第9話 見捨てることなんてできない

 僕たちは夜陰やいんまぎれて馬車を走らせ、《精霊樹せいれいじゅ》を後にした。

 リオンヌさんが示してくれたこの先のプランは、このまま直接《魔帝領まていりょう》へと入ることだった。

 《魔帝領》の国境守備をになう《ドラクラヴィスとりで》を守る将軍しょうぐんは、リオンヌさんの知己ちきということで、「砦までたどりつくことができれば、当面は安心できるだろう」と自信満々に説明してくれた──のだが。


「──うーん、これはちょっと予想外だったかな、悪い方向に」


 《精霊樹》から《アレクスルーム王国軍》を避けて裏街道うらかいどうを数日進んだ場所にある農村。

 住人たちは逃げてしまったあとなのか、もぬけのからとなっていた村の家のひとつで、僕たちは今後の逃避行とうひこうの準備を整えていた。

 そこへ、付近の偵察ていさつに出ていたリオンヌさんが戻ってきたのだ。

 髪の毛をき回しながら家の床に座り込んで、小さな地図を広げる。

 僕もリオンヌさんの対面に座り、続いて、子供たちも周りに集まってきた。


「悪い方向?」

「ああ、悪い方向」

「敵──《アレクスルーム王国軍》に動きがあったとか?」

「そんなところだ。あいつら《魔帝領》との国境地帯に軍隊を集結させている」


 リオンヌさんは地図を指し示しながら、わかりやすく僕たちに説明してくれる。


「そもそも、今の段階で《アレクスルーム王国軍》が国境地帯に侵入してくるとは思っていなかった。まさか、このタイミングで《魔帝領》へ侵攻しんこう──《魔族》との全面戦争に踏み切るなんて、さすがに暴挙ぼうきょと言わざるをえない」


 なので、このまま最短距離で《魔帝領》の《ドラクラヴィス砦》へ向かうと、《アレクスルーム王国軍》本隊に捕捉ほそくされてしまうのは、ほぼ確実だ。

 そううなりながら腕を組むリオンヌさんに、僕は地図に視線を落としたまま問いかける。


迂回うかいするような道はないの? この際、ってワケじゃないけど、遠回りしてでも安全な道を選ぶべきだと思うんだけど」

「今は一日でも早く《魔帝領》へ駆け込むべきだと考えていたが……そうだな、確かにスバルだけならともかく、この子たちを乗せた馬車で国境地帯を突破するのは無謀すぎるか」


 リオンヌさんは地図の上で指を走らせた。


「……それじゃ、ここの間道かんどうを使おう。ぐるっと回り込む形にはなるが、《リグームヴィデ王国》が《魔帝領》と交易こうえきをするためにひらいただ。《連合六カ国》の監視から逃れるために作った新しい街道だからな、敵も把握していないはずだ」

「そんなルートがあったんだ、オッケー、了解。といっても、僕には道がわからないから、結局リオンヌさんに頼るしかないんだけどね」

「ああ、大丈夫だ。任せておけ」


 僕だけじゃなく子供たちも安心させるように笑いかけて、リオンヌさんは地図を丸めてかばんにしまいこむ。


「そうと決まれば、動くのは迅速じんそくに、だ。明日の朝一番で出発するからな、早く休むぞ」


 ◇◆◇


「おい、鷹峯たかみねのヤツは、まだ見つからないのかよ!」


 《魔帝領》との国境付近に陣を構える《アレクスルーム王国軍》。

 その中央部にある大きな天幕てんまくの中で、大澄おおすみ 由秀よしひでが声を荒げた。

 イライラとした様子で動き回る大澄を、他の十数人のクラスメイト──《勇者》たちが遠巻きに見ている。

 大澄を含む全員が、《青楓学院高校せいふうがくいんこうこう》の制服の上に軽鎧けいよろいを着けた格好で、さらに、それぞれの得物えもの──《神器しんき》を所持していた。


「っていうかさ、鷹峯が裏切ったって話、そもそも本当なん?」


 男子生徒の一人が疑問の声を上げると、集まった生徒たちの間に笑いが漏れる。


「鷹峯君がそんなことできるなんて、正直考えられないんだけど」

「そうそう、いつもクラスの隅で目立たないようにしていたアイツが、俺たち全員を敵に回すなんてできっこないって」

藤勢ふじせ君の取り越し苦労じゃないかな。鷹峯君もこの状況にちょっと混乱しているだけで、少し落ち着けば戻ってくるよ、きっと」

「だよなー」

「それよりも、今は《魔族》の残党狩ざんとうかりに集中した方が良くね? 《勇者の力》といっても、まだ慣れてねーし、もっと《魔族》を狩ってリアル経験値上げてかねーと」


