第12話 魔族の村

「ゴメン、迷った」


 テヘッと舌を出すクラヴィルに、僕は反射的に拳でツッコミそうになるのをギリギリのところでこらえた。

 子供たちの教育に良くない、と、無理矢理自分を納得させて、深呼吸しつつ気持ちを落ち着かせる。

 我ながら見事なアンガーマネージメントだった。

 鬱蒼うっそうしげった森を抜ける荒れ道のど真ん中。

 僕はとりあえず馬車を止めるように伝えて、状況を確認する。


「迷ったって、どのくらいのレベルで迷ったの?」


 完全に自分たちの場所を見失ってしまって、どうにもならないレベルの話なのか。

 それとも、目的地を見失ってしまって、これ以上進むのが危険というレベルなのか。

 そんな僕の疑問に、クラヴィルはため息をつきつつ肩をすくめてみせる。


「人目を避けて《ドラクラヴィスとりで》へ向かうってのが目的だよな?」

「うん、リオンヌさんに《ドラクラヴィス砦》の《イオランテス将軍》を頼れって言われるし」

「その《ドラクラヴィス砦》の場所がそもそもわからないんだよ」

「ええ!? って、今さら……」

「まあ、国境の守備砦しゅびとりでってことだから、おそらく《表街道おもてかいどう》の近くにあると踏んでたんだけど」

「踏んでたんだけど?」

「その《表街道》に抜ける分かれ道を見失っちゃったっぽいんだよね」


 僕とクラヴィルは一瞬の沈黙のあと、同時にため息をつく。


「……どうする? 《表街道》への分かれ道を探しに戻る?」

「戻って見つかる保証ある?」

「そうだよなぁ、食糧も心許こころもとないしなぁ」

「追っ手に見つかる危険性もあるよね……」


 幸い、今のところクラスメイトたちや《アレクスルーム王国軍》からの追っ手の気配を感じたことはない。

 すでに《魔帝領まていりょう》の領域に入っているはずだが、危険性は常に考えておかないと、足許あしもとすくわれることにもつながりかねない。

 考え込む僕に、クラヴィルが提案してくる。


「こうなったらさ、一回、どこかに寄らない? この先、ちょっと進むと《魔帝領》の辺境へんきょうの村、《ドムチカーダ》があるんだけど──」


 ○


「全員動くな!」


 ──で、こうなるワケね。


 僕は深く深くため息をついた。

 クラヴィルがゴメンゴメンと本気で頭を下げてくる。

 《魔帝領》の国境付近に位置する《魔族まぞく》の開拓村かいたくむら──《ドムチカーダ》の街門外がいもんそとの広場で、僕たちの馬車は村の住人とおぼしき《魔族》の一団に囲まれてしまっていた。


「あのですね、僕たちは《アレクスルーム王国軍》に追われて逃げてきた《リグームヴィデ王国》の無力な子供たちなんですー」

「そうなんです、《ドラクラヴィス砦》の《イオランテス将軍》を頼るために旅をしているだけなんですー」


 クラヴィルと僕は、周りを囲む魔族たちに向けて必死に訴えかけた。

 最初は敵意をしにしてきた魔族たちだったが、僕たちが子供だけということを確認したからだろうか、次第に警戒から困惑こんわくへと雰囲気が変わっていった。

 僕は、その機を逃さずにたたみかけた。


「僕たちをここまで逃がしてくれた《魔人まじん》のリオンヌさん──《不死身ふじみ魔剣士まけんし》リオンヌさんに《ドラクラヴィス砦》へ向かうように言われてたんですけど、道に迷ってしまって……」

「リオンヌって、あのリオンヌか」


 リオンヌさんの名前を出した途端、魔族の人たちの態度が急激に軟化なんかしていく。

 そして、そこへ一人の《獣人じゅうじん》──猫の頭を持つ《猫人ねこびと》の女性が近寄ってきた。


「あら、アンタ。だいぶ前に寄っていった《リグームヴィデ王国》の商隊しょうたいにくっついていた坊やじゃないの!? しばらく見ないうちに大きくなって!」

「あ、もしかして、宿屋やどやの猫のオバチャン!? 覚えてるよー!」


 クラヴィルが恥ずかしそうに笑ってみせる。

 僕たちを包囲する魔族の人たちを押しのけるようにして近づいてきた《猫人》の女性がクラヴィルの手を取った。


「詳しくはわからないけど、《リグームヴィデ王国》が人間たちの国に襲われたって話が流れてきてね、心配してたんだよ。アンタも無事で良かった。この子たちもいくさから逃げてきたのかい?」

