第3話 なんでそうなるのさ!?

「スバル! 今日も頑張っているみたいね!」


 小麦畑の雑草取ざっそうとりをしていた僕が振り返ると、農作業着姿のパルナが、こちらに向かって手を振っていた。

 最初は、王女様が気安く出歩いていることに「それでいいのか」とでツッコんでしまったりもしたが、この《リグームヴィデ王国》に来て一か月ほど経った今では、そのノンビリとした雰囲気に僕も慣れ始めていた。


「そうだね、農作業もやってみたらキツかったけど、その中でもいろいろ発見もあって楽しくなってきたかもしれない」


 パルナが差し出してきた冷たい水を一気に飲み干すと、今までの疲れが嘘のように消えていく。

 慣れない農作業は身体にくる。

 でも、今のところ、日々の生活を過ごす中で、それ以上の充足感を得ることができていた。


「なんというか、自分たちの手で収穫した野菜や果物とかって、こんなに美味おいしいんだなって実感してるよ」


 確かにモノが満ちあふれ、科学技術も発展したあっちの現実世界に比べれば、不便に感じることも多い。

 けれども、こちらの異世界での生活は、そのすべてを自分の手で作り上げているという実感──充足感があるのだ。

 そして、その充足感を自らの手で二倍にも三倍にも拡げられる手応てごたえも感じている。

 なんというか、灰色だった世界が色とりどりにいろどられていくカンジに近いと思う。


「いつも言ってるけど、スバルさえ良ければ、この国の民のひとりになって、ずっと居てくれて良いんだからね──って、はい、お昼ごはん」


 そう言いながら、パルナは僕に肉の燻製くんせいが挟まったパンとドライフルーツを手渡してくれた。


「うん、いつもありがと。その気持ち正直助かってる。《精霊樹せいれいじゅ》の中に家も用意してもらったし、いろいろお世話になってばかりで申し訳ないくらい」

「そんなこと全然気にしないでいいのよ。むしろ、困ったことがあったら、なんでも相談して──」


 すると、近くを通りがかった虎獣人とらじゅうじんの農夫が、からかうような声をかけてくる。


「姫様は異世界の勇者殿に、どこにも行ってほしくないんだろ? もっと素直になればいいんだよ」


 ガハハと豪快に笑う虎男とらおとこの言葉に、パルナは顔を真っ赤に染めてしまう。


「もーっ! そんなんじゃないわよっ!」


 近くで農作業をしていた人たちも、次々と集まってきてパルナと僕をはやててくる。

 この国の人たちは、本当に多種多様たしゅたようだった。

 パルナや僕たちみたいな人間と同じように、魔族まぞくと呼ばれる人たちもまた、国民の一員として穏やかな生活を送っていた。

 ちなみに、魔族というカテゴリの中には、肌の色や瞳の色以外は僕たち人間とほとんど外見は変わらない《魔人まじん》。虎や牛などけものの頭部を持つ《獣人じゅうじん》。それに、自然の加護を受けた陽気な小人こびとの《精霊族せいれいぞく》など、バラエティーに富んだ種族が含まれている。

 いつの間にか、昼食を摂っている僕とパルナの周りに、大勢の人々が集まり、大昼食会へと発展していた。

 男性の虎人が、僕の手に燻製肉のかたまりを押しつけながら笑いかけてくる。


「勇者殿──って、なんか堅苦かたくるしいな。もうここの国に来てだいぶ経つんだし、スバルって読んでもいいだろ?」

「かまわないよ、それに勇者殿って言われても、何か特殊な力とかあるわけでもないし、ピンとこないから」


 僕はそう言って笑い返した。

 異世界に召喚された勇者には《特別な力》があるらしい。

 だが、しばらく、この《リグームヴィデ王国》で生活した感じでは、別にそんな力が発現はつげんすることもなく、逆に特別な力とやらが無くてもやっていけるという実感を掴んでいた。


