第11話 真の勇者

 ──シャギシャギシャギィッ!!


 大澄おおすみ狐塚こづかたち五人の攻撃を、僕は《防御障壁ぼうぎょしょうへき》で防ぎ続ける。

 最初は余裕の笑みを浮かべていた大澄たちだったが、そんな彼らの顔にあせりの表情が浮かんできた。

 はじめて《精霊樹せいれいじゅ》で《幅広の剣ブロードソード》を手にした時、頭の中に流れ込んできた勇者の記憶──その中に、この《防御障壁》の扱い方もあったのだ。

 そして、大澄たち全員が同時に打ちかかってきたところを見計らって、《防御障壁》をはじけさせる。


『うおおおおっっっ!?』


 ──ヴァッシャッ!!


 《防御障壁》が消滅した反動で吹き飛ぶ大澄たち。


「ジャストガードってヤツかな、結構使えそう」


 《防御障壁》の扱い方を、むこうの世界のゲーム感覚に置き換えることで、意外としっくりくることに気づいた。

 続けて《幅広の剣》を同様に記憶をなぞりながら、構えて大きく振る。


 ──シャリシャリシャリシャリンッ!!


 《幅広の剣》の刀身が、いくつもの細かい刃に別れて、細い鉄の糸に繋がれた刃のムチとなって縦横無尽じゅうおうむじんに動き回る。


「く、くそっ!!」

「ちょ、やべーよ、なんで鷹峯たかみねこんなに強いんだよ!」

「こんな《神器しんき》誰も持ってねーよ、なんでコイツだけ!?」


 大澄やクラスメイトたちは、さっきまでの僕と同じように《防御障壁》を張って刃を防ごうとしている。

 一方、勇者の力を持たない《アレクスルーム王国軍》の兵士たちは、刃の範囲から逃れようと頭を抱えて右往左往うおうさおうしていた。

 僕は、まずリングを破壊して逃走ルートを探す。

 そんな僕の様子に気づいたのか、大澄が威圧するかのように大声を上げた。


「鷹峯、オマエ逃げるつもりだろうが、そうはいかないぞ!」

「僕の攻撃に手も足も出ない状態で、そんなこと言ってもしみにしか聞こえないけど」

「逃げるなら逃げればイイさ。だけど、逃げた後のことを考えてみろよ」

「……どういう意味?」


 低くなった僕の声に、大澄はといった笑みをひらめかせる。


「鷹峯が逃げたら、その後《リグームヴィデ王国》の捕虜ほりょたちをひとり残らず殺してやる」

「──!?」

「ひとり、ひとり手足を切り落として、最後には首をねてやる」


 その狂気じみた物言いに、僕は再び怒りが激しく燃え上がるのを感じた。

 それに呼応したのか、振り回される刃のムチから光の刃が生み出され、無差別に放たれる。

 一際ひときわ大きな悲鳴が、あちこちから上がり始めた。

 ふと、右後方で赤い大きな炎のような何かが爆発した気がしたが、意識を大澄たちに集中させていたこともあり、とりあえずスルーしてしまう。


「……大澄さん、ちょっとヤバイっすよ」

「そうッスよ、いくら捕虜とは言え、そんなこと勝手にやっちゃ……」


 さすがに、大澄の取り巻きたちもついていけないといった表情で、後ずさりする。

 だが、大澄自身は意に介そうとはしなかった。


「イイんだよ、人間なのに魔族まぞくなんかとつるんだ裏切り者だ──そうだ、まずは四、五人ここに連れてこいよ、鷹峯の目の前で滅多斬めったぎりにしてやる!

「──って、それは無理な相談だな」

「リオンヌさん!?」


 僕が放つ刃の間を平然と抜けて、静かに横に立ったのはリオンヌさんだった。


「悪いが──って、別に悪くもないか。《リグームヴィデ王国》の生き残りに関しては、さっき全員解放させてもらった」

「なんだと!?」

「それと、すでに命を奪われた人々に対する報いも含めて、その代償はこれから払ってもらう」


 低くうなるように声を押し出すと、リオンヌさんは両手に剣を握る。

 その剣の刀身とうしんは赤黒い光に包まれていた。


「スバル、クラヴィルを連れて子供たちのところへ戻ってくれ。そして、《魔帝領まていりょう》の《ドラクラヴィスとりで》、《イオランテス将軍》を頼れ」

「え……リオンヌさんはどうするの?」

「オレはここで《アレクスルーム王国軍》を足止めする。それに、逃がした《リグームヴィデ王国》の人たちを落ち着ける場所まで逃がしてやらないといけないからな、しばらくお別れだ」