「うん、そう。話すとちょっと長くなっちゃうんだけど……」

「あ、悪いね。こんなところじゃ、ゆっくり話もできないね」


 《猫人》の女性が視線を向けると、魔族の人たちのリーダーとおぼしき《魔人》の男性がうなずいた。


「そうだな、《リグームヴィデ王国》方面の状況とかも聞きたいし、村に入れても問題ないだろう」

「だってさ、とりあえず、うちの宿屋に部屋を用意するから、まずはゆっくり休むがいいさ」


 こうして、僕たちは久しぶりに柔らかい寝床ねどこ美味おいしい料理にありつくことができたのだった。


 ○


 結局、僕たちは三日ほど《ドムチカーダ村》に滞在することができた。

 長い逃避行とうひこうで弱りかけていた子供たちも元気を取り戻すことができ、僕とクラヴィルも鋭気えいきを養って、今後のプランを練り直す。

 一番大きかったのは《ドラクラヴィス砦》までの道程みちのりしるした地図を用意してもらえたことだった。


「案内役をつけてやりたいところだが、情勢がこうなった以上、いくさに対する備えを優先しなきゃならなくてな」


 《ドムチカーダ村》の自警団長じけいだんちょう──《魔人》の青年スペルバサスさんが申し訳なさそうに声をかけてくる。

 さらに、宿屋の女将おかみの《猫人》──プリキャーラさんも心配そうに馬車の上の僕たちの手を握ってきた。


「本当にいいのかい? その子供たちだけでもうちで預かっていいんだよ? なんなら、あんたらふたりだって、この村に留まったって……」

「ありがとうございます、そう言ってもらえて嬉しいです」


 僕は素直な思いを口に出した。


「でも、僕たちにはやらないといけないことがあるので」


 僕たち──いや、少なくとも僕はクラヴィルや子供たちの安全を確保した上で、クラスメイトたちや《アレクスルーム王国軍》に復讐の戦いを挑まなければならない。

 そのために、今、足を止めることはできなかった。

 もっとも、子供たちの安全ということを考えると、この《ドムチカーダ村》に預けることも真剣に検討した。

 だが、当の子供たちが絶対に離れない、とゆずらなかったこと、それに、やはり《魔族》だけの村に人間の子供たちだけ残すことに一抹いちまつ不安ふあんを感じたことも事実だ。

 他にもいくつかあわせて考えた結果、子供たちも連れていく決断に踏み切った。


「地図のほかにも食料しょくりょうもたくさん分けていただきましたし、本当にお世話になりました」

「んじゃ、そろそろ行くぜ、プリキャーラおばちゃんたち、本当にありがとな!」


 クラヴィルが未練を振り切るように、勢いよく馬車を動かし始める。

 子供たちが、後ろに集まって見送ってくれている《ドムチカーダ》の住人たちに手を振って応えた。


「落ち着いたら、きちんとお礼に行かないとダメだな」


 そのクラヴィルの呟きに、僕も頷き返す。


 ──だが、後にその機会は永遠に失われることになる。


 ○


「ここまでで、ようやく半分くらいかー」


 森の中の街道を進むうちに、一際ひときわ大きな樹がそびえる広場に出た僕たちは、少し早いが野営の準備をすることにした。

 最近は子供たちも手慣れたもので、準備の大半を自分たちから手伝ってくれる。

 《ドムチカーダ村》でわけてもらった食料には、まだまだ余裕がある。

 黒パンの上にあぶった干し肉とチーズをのせて、みんなで一斉に食べ始めた。


「おいしー!」


 勢いよく頬張ほおばっていく子供たち。

 そして、あたりに漂う食欲を誘う魅惑的みわくてきな匂い。


 ──ぐーきゅるるるる


「誰だよー、ご飯食べながらお腹鳴らすなんて器用だなー」


 クラヴィルが子供たちに向けて笑う。


 ──ガサッ


「がさっ?」


 僕が上に張り出す巨木の枝を見上げる。


 ──きゃっ!?


「きゃっ?」


 クラヴィルも上を向いた──瞬間。


「きゃあああああああっ!?」

「あねうえーって、うあああああっっ!?」


 樹の上から二つの人影が落ちてきた。

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