第10話 一線を越える
「敵って、思ってたより近くにいたんだな」
子供たちと別れた
だが、今は目の前のことに集中するべきだと、自分を
「たぶん、一番
クラヴィルを救出するにあたって、僕は二つの方法を考えていた。
一つは交渉で解決すること──クラスメイトのみんなに僕の
そして、二つ目が実力行使の強行突破──クラヴィルを救い出し、ふたりで
「できれば、二つ目のプランで行きたいよね……」
そのためには気づかれずに敵陣へと潜入したいところ、なんだけど──
「──あれ? もしかして、
僕は
だが、陣の中からは
「ええい、こうなったら……!」
意を決して、僕は敵陣の中へと足を踏み入れた。
最初は
兵士たちは酒と食事に
むしろ、制服姿のせいか、僕の姿に気づくと
「勝利をもたらしてくれた異世界からの勇者殿に乾杯!」
「我らに《ルナーク神》のご
「勇者殿の力で魔族は皆殺しだ!」
そういった兵士たちを作り笑いでやりすごしながら、僕はクラヴィルの居所を探ろうと試みた。
「《リグームヴィデ王国》──いや、《
すると、髭を生やした
「勇者殿もお好きですな、いや、若いというのは
「なっ……」
僕は一瞬声を上げかけた。
髭の兵士が言ってることの意味に気づいて呆然としてしまう。
だが、兵士はわかっていると言いたげに手を上下に振った。
「これは失礼いたしました、我々は何も聞かなかったということで。それで、捕虜どもですが、この先の広場におります。近くにいくつか
すでに、何人かの勇者殿たちがお楽しみになっているみたいですぞ、と、
その顔を殴りつけたくなる衝動に駆られたが、僕はギリギリのラインで自制した。
握った拳を下ろし、兵士たちに背中を向けて広場へと向かう。
このタイミングで、僕は気づかざるをえなかった。捕まっているのはクラヴィルだけじゃない。何人いるかわからないが、他の捕虜たちも
「……どうしよう、僕ひとりの身柄で全員解放できるように交渉できるだろうか。いや、解放できたとして、そのあとのことはどうしたらいいんだ」
急速に弱気が僕を襲う。
あれこれと考えを巡らせるが、もちろん答えは出ない。
重たい足取りで広場に向かい、
「……え? リング?」
それは地面に突き立てられた四本の
そして、その中では上半身裸になった少年がふたり、激しく打ち合っている──いや、黒髪の少年が金髪の少年を一方的に打ちのめしている。
「クラヴィル!!」
僕は思わず声を上げて駆け出してしまっていた。
リングの中で、一方的にボコられていた金髪の少年は間違いなくクラヴィルだったのだ。
ロープを背にして逃げ場を失い、戦意も喪失したクラヴィルを、もう一人の黒髪の少年が布を巻き付けた拳で、顔面を腹を容赦なく殴り続けている。
その様子を周囲で
そんな彼らを掻き分け、リング
「
だが、僕の声で大澄の拳は止まらなかった。
唸りを上げて突き上げた拳が、クラヴィルの腹に勢いよくめり込む。
「ぶぐぅっ……」
打たれた腹を抱え込むように地面にうずくまってしまうクラヴィル。
僕は慌ててリング内に入りこんで、クラヴィルを介抱しようとする。
そんな僕を見下ろすように、大澄が
「なんだ、誰かと思ったら
その言葉に、僕は背筋に
「でもよ、やっぱり素人相手じゃ物足りないわ、ってことで、オマエが相手してくれるってことでイイよな」
「だから、前にも言っただろ! 僕がボクシングジムに通ってたのは運動目的のフィットネスコースで、試合どころかスパーリングすらしたことがない素人なんだって!」
中学生の頃、僕は学校に行けなくなってしまった期間がある。
その時、両親と約束したのが、ネットを使った遠隔授業などを利用して自宅で勉強することと、運動不足を解消するために近所のボクシングジムに通うことだった。
もちろん、ボクシングジムといっても本気でボクシングを学ぶことなんて、僕も両親も考えていなかった。単純に体育の授業の代わり程度という認識だった。
だが、そのことが歪んで彼──ボクシング部の期待のホープと
──あの空気を読めない教育実習の先生のせいで。
「って、スバル……なんで……来たんだよ……バッカじゃないの、マジで……」
「……僕のせいでこんなことになって、本当にゴメン」
僕の腕の中で、息も絶え絶えに泣き笑いを浮かべるクラヴィル。
急いでリオンヌさんから渡されていた勇者用の治療器具《
扱い方は《
クラヴィルの傷を
「それ、勇者用の《神器》じゃねーか、鷹峯も扱えるんだな。俺たちは《アレクスルーム王国》の講習会で習ったけど、オマエはどこで教えてもらったんだ?」
「そんなのどうでもいいことだろ!? それよりも、なんでこんな酷いことを……」
「あん? そんなの、暇つぶしと
大澄は僕の
「そもそも、さっさとオマエが出てこないから悪いんだよ。もっとも、オマエがもたもたしていたせいで、俺たちもアレコレ楽しませてもらったけどな」
《リグームヴィデ王国》の捕虜たちへの暴行、
自慢げに語り始める大澄の手を、僕は勢いよく振り払う。
「いい加減にしろよ、この最低野郎!」
僕の怒りは急速に膨れあがった。
優しく明るい《リグームヴィデ王国》の人々。
その彼らの
無意識のうちに手が伸びて、僕は《幅広の剣》を抜いていた。
それを見た大澄がわざとらしく声を上げる。
「剣を抜くなんて、こっちの話を聞くつもりはないってことか、鷹峯よ!」
その声に応じて、四人のクラスメイトがリングの中に入ってきた。
「
治療が終わり、立ち上がることができるようになったクラヴィルを背後に
そんな僕たちを半包囲しつつ、大澄を中心に、
「大澄さん、本当に
「あとから責められても責任なんて取れないッスよ」
その碇川と狐塚の発言に、リング外の生徒の一部から戸惑いの声が上がった。
「ちょ、ちょっと待ってよ、殺すってどういうこと!?」
「そうよ、そんな話、聞いてないわ!?」
だが、それらの声は大澄の一喝で吹き飛んでしまう。
「うるせぇ、ゴタゴタ言うな! これは俺たちのためなんだよ。裏切り者を許せば、クラスは崩壊する。
そう言うと、狐塚から大剣──《神器》を受け取った大澄は、至近距離から
「──!!」
僕はとっさに右手の指輪に精神を集中させた。
勇者の守りの力を発動させる《神器の指輪》から光が放たれ、僕たちを包むように空中に薄く輝く
そして、次の瞬間、打ち下ろされた大澄の大剣と障壁がぶつかり合い、
「お、抵抗する気か──だったら、こっちも全力でいくぜ!」
大澄は再び大剣を振り上げ、僕めがけて本気で切りかかってきた。
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