4章 死闘
第8話 武神焔
「では、2ブロック決勝戦を行う! 風龍陽一対神火焔選手前へ!」
周囲の観客達が何やらざわつく中、「何事だろうか?」と私は思いつつ、試合場に上がって行く。
(え? だ、誰……?)
というのも目の前に立つは、炎の紋様の入った羽織り袴を羽織り、長髪もきっちりと束ね、正装した男が静かに佇んでいたのだ。
服装もしっかりしている物に変わったからか、元々ガタイが良かった為、佇まいや貫禄も感じられる。
そよ風と共に流れるような赤き柳髪、凛と吊り上がった眉毛に意思の硬そうな鋭い瞳……。
湯あみでもしたのだろうか? 前と違い獣臭もしない。
(何か別人みたいでやりにくい)
それが私の素直な感想だった。
「皆さん! 注目してください!」
その時、場内から領主代理の大声が聞こえて来る。
「これが我が炎帝国領主、神火焔の本当の御姿です!」
領主代理の自慢げな声に周囲は感嘆の声を漏らす。
「べ、別人じゃねーか!」
観客席から聞こえてくる複数の
ですよね……。
多分皆そう思っているし、私も然りだ。
興味本位で見学に来たと思われる町娘達も、若干顔を赤らめて騒いている程の変わりようと色男っぷり……。
ちなみに愛刀? の木刀は無いところを見ると、没収されたものと思われる(笑)。
(面白そうだからちょっと確認してみようかな?)
「貴方愛刀の木刀はどうしたのですか?」
「あ? 根性丸は見た目が悪いからと璃火斗に没収された。優勝しなければ返さないとな……」
深いため息をつき、少し悲しそうにうなだれる焔。
「そ、そうなんだ……」
(こ、根性丸? 木刀に名前を付けるなんてよっぽど気にいってたんだろうな)
可愛らしいところがあるなと思いつつ、私は思わず笑ってしまいそうになる。
「御姿もですがその強さ一騎当千の武神でもあります故、しかとその強さご覧あれ!」
周囲の観客達からは、途端わっと歓声が上がるが、領主代理のその言葉に私は緩んだ気を引き締め直す。
実際、この姿の佇まいから感じる強者感は間違いなく本物だし、それに今回は……。
私は、焔の腰に差された立派な装飾の施された一振りの大太刀にふと目を移す。
そう、何と言っても試合中抜刀していなかったあの大太刀を今回は使うのだから。
「では……」
「待て」
一心先生が開始を言おうとした瞬間、焔をそれを止めてしまう。
焔は領主代理に目を向け言葉を放つ。
「これを使うという事は封を解くが用意は出来ているのだな?」
その言葉に対し、領主代理と一心先生はお互い顔を見合わせ頷く。
「観客の方々、もう
「兄上配置はさせてますので、心配なさるな!」
「……ではいい」
焔は深く頷くと腰に手をやり、大太刀を抜いて行く。
その途端、刃に灯るは燃え上がる紅蓮の炎……。
それはまるで、焔の熱き闘志の様に!
私も負けじと、開幕から光剣気を練り、椿蛍火をゆっくりと抜いていく……。
我が愛刀に灯りし、光輝な刃……。
それは正に数匹の蛍が放つ光の様に……。
「……では始め!」
私達と観客席の様子を見ながら、先生は開始の合図を叫ぶ!
私は基本の中段に構え、焔の様子を伺うが……。
何と焔は中段ではなく八相の構えをとる。
成程、流石は焔、自身をよく知っている。
というのも、八相の構えは攻守のバランスが良い構え。
胸元に構える事から即時、突きも振り下ろしにも移行できるからだ。
特に焔の場合、私より身長も高く太刀も長い。
早い話が、手足のリーチの長さに刀のリーチが加わり私より先に攻撃することが可能な訳だ。
分かりやすい例えで言うと、足軽の戦術として剣よりリーチの長い槍が強いとされているのと同じ。
話を戻すが、焔には更にあの俊敏な足捌きがある為、半身の防御が薄れる欠点はそこで補えるわけだ。
このままでは、こちらに利は無い……と相手は思っているだろう。
という事で、私はすかさず行動を移す!
「……ふっ!」
一瞬だけ光剣気を強く練り、私も一瞬で中段から八相の構えに移行する。
更には横に構えた刃から太陽光の如き無数の強き輝きが焔の目を襲う!
「む……」
顔を一瞬しかめる焔。
そう、この構えに移行したのは、椿蛍火の輝く刃で焔の目くらましを行う為!
なるべく光剣気は使いたくなかったが、相手は強者焔。
出せるカードを惜しんで勝てる相手ではない!
(ここだ!)
視認出来ない今がチャンス! 私はそのまま焔の肩目掛けて刀を振り下ろす!
「……フッ」
焔は気合と共に、その私の刀を受け止め、返す刀で私の顔目掛けて必殺の突きをかます!
私はその弾かれた力をそのまま利用し、後ろに急いでバックステップをしてそれをかわす。
「おお……いいぞ! 2人とも」
その一瞬の攻防のやり取りに歓声を上げる観客達。
(……見えないはずなのに、私の剣を弾いたどころか突きまで返してきた……。もしやこの男、心眼を極めているのか?)
