第5話 望まぬ再会

 《アレクスルーム王国》──大きな影響力を持つ六つの人間国家で構成される《連合六カ国れんごうろっかこく》、その中でも盟主的めいしゅてきな存在である大国だ。


「──もっとも、数年前に《魔族》にケンカを売って全面侵攻ぜんめんしんこうしたはいいけど、逆に《魔族軍》に反撃されて、《アレクスルーム王国》は、一度存亡そんぼう危機ききおちいったりもしたんだけどな」


 馬車の中で、リオンヌさんが皮肉ひにくっぽい笑みを浮かべながら教えてくれた。

 確か《柴路しばみちノート》の終盤でも《アレクスルーム王国》が劣勢れっせいに追い込まれていくさましるされていた。そして、物語はそこで終わっている。

 生き残りの補足では、筆者である柴路しばみちという生徒は、窮地きゅうちに追い込まれた《アレクスルーム王国》が《魔族軍》に降伏こうふくするための手土産として処刑しょけいされてしまったらしい。

 それはともかく、僕を呼び出したクラスメイトたちは、どうやら《連合六カ国》の国々に転移したということか。

 その中で、僕だけが何故か、まったく関係のない小国《リグームヴィデ王国》に飛ばされてしまったということだ。


「転移システムかなんかのバグかエラーみたいなモノかもしれないけど」

「てんいしすてむ? ばぐ? えらー?」

「あ、ゴメン。僕たちの世界での言葉だからスルーして」


 眉をひそめるリオンヌさんに、僕は手を振ってごまかす。


「要するに何らかの不具合で僕だけが《連合六カ国》外の《リグームヴィデ王国》に飛ばされちゃった、ということなのかな」


 どうして自分だけが──という疑問もあるが、今となっては結果オーライ、《リグームヴィデ王国》に転移したことを心から感謝している。

 パルナやリオンヌさんたち、それに気の良い《リグームヴィデ》の人たちに出会い、充足感に満ちた新しい生活を手に入れることができた。

 今の僕は希望に満ちた未来に向かって、再スタートを切ろうとしている状況なのだ。

 それなのに、今さら良い思い出などひとつもないクラスメイトたちに呼び出されたことは、苦痛以外の何物でもなかった。


「とりあえず、話だけ聞いて《リグームヴィデ王国》への誤解も解いて、とっとと切り上げてくるね。リオンヌさんを長く待たせることもないと思うから──」


 ○


「──あなたがですか」


 《アレクスルーム王国》王都おうと城門じょうもんで、衛兵えいへいたちが制服姿の僕を頭から爪先つまさきまでジロジロと視線を這わせてくる。

 不快な気持ちがこみあげてきたが、ここでトラブルを起こすのも良くないと自分に言い聞かせて、好きなように振る舞わせた。


「……でも、こちらの《魔族》はいったい?」


 武器を抜くまではいかないものの、あきらかに敵意を持ってリオンヌさんを囲む衛兵たちに、僕は慌てて退がるようにと手を横に払った。


「リオンヌさんは僕の護衛役だ。《魔族》だの《人間》だの関係ない! 失礼な扱いをするようだったら、ここで僕たちは帰るからな!」

「リオンヌ……?」


 隊長格らしい衛兵が動揺の色をあらわわにする。


「その金髪に血の色のような目、もしかして《不死ふし魔剣士まけんし》か……?」

「……そう呼ばれていることは否定しない」


 そう言いつつ、リオンヌさんが一歩踏み出すと、音を立てて衛兵たちが後退した。

 あきらかに、恐怖の表情を浮かべる衛兵たち。

 だが、リオンヌさんはいつもと変わらない穏やかな様子で言葉を続ける。


「オレはスバルの護衛役でもあるが《リグームヴィデ王国》のパルナ王女から《連合六カ国》の方々に対する親書しんしょを預かった正式な使者ししゃでもある。相応そうおうれいを持って取り次いでいただきたい」


 衛士たちの視線を集めた隊長は、虚勢きょせいを張るかのように胸をらし、リオンヌさんに相対あいたいした。


「その申し出は一応うけたまわった。今すぐしかるべき方々に話を通させていただく。その返事が届くまでは、城外じょうがい宿やどにてお待ちいただこう」

「え、それって、ヒドくない?」


 思わず口を挟んでしまった僕に、隊長は少しひるんだ様子を見せた。

 だが、ギリギリのところで踏みとどまり、今度は僕に対して尊大そんだいな態度を取る。


「これは我が《アレクスルーム王国》と他国の使者との話でございます。勇者殿には関わりのないことゆえ、介入するような行為は慎まれたい」

「──スバル」


 リオンヌさんが小さく笑った。


「オレのことは気にしなくていい。スバルはスバルのやるべきことをやってきてくれ」


 その言葉に僕は一瞬ためらったが、真紅の瞳に浮かぶ信頼の色を受け取って考え直した。


「うん、とりあえず、みんなのところに行ってくる。こんな不愉快ふゆかいな場所での用事はさっさと済ませて《リグームヴィデ王国》に早く帰ろう」


 ○


 王都の城門でリオンヌさんと引き離された僕は、衛士たちの通報で駆けつけてきた兵士たちに引き渡され、囲まれる形で王城へと連れていかれる。

 途中、城下町を進んでいくことになったが、さすがに大国といわれるだけのことはあって、のどかな《リグームヴィデ王国》とは比べものにならないくらい、人口も建物の規模も段違だんちがいだった。


