第4話 広がる暗雲

 ◇◆◇


「あれー? 鷹峯たかみねじゃん! オマエも《青楓せいふう》だったのかよ。しかも、同じクラスとか、マジうぜぇ」


 入学式の日、教室に入った僕に最初に浴びせられた言葉がそれだった。

 そして、同時に僕は三年間の高校生活が暗闇の中に落ちていく光景が見えた気がした。


「中学の時は途中で逃げやがって、そのせいで俺も肩身かたみせまおもいをしたんだからな。高校だって地元を離れるハメになったし、そのツケは高校ここで払ってもらうぞ」


 男子生徒が、これ見よがしに僕の肩に腕を回してくる。

 クラス内のみんなに力関係を誇示こじしているのだ。

 僕は身体がこわばるのを感じた。

 自分では克服こくふくできたと思っていたのだが、心にきざまれた傷は簡単にえるものではなかったのだ。

 僕は救いの手を求めて、教室の中へと視線を向ける。

 だが、そこにいた全員が関わり合いを避けようと、僕たち──いや、僕のことを存在しない者としてスルーしていることに気づかされてしまう。


 ──キーン、コーン、カーン、コーン。


 スピーカーから無機質むきしつなチャイムの音が鳴りひびく。

 それを耳にしながら、僕は、これから始まる暗黒の三年間を目の前にして絶望のふちに立たされていた。


 ◇◆◇


「──スバル、おい、スバル。大丈夫か?」


 横合いからかけられたリオンヌさんの声に、僕はハッと我に返った。

 と同時に、ガタンと音を立てて乗っていた馬車が揺れる。


「悪い、寝ているのかなと思ったんだが、少しうなされている様子だったから……」


 戸惑とまどったような表情のリオンヌさんに、僕は心配ないと笑いかけた。


「ううん、大丈夫。心配してくれてありがとう」


 少し身体を伸ばしてから、ふぅと小さく息を吐き出す。


「たぶん、この先のことを考えて気疲きづかれしてるんだと思う」

「気疲れ?」

「うん、正直言って、みんなのところに行くのは気乗きのりしないんだ」


 僕はそう言いつつ、膝を抱え込むように座り直す。

 向かい側に座るリオンヌさんが、少しためらいがちに口を開いた。


「……スバルを呼びつけたのは《むこうの世界》の仲間なんだろう?」

「うん、そう」


 仲間という表現に抵抗はあったが、否定するのもなんなので、僕は素直に肯定する。

 だけど、リオンヌさんは僕の言葉の裏に潜む感情を汲み取ってくれたようだった。


「まぁ、仲間と言ってもいろいろあるからな」


 そうつぶやくリオンヌさんの瞳は、どこか遠いところを見ているようにも思えた。


「そういうことだったら、無理に行く必要はないぞ。なんなら、オレがスバルの代理として話を聞いてくるっていうのもアリだと思うし」

「……ありがとう」


 素直な感謝の気持ちが、僕の口から流れ出た。

 本当に《こちらの世界》に来てからの僕は、周りの人たちに助けられていると実感している。

 僕はリオンヌさんに笑いかけながら──王都おうとの出口まで見送ってくれた《リグームヴィデ王国》のみんなの姿を思い返していた。


 ◇◆◇


「じゃあ、行ってくるね」


 僕は馬車に乗る前に、パルナを先頭に集まった面々に手を振った。

 全員が例外なく心配そうな表情を浮かべていたが、あえて僕はと笑ってみせる。

 ちゃちゃっとクラスメイトたちと話をつけて、この国に戻ってくる──その僕の言葉は、偽りない本心だった。


「今さら、転移だの勇者だの関係ないよ。この国で、のんびり平和にみんなと一緒に過ごすって決めたからね」


 パルナから食糧と水が入った背嚢リュックを受け取る僕。

 結局、僕は一度転移したクラスメイトたちが集まる《アレクスルーム王国》の王都へと向かうことになったのだ。

 もちろん、素直にクラスのみんなと合流するつもりはない。

 アイツらが何をしようとしているのかは少し気にはなっているが、僕はあくまで一線を引いて、この《リグームヴィデ王国》でスローライフを満喫まんきつするつもりだったから。


「なので、できるだけ早く帰ってくるつもりだけど、その間の畑の世話はお願いするね」

「任せておいてくだせぇ!」


 そう言って腕を振り上げたのは、牛の頭を持つ《牛人族ぎゅうじんぞく》のガルヴィルという壮年そうねんの男性だった。


「ついでだから、スバルが出かけてる間に、畑をもう少し拡げておいてやるよ。今年の収穫には間に合わないけど、来年には違う作物も育てられるようにな」

「そっか、来年のことも考えないといけないんだね」

「まあ、ちょっと気は早いと思うけど」


 感心した様子で考え込む僕の横で、笑いをこらえるような表情で肩をすくめてみせたのは、僕と同じ世代の金髪の少年クラヴィルだ。

 幼い妹の頭を撫でながら意味深いみしんみを浮かべる。


「畑のことは全然気にしなくてイイんだけどさ、どっちかっつーと、姫様の方がアレなんじゃないかなーと」

「アレ?」


 意味不明なクラヴィルの物言いに、僕は首をかしげて問い返す。

 すると、パルナ以外のその場に集まった全員が、一斉に首を振りながらため息をつく。

 そのナマあたたかい雰囲気に、パルナがあからさまに動揺の色を見せた。


「ちょ、ちょっと、なによ! みんなのその態度!? べ、べつに、みんなが想像してるようなこと──ないんだからね!?」


 そう言いつつ、地団駄じだんだむパルナに、僕も戸惑ってしまう。


「えっと、悪いけど、僕も話が見えない──」

「──もう一人の当事者もだな」


 呆れたような笑みを浮かべたリオンヌさんが、僕の背中を叩いて馬車の荷台に上がらせる。


「まあ、この続きは無事に戻ってきた後ということで──それでは、パルナ姫、あとのことはお任せください」


 うやうやしく頭を下げてから、僕に続いて荷台に飛び乗るリオンヌさん。

 その姿を確認した御者ぎょしゃさんが、ゆっくりと馬車を動かし始める。


「なんかモヤモヤ感は残ったけど、それは帰ってきたあとで! あらためて、それじゃ、いってきますー!」

「うん、気をつけていってきて! 無理はしないでね!」

「そうだそうだ! 《アレクスルーム王国》観光してくるくらいのノリで行ってこい!」

「もちろん、お土産は期待してるからなー!」


 僕は荷台に座ったまま、手を振る王国の人たちの姿が見えなくなるまで応え続けた。


「……この国はいい国だろう」

「うん、野暮用やぼようはとっとと済ませて、早く帰ってこよう」


 向かい合って座るリオンヌさんに笑ってみせる僕。


 この時、国を出て旅を続ける馬車の上で、僕はリオンヌさんと《リグームヴィデ王国》での生活について、あれこれと語り合い、楽しく将来へ向けての想像を膨らませていった。

 その中で着々と練り上げられるスローライフ計画。


 まさか、その計画が無残に打ち砕かれるなんて、この時は夢にも思っていなかった……

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