 そう男子生徒が声を上げて、武器──《神器》を掲げてみせると、賛同の声で盛り上がる。

 そのことが大澄のしゃくさわったようだった。


「どいつもこいつも、目の前の戦場に浮かれやがって」


 だが、そうつぶやく大澄自身、初体験の戦場という場所に身を置いたことで、興奮状態になっていることを自覚している。


「まぁいい、とりあえず鷹峯のことは俺ひとりでやるさ……」


 そもそも、なんてこと、実際にその状況になったら、クラスの面々はドン引きして、逆に全員で大澄のジャマをしかねない。

 だったら、引き返せないところまでお膳立ぜんだてしてやる。

 内心で大澄は舌なめずりをした。


「あれ? 大澄君どこにいくの?」


 天幕を出ようとする大澄に女子生徒の一人が声をかける。

 大澄はニヤリと笑い返した。


捕虜ほりょのところへな、俺だけ戦場に着くのが遅れたから身体がなまってんだ。少し身体を動かしてくるぜ」


 ◇◆◇


 リオンヌさんが操る馬車に乗って、僕と生き残りの子供たちは《魔帝領》を目指して進んでいた。

 といっても、《アレクスルーム王国軍》の偵察兵や進軍する部隊を避けつつの移動なので、思うように距離を稼ぐことができない。

 焦ることはないと言うリオンヌさんに、僕も笑みを浮かべて頷いたものだが、数日経った頃、その笑顔が凍りつくような事態に直面する。


「クラヴィルが──!?」


 それは、《リグームヴィデ王国》で仲良くなった同い年の金髪の少年の名だった。

 休憩中に子供たちが見つけた矢文やぶみ──《アレクスルーム王国軍》の兵士たちがあちこちにんでいたらしい。

 そして、その矢にくくりつけられた手紙には、日本語の文章とクラヴィルの名が記されていたのだ。


『──鷹峰へ。俺たちの前に出てこないと、《リグームヴィデ王国》のクラヴィルってヤツを見せしめに殺してやる。オマエのダチなんだろ、まさか見捨てるなんてことはしないよな』


「クラヴィル、って、あのクラヴィル──!?」


 僕は激しく動揺した。

 《リグームヴィデ王国》に召喚されてから、最初に友人と呼べる存在になった陽気な金髪の少年。

 得体がしれない僕に対して気さくに接してくれて、慣れない農作業もいろいろ手伝ってくれた。《むこうの世界》ではえんのない存在だった《友人》いっても良いかもしれない。


「助けに行かないと──」


 いても立ってもいられず、動揺の色を隠せない僕だったが、その腕がしっかりと掴まれた。

 振り向くと、リオンヌさんが真剣な表情で、僕の目を直視してくる。


「ダメだ」

「でも、クラヴィルを見捨てるなんて──」

「……オレたちは、もう何人も見捨ててきた。この国の人たちを」

「……っ!?」


 辛そうな顔で言い切るリオンヌさんに、僕は思わず絶句ぜっくしてしまった。

 確かに僕たちは《精霊樹》へ向かうとき、そして、《精霊樹》から逃げるとき、自分たちの安全をだけを最優先して、積極的に生き残りの人たちの探索や救助はしてこなかった。


「もちろん、それはスバルを無事に逃がすため、ひいては《アレクスルーム王国軍》に対する復讐ふくしゅう火種ひだねを守り、将来的にこの国を取り戻すために必要なことだったんだ」


 「わかるか? スバル」と、リオンヌさんが両肩を掴んでくる。


「今のおまえは、《アレクスルーム王国軍》、それに、異世界から召喚された勇者たちの暴挙ぼうきょに対抗できる唯一の鍵なんだ」


 今は自分の身を第一に考えろ。

 そう強く言われた僕は、反論することができなかった。


 ○


「勇者の兄ちゃん、ちょっと聞いてもいい?」


 その日の夕方、とある廃村はいそんにたどりついた僕たちは夜営やえいの準備を始める。

 リオンヌさんは偵察と食糧の調達を兼ねて、この場から離れていた。

 そんな中、用の枯れ木集めを手伝ってくれていた子供たちが、なにやらうなずきあってから、僕のもとへと駆け寄ってくる。


「勇者のにいちゃんとリオンヌあんちゃん、さっきクラヴィル兄貴あにきの話してたよね?」

「あ、うん……」


 まだ未練みれんを振り切れていない僕が、たじろぐように目を逸らすと、子供たちは抱えていた枯れ木を捨てて、すがりついてきた。


「ねえ、クラヴィル兄貴を助けてあげてよ」

「ボクたちは大丈夫だから」

「クラヴィル兄貴を助けられるのは、勇者の兄ちゃんだけなんだろ?」

「クラヴィル兄貴はボクたちのボスなんだ、殺されるなんてイヤだ!」


 口々にクラヴィルを助けるようにと懇願こんがんしてくる子供たち。

 中には半泣きになってしまっている子供もいて、僕は胸を突かれる思いだった。


「……わかった」


 僕は決意した。

 子供たちの頭に手を乗せ、静かにさとすように語りかける。


「──僕はクラヴィルを助けに行く。今からすぐに出るから、リオンヌさんへの伝言を頼んでいいかな」

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