕の方へと身を乗り出してきた。


「ちょ、ちょっと顔が近い……って」

「それに、その剣──それはリオンヌから渡されたのか?」


 彼女の視線が、僕が腰にいている《幅広の剣ブロードソード》に落ちる。


「あ、えっと、正確に言うと《精霊樹せいれいじゅ》の《玉座ぎょくざ》に隠されていたのを、リオンヌさんに言われて僕が使わせてもらってる流れかな」

「……」


 フローラはさらに顔を近づけ、僕の瞳を覗きこんでくる。


「……それで、そなたはに立っておるのじゃ?」

「え、それって、どういう意味……?」

「姉上」


 静かだが迫力を感じるフルックの声が、さらに近づこうとするフローラを押しとどめた。

 何かに気づいたような表情を見せてから、フローラはゆっくりと元の場所へと戻る。


「……今、スバルがここにいることが、とりあえずの答えよの」

「なんだよ、思わせぶりなこと言って、でもって、ひとりで納得してさ……」

「許せ、わらわたちも、かなり切羽詰せっぱつまっている状況なのじゃ。なんでもかんでも疑ってかからざるをえないものでな。たとえ、天がもたらした僥倖ぎょうこうだとしても、素直に喜ぶことはできないのじゃ」


 結局、ワケがわからない、と僕が肩をすくめて首を振ると、笑いをこらえるような表情でフルックがフォローしてきた。


「姉上もスバルたちを仲間として認めたってことなんです」

「仲間……?」

「覚悟してください、たぶん、この先良いように利用しまくるつもりですよ」

「ええ……」


 冗談めかした口調のフルックに対し、僕は納得できないと大きなため息をついた。


「そーいうのって、本人たちに聞こえないところでコソコソと話すものじゃないの?」

「まあ、前にも言いましたけど、姉上は腹芸ができないたちでして。でも、それが姉上の魅力でもあるんですよね」


 さすがに我慢できなくなったか、こめかみのあたりをひくつかせて、フローラが勢いよく立ち上がる。


「そなたら! それこそ、本人に聞こえないところで話すものじゃろ! あてつけておるのじゃな、そうなんじゃろ!」


 ──ガタン!


 馬車が大きく揺れ、バランスを崩すフローラ。


「うあ、落ちる落ちるっ! おいコラ、御者! そなた、わざと揺らしたじゃろ!」

「あああ、なんか、いきなり賑やかになった……」


 僕はフローラの腕を掴みつつ、さらに深く深くため息をついた。


 ○


 そして、僕たち一行は間道かんどうの峠を抜けて、表街道おもてかいどうがある平原を望む崖の上へと出た。

 急に視界が開け、眼下がんかに広大な草原が広がる──


「なんだよ、これ……」


 その光景を前に、僕は呆然としてしまう。

 御者席のクラヴィルも、同じ荷台に乗っているフローラもフルックも、それぞれ一言発したきり、言葉を失ってしまっている。


 地平線まで広がる草原、そのあちこちから火の手と黒煙こくえんが上がり、その合間合間に軍隊と思える集団がうごめいていた──

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