第7話 クラスメイトとの決別

「スバル、もう少しだ、頑張ってくれ!」


 肩越しに振り返るリオンヌさんに、僕は何度もうなずかえす。

 息は上がり、両脚りょうあしも重くなり始めている。

 だが、なんとか城外まで駆け抜けようと、僕は全身の力を振り絞った。


「お待ちください、勇者殿! 《魔人まじん》などにたぶらかされてはいけませぬ!」


 そう呼び止められたのは城門前じょうもんまえの広場だった。

 多数の衛兵えいへいたちが行く手をはばむように立ちはだかる。


「勇者殿はだまされておるのです。魔族まぞくどもは我々人間にあだなす存在なのですぞ! 現に、先の大戦では、魔族どもの蛮行ばんこうにより、我が国は滅亡手前まで追い込まれたのです!」

だと……どの口が言うんだ」


 リオンヌさんの髪の毛が一瞬逆立ったように見えた。


「そもそも召喚した勇者を利用しようとしたのは、人間の国々じゃないか!」

「ええい、問答無用! その《魔人》を捕らえろ──いや、殺してしまえ!」


 衛兵たちが指揮官の命令に従い、一気にリオンヌさんを押し囲むように殺到さっとうしてくる。


「リオンヌさん!」


 慌てて僕もリオンヌさんに駆け寄ろうとする。

 だが、その前に、ひとりの少年が立ちはだかった。


「よう、鷹峯たかみね。てっきり、どっかで野垂のたんでたと思ってたぜ」

「……大澄おおすみくん」


 制服のシャツの前をはだけたワイルドな格好で、大剣を肩に乗せた姿で僕を見下ろしてくる体格のいい男子生徒。

 その姿に、僕は気圧けおされてしまう。

 小学生の頃から植え付けられたトラウマ……いや、それだけじゃない。あっちの世界での学校生活の時にはなかった──そう、狂気きょうきじみた雰囲気。


「大澄くん、そこどいてよ」


 どうせ無理だろうとわかっていたけど、とりあえず頼んでみる。

 そして、やっぱり想定通りの反応が返ってきた。


「やなこった」


 そう笑いながら、剣を構える大澄くん。


「俺たちA組のみんなは一致団結して、この異常事態を乗り越えなければならない──それが、皆の総意なんだよ。もちろん、鷹峯、オマエも賛同するよな」

「何を勝手なことを……」

「お、クラスの方針に逆らうっていうのか?」


 大澄くんの右頬がつり上がり、笑みがいっそう深くなる。

 その表情に気味悪さを感じたが、ここで退くわけにはいかない。


「そもそもクラスの方針ってなんなんだよ、僕はそんなの聞いたこともない!」


 おおかた《遠距離思念通話えんきょりしねんつうわ》を使わずに、僕以外の全員が集まった場で話し合ったことなのだろう。

 そんな方針に縛られるいわれはない。

 僕は腕を大きく横に振った。


「とっとと、そこをどいて! 僕はリオンヌさんと《リグームヴィデ王国》に急いで戻らないといけないんだ!」

「──そうかよ!」


 大澄くんが剣を振りかぶる。


「穏便に済ませてやろうと思ったが、やっぱりヤメだ! 《あっちの世界》と同じように力づくで従わせてやる、腕の一本くらいは覚悟するんだな!」

「──!!」


 大澄くんは本気だ──迫ってくる姿に、僕は本能的にひるんでしまう。

 対抗するにも武器はない。逃げようと振り向いたら、おそらく背中を切り裂かれる。

 なら、こちらも正面から向き合うしかない。

 必死に拳を握って構えようとする。

 だが、勢いよく振り下ろされてくる大剣を前に、恐怖で僕の動きは止まってしまった。


「やられる──!!」


 ──ガキィィン!!


 瞬間、激しい金属音が弾けるとともに、眩しい光の粒が舞い散った。


佐々野ささのさん──!?」


 一度閉じた目を開くと、目の前で、佐々野さんの剣が大澄くんの大剣を弾き返していた。


「おいおいおい、どーいうつもりだよ」

「大澄くん、あなた、今、鷹峯くんを殺すつもりだったでしょ」


 ヘッと肩をすくめて見せる大澄くん。


「そんなことないぜぇ、でも、手元が狂っちゃうってこともあるかもしれねーけどな」

「大澄くんっ!」


 佐々野さんは僕と大澄くんの間に割って入った。

 少し遅れて、永武ながたけ楠葉くすば雪村ゆきむらの三人も駆けつけてくる。


「……鷹峯くん、行って」


 その佐々野さんの言葉に、僕よりも永武たち三人が驚きの声を上げる。

 大澄くんが口の端をつり上げた。


「おいおいおい、オマエもクラスの方針に逆らうって言うのか、佐々野」

「勘違いしないで」


 佐々野さんは攻撃態勢を崩そうとしない大澄くんを前に、静かに剣をさやに収めた。


「鷹峯くんが今から《リグームヴィデ王国》に向かっても何もできないわ。だったら──」

「スバル、今だっ!」


 城門を守る衛士を蹴散らしたリオンヌさんが声を上げた。

 僕は躊躇ためらいを振り払って、リオンヌさんのもとへと駆けていく。

 すれ違い様に佐々野さんの冷たい一言が耳をかすめる。


「──その目で現実と向き合えばいい」


 ◇◆◇


「困るな、勝手なことはしないでほしいんだけど」


 未だに大剣を構えたままの大澄を冷たく一瞥した佐々野に、遅れて駆けつけてきた生徒の一人──クラス委員長の藤勢ふじせ 知尋ちひろが声をかけてくる。


「こ、これは、その……」


 無言のままの佐々野に代わって、雪村が慌てて弁明しようとする。

 だが、藤勢は手を軽く振って雪村を制すると、佐々野の横に立って笑みを浮かべた。


「勇者の力は強力なんだ。一人でも敵に回るようなことはあってはならない──わかる? 逆に言えば味方にならないなら抹殺まっさつするしかないんだよ」

「……っていうこと?」

「うん、そう言ってる。そして、鷹峯をその境遇きょうぐうに追い込んだのは、佐々野さんだっていうことも理解して欲しいな。僕は鷹峯を助けようとしたのに、それを台無しにしてくれたんだ」


 佐々野は小さくため息をついた。


「……嘘つき」

「今、なんていったんだい?」


 藤勢の笑みが深くなった。

 だが、佐々野は視線を交わさずに、動揺の色を隠せない雪村たちの方へと歩き出す。


「最初から鷹峯くんをダシにして魔族との戦争を引き起こすつもりだったくせに。思い通りになって、さぞ嬉しいでしょうね」


 そう言い残して歩み去る佐々野の後ろ姿を見送った藤勢は、笑みを消さずに、行き場のない怒りを持て余している大澄に何やら耳打ちした。

 不審な表情を浮かべた大澄だったが、藤勢の言葉を最後まで聞くと、その表情は残忍な笑みへと変わっていった。


「おう、任せておけ。これで思いっきり暴れられるってことだな」


 右拳を左手に勢いよく打ちつけた大澄は、上機嫌で城門の方へと向かっていく。

 生ぬるく不快な風が藤勢の髪を吹き散らした。


「……僕は兄さんとは違う。クラス委員長としてクラスのみんなと現実世界に戻ってみせる。もっとも──多少の犠牲は出るかもしれないけどね」


 大澄の後ろ姿を見送り、佐々野たちが王城へ戻るのを眺める藤勢。

 その表情には、あいかわらず爽やかな笑みが浮かんでいた。


 ◇◆◇

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