「……でも、どことなく空気が重い気がする」


 僕はボソリとつぶやいた。

 確かに人の数も多く、賑わってはいる。

 だけど、そこで生活している人たちの表情には、どことなく影があるように見えたのだ。

 兵士崩れだろうか、殺伐さつばつとしたような雰囲気を漂わせて地面に座り込んでいる人も少なくなく、僕は馬車の中で聞いたリオンヌさんの言葉を思い返していた。


『──もっとも、数年前に《魔族》にケンカを売って全面侵攻したはいいけど、逆に《魔族軍》に反撃されて《アレクスルーム王国》は一度存亡の危機に陥ったりもしたんだけどな』


「《魔族》との戦争の影響か──」


 そのことについて、周りの兵士たちに尋ねてみようかと思ったが、口を開こうとして思いとどまった。

 自分たちの負け戦のことを聞かれて、快く答えてくれるわけがないと思い至ったからだ。

 僕は軽く頭を振って、兵士たちにおとなしくついていく。

 そして、王城の中に足を踏み入れた僕は、大聖堂だいせいどうと呼ばれる建物へ通された。


「──最後の一人がようやく来たね」


 荘厳そうごんな石造りの大聖堂へ足を踏み入れた僕に、あざけりを含んだ声がかけられる。

 負の感情をぶつけられるのは、転移前の学校生活でも慣れていた。

 僕は軽くスルーして、大聖堂の中に集まっていたクラスメイトたちへと視線を向ける。


「なにはともあれ、無事で良かったよ。これで僕たち《都立青楓学院高校とりつせいふうがくいんこうこう1年A組》の全員が《異世界転移》したということになったね」


 中央にある演台えんだいの上から、スラッとした背の高いイケメン──クラス委員長の藤勢ふじせ 知尋ちひろが笑いかけてきた。


「《異世界転移》……」

鷹峯たかみね君は驚いたりしないんだね」


 その藤勢の言葉に、僕は小さく首を振ってみせた。


「もう何日もこの世界で生活してるからね、今さらってカンジだよ」

「へえ、物わかりがいいというか、適応能力てきおうのうりょくに優れているということかな、意外かも」

「どういう意味?」


 藤勢は嫌味いやみっぽい笑みを浮かべる。


「だって、鷹峯君はいつもひとりでいることが多いから、コミュ力がないのかな、って思ってた」


 演台の反対側、段になった座席に着いていたクラスメイトたちが、それぞれの態度で嘲弄ちょうろうをぶつけてくる。

 だが、僕はそれらを平然と無視してやった。

 今の僕にはパルナやリオンヌさん、《リグームヴィデ王国》のみんなの存在がある。

 このクラス──《都立青楓学院高校1年A組》という狭いコミュニティに囚われる必要がないと言うことが、僕の背中を支えてくれていた。

 僕はあらためて、クラスメイトたちに視線を向ける。


「全員って言ったけど、ここには半分もいないよね。みんな街に遊びにでもでてるの? それに、僕たち、たぶんバスの事故に巻き込まれて転移したんだよね。一緒に乗っていた林藤りんどう先生や教育実習生の織原おりはら先生と水瀬みなせ先生は一緒に転移してきてないの?」


 そうなのだ、そもそも、この《異世界ノクトパティーエ》に転移する前は、学校行事の宿泊研修に向かうためにバスで移動しているところだった。

 その途中、激しい衝撃とともに事故に巻き込まれたというところまでは記憶に残っている。

 だが、その後はもうこちらの世界の記憶に繋がってしまっているのだ。

 藤勢がわざとらしくため息をつく。


「まず、後の質問から答えるけど、先生たちの消息しょうそくについては不明だ。そもそも、この世界に転移したかどうかもわからないんだ。そして、最初の質問だけど──」


 そこまで言うと、藤勢は指を鳴らした。


「なっ──!?」


 僕をここまで連れてきた兵士たちが、僕を後ろから押さえ込む。

 床に膝をつかされた僕を藤勢が見下ろしてきた。


「ここにいないクラスメイトたちは《勇者》としての初めての任務に赴いてるよ──そう、人類の裏切り者《リグームヴィデ王国》を攻め滅ぼす聖戦せいせんに、ね──」

「なぁっ!?」


 僕は思わず声を上げて呆然としてしまう。

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