実際、焔は目をつぶったまま攻撃はしてこない。
多分視力の回復を待っているのだろうけど。
(ここで下手に攻撃すると、心眼を極めた相手ならば逆効果でこちらが瞬時に切られてしまう)
そう、余計な攻撃が無い故に……。
少し焦る私であったが、負ける気はさらさらないので、次に何をするべきかを思考していく。
(だがどうしよう? リーチもパワーも相手が上だし、心眼まで使え全く隙が無い)
一方、領主代理からの視線も感じ取れる。
そう、領主代理は私の正体を知っているハズだ。
だって、あの大会許可書を婆やに持って行かせたのは、領主代理かその関係者しかいないのだから。
私が道場で剣を鍛えていたのも当然知っているだろうし。
(私を剣で屈服させて、その相手と共に花蝶国を属国とするのが狙いではあるのだろうけど)
だからこそ、領主代理は三男の光輝を優勝者にするシナリオを作っていたのだと思うし、焔がそれをぶち壊した事に激怒した。
鬼人国の闇纏もそのシナリオに噛んでると想像すれば合点がいく。
だが正直、領主代理の真の思惑は私には分らない。
ただ、今やるべき事は分っている。
(それは私の真正面にいる焔を倒し、前に進む事!)
私は集中し丹田で気を練り、そこに光の魔名を混ぜ、愛刀椿蛍火の刀身へ光剣気として流していく。
こうして光剣気で覆われた刀身全体は、まるで日輪のような高貴な輝きを放つ!
その光剣気は刀身先を更に伸ばしていき、結果焔の大太刀と同じくらいのリーチになる。
「な、何だ? あの凄まじい光剣気は?」
「刃先が伸びる程の量など見たことが無いぞ⁈」
観客席からは驚きの声が多数聞こえて来る。
「ほう……どうやら迷いは消えたようだな?」
すっかり視力が回復した焔は私を見て呟く。
強者である焔は私の光剣気を見ても動じない。
その代わりに、焔の刃に更なる炎剣気が灯って行く!
「ああ……ではいくぞ!」
「応っ!」
私と焔の互いに振り下ろした刃が激しくぶつかり合う!
「おおう!」
「はあっ!」
光気と炎気、そして意地のぶつかり合い!
「ぬうっ……」
「くうっ……」
その凄まじい威力に、お互い後ろにつんのめる……。
が、わずかだが、私の方が押している。
そう、私は剣気では花蝶国一と言われていた。
魔名を扱う、陰陽師の頂点に君臨していた母上……。
その遺伝を継ぎ、その母上にも魔名に愛されていると認められていた私。
(これが私の誇れる武器なんだ!)
気合と共に互いに剣技をもぶつけ合う!
更にはこの2年間、一心先生のもとで剣技も磨いてきた。
私は椿姫日輪剣の使い手であると同時に狼火紅蓮剣の使い手でもある。
つまり今の焔とはリーチは互角、パワーは私が上、スピードは焔が上、剣技では私が上ッ! あとはッ!
「おおおうっ!」
「ああああっ!」
焔が放つ、緩急ついた足捌きから鋭い突きが私の喉元を襲う!
が、その技は剣聖である一心先生相手に何回も何回も見て来た。
だから……。
(「一点だけに集中せずに、五感で感じろ……」でしたよね? 先生……)
今の私の全身と刀は光気で覆われ、その気を伝い、焔の殺気の矛先を感じる事が出来た……。
喉元は急所、突かれたら当然死ぬ。
なので私は、その焔の刃を横払いで、受けようとする。
が、それは殺気を込めた見事なまでの焔のフェイント!
その証拠に、焔の刀は返す刀で上段に構えられている。
そう、私の横払いの隙を誘った、頭への振り下ろしが焔の本命!
焔の必殺の振り下ろしが私の頭上に振り下ろされ……。
……ようとしたところに、それを気で感知していた私は、そのまま横払いをすると同時に斜め前に足をすり寄る。
まんまと焔の懐に潜り込んだ私はそのまま隙だらけの焔の胴を切る!
というよりは、思いっきり最大出力の剣気で叩きつける!
「ああっ!」
「ぬがあっ……」
焔も体を剣気で覆っているものの、剣気の総量は私の方が遥かに多い。
なので、焔の胴に私の刃が届く!
が、焔は驚くべき反射神経とスピードでそれを瞬時に回避する!
結果、鮮血が飛び散り、焔の切れた横腹あたりの羽織りの色はより赤く染まっていく……。
「あ、兄上ッ!」
城内から領主代理の悲痛な叫び声が聞こえて来るが……今はそれどころではない。
相手は強者、焔。
まだ、勝負はついていない故に……。
見たところ致命傷ではないし、少し焔の横腹を切ったというところか?
「ふ、ふふふふ……」
この状態で何故か楽しそうに笑う焔。
「降参するなら今のうちだぞ? 今の私はお前より強い!」
「そうだな……」
すんなりそれを認める焔に、私は逆に違和感を覚える。
(こいつはそんな奴じゃない……。つまり何かまだある……)
そう思いつつ私は油断なく、柄を握りしめ中段に剣を構える。
「まさか、これを使う羽目になるとは……。だが、だからこそ武者修行した甲斐があったというもの」
焔は刀を鞘に納め、何やらぶつぶつと呟き始める。
すると何とそれに呼応するが如く、地面が激しく揺れ始めたではないか!
(い、一体何が始まると言うの……?)
私はこの異常事態に生唾を飲み、驚くしかなかった。
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