「そ、そんな……」


 言葉を失ってしまう僕の腕を、クラヴィルが引っ張ってきた。


「もとはといえば、俺を助けるために無理をさせちゃったんだよな、ゴメン」

「いや、そんなこと、僕が勝手にしたことだから……」

「ううん、感謝してる。だから、今度は俺がスバルを助ける番だ」


 クラヴィルが真剣な表情で僕の目を見つめてくる。


「スバル、行こう。リオンヌさんには到底とうてい及ばないけど、今度は俺がスバルを助ける」


 リオンヌさんの目配めくばせを受けたクラヴィルは、もう一度、僕の腕を引っ張ってきた。

 まだ、躊躇ためらいを振り切れない僕の視線の先では、赤い大きな炎のような何かを纏ったリオンヌさんが、敵軍の中に飛び込み、縦横無尽じゅうおうむじんに敵兵を蹴散らしている。

 クラスメイトたちも《防御障壁》を展開するのが精一杯で、手も足も出ない状態のようだった。


「今なら脱出できる!」


 耳元のクラヴィルの言葉で、僕は決断した。


「リオンヌさん、《ノーヴァラス》で待ってるから!」

「ああ、もたもたしていると追い抜かしてやるからな、急いで向かうんだぞ!」


 そう言って笑う金髪の魔人まじん剣士けんしの顔を、僕は頭の中に刻みつけた。

 そして、振り返ってクラヴィルに頷いてみせると、僕は再び刃のムチを振り回し、クラヴィルとともに敵陣の中からの脱出を試みる。


 ○


「クラヴィルの兄貴! それに勇者の兄ちゃん! 無事だったんだね!」


 《アレクスルーム王国軍》の陣から脱出し、荒野を突っ切って廃村はいそんへと戻り着いた僕とクラヴィルを子供たちが出迎えてくれた。

 僕たちは疲労の限界に達していたが、休むわけにはいかない。

 クラヴィルが、歓喜かんきく子供たちに馬車に乗るよう指示し、自分自身は馬車に馬を繋いで御者席ぎょしゃせきに乗る。


「クラヴィルは馬車を操れるの?」

「うん、オヤジやリオンヌさんと《魔帝領まていりょう》──《新興都市しんこうとしノーヴァラス》までの交易こうえきについていったことあるからな」

「え? ってことは道もわかるの?」

「ああ、たぶん大丈夫。ここから向かうなら《かく交易路こうえきろ》だろ?」


 リオンヌさんは、クラヴィルが頼りになることを知った上で、次善じぜんさくとして、この状況をお膳立ぜんだてしてくれたのだと気づき、あらためて感謝と無事を心の中で願った。


「クラヴィル、とても心強いよ。これからよろしく頼むね」

「《真の勇者様》にそんなこと言われると、なんかこそばゆいな」

「《真の勇者様》って……」


 だって、そうだろ? とクラヴィルが真顔になる。


「《アレクスルーム王国軍》にいたヤツらが《勇者》だって名乗るの、どう考えたっておかしいだろ」


 勇者たる者、弱い人たちを守るために強大な悪の存在に立ち向かうのが当然で、アイツらは、その真逆まぎゃくの存在だろう、と力説りきせつするクラヴィル。


「だけど、スバルは危険を承知で俺を、俺たちを助けに来てくれた。だから《真の勇者》なんだよ」

「気持ちはありがたいけど、それこそ、なんかこそばゆいよ」


 僕とクラヴィルはお互いに見合って苦笑した。


「──それじゃ、行くぞ、スバル」

「ああ、頼りにしてる、クラヴィル」


 クラヴィルが馬にむちを入れると、ゆっくりと馬車が動き出す。

 リオンヌさんという、頼りがいのある大きな存在と離ればなれになってしまった今、全員が完全に意気消沈いきしょうちんしてしまってもおかしくない。

 だが、クラヴィルが戻ってきてくれたことにより、子供たちの雰囲気もガラリと明るくなり、そのクラヴィル自身もムードメーカーとして優秀なのか、僕の気分も上向かせてくれた。


 ──この先の道は、《魔帝領》へとつながっている。


 僕を含め、人間の子供しかいない一行が無事に旅することができるかというと、正直不安しかない。

 もちろん、《リグームヴィデ王国》で多くの魔族の人々と接してきた経験もあり、偏見へんけんはないつもりだが、相手が僕たちのことをどう考えるかはわからない……


「まあ、今、うだうだ考えている暇はないんじゃね? なるよーになる、というか、出たとこ勝負でいくしかないんじゃね?」


 御者席から肩越しに振り返ったクラヴィルが笑いかけてきた。


「まあ、そうだね」


 僕も肩をすくめて苦笑し、とりあえず深く考えにハマりかけた頭を軽く振る。


「クラヴィルの言うとおりだ、ありがと」

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