「むしろ、勇者殿とか呼ばれる方がむず痒いし、フツーにスバルって呼んでもらった方が、僕としても嬉しいかな」

「そうか、そうか! なら、もうスバルも、完全にこの国の一員だな!」


 バシバシと背中を叩いてくる虎男の力は外見通りに強く、僕はゴホゴホとんでしまう。

 その時だった──


『──あー、あー、みんな聞こえるかな?』


「!?」


 突然、頭の中に聞き覚えのある声が響き、僕は反射的に立ち上がった。

 怪訝けげんそうに僕を見上げてくるパルナや虎人たちを手で制して、頭の中の声に集中する。


『これが前の《学級会》で話した勇者の力の一つ《遠距離思念通話えんきょりしねんつうわ》だよ』

『おおー、スゴい。ちゃんと聞こえてる』

『なんだろう、スマホで通話している感覚とは、ちょっと違うカンジがするね』

『それぞれの国に戻った後でも、これなら連絡取れるわ、便利だな』


 無邪気むじゃきにはしゃぐその声々は、間違いなく、あっちの現実世界で一緒だったクラスメイトたちのものだった。


「やっぱり、みんなもこっちに来てたんだ……」


 呆然ぼうぜんつぶやく僕。

 すると、意識の中の皆の声が、一斉いっせいに僕へと向いたように感じた。


『あれ? 今の声って鷹峯たかみねじゃね?』

『えーっと、ちょっと数えてみる……あ、ホントだ。三十六人、全員いるわ』


 三十六人──確かに僕も含めたクラス全員が、この《遠距離思念通話》と呼ばれているに存在していることを、僕も認識できた。


『実際に声を出さないと《遠距離思念通話》に届かないはずだから、とりあえず生きてはいるってことでいいのかな、鷹峯君」


 その声に続いて、クスクスとあざけるような笑いが続いた。

 僕は感情を殺して、短く応える。


「おかげさまで無事に生きてるよ」


『それは良かった、鷹峯君だけが行方不明で、皆、心配してたんだ』


 何を白々しい、と呟きかけた僕だったが、口にすると《遠距離思念通話》に乗ってしまうと言う指摘を思い出して、ギリギリのところで飲み込んだ。


『それで、鷹峯君は、今どこにいるんだい? 異世界から召喚された勇者である僕たちは、どの国でも丁重ていちょうに迎えてくれているはずなんだけど』


「──僕がいるのは《リグームヴィデ王国》っていう国だよ、この国の人たちも良くしてくれてるよ」


 僕がそう返事をすると、頭の中の皆の声がいったん静まった。


『──《リグームヴィデ王国》?』


 最初から《遠距離思念通話》を仕切しきっている男子生徒が疑念ぎねんの声を上げた。

 続いて他のクラスメイトたちも戸惑うような口調で互いに問いかける。


『え、そんな国あった?』

『俺たちを召喚したのは《連合六カ国》だろ?』

『ちょっと大臣さんに聞いてくる』


 そんなドタバタした空気の中、僕はポツンと放置されてしまう。

 パルナを筆頭に、心配そうに見守る周りの人たちに笑ってみせる僕。

 声を出さずに口の動きだけで「大丈夫だよ」と伝え、このまま放置されるなら、中断していた昼食を再開しようかと考えたとき、《遠距離思念通話》内の会話が再開された。


『《リグームヴィデ王国》は《連合六カ国》の他にあるいくつかのだそうだ』


 弱小国という表現に侮蔑ぶべつの意思を感じ取った僕だったが、あえてここでは反論しない。

 だが、それに続く言葉を聞き流すことはできなかった。


『《連合六カ国》にしてみれば吹けば飛ぶような存在だから放置していたけど、最近では人間国家であるにもかかわらず、《魔族》との共存なんて言い出してるらしい』


 男子生徒はいったんそこで間を置いてから、厳しめな口ぶりで言葉を続ける。


『その上、今回は《連合六カ国》が召喚した勇者をひとりかすめ取った。これは、重大な背反行為はいはんこういだと、こちらでは大騒ぎになっている。こと次第しだいによっては軍事侵攻もやむを得ない、ってね』


「ちょ!? 軍事侵攻って、なんでそうなるのさ!?」


 僕は思わず声を上げてしまった──

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