第9話 口伝の舞

「お、おいっ! なんだアレは⁈」


 更には観客席から驚きの声が多数上がる。


 急いでその視線を辿ると、驚いた事に何と巨大な炎を模した赤門に火が灯り、真っ赤に燃え上がっているではないか⁈


「ひ、ひいっ⁈ 火之迦具土神様がお怒りじゃあっ!」


 この異常事態に、何人かの観客はたまらず逃げ出してしまう。


 なお、地震の揺れはどんどん強くなってきている。


「皆さん慌てないでください! これは領主の持つ【火之迦具土神の太刀】と火之迦具土神の門が共鳴しているだけです! 皆さんには危害は加えない故、落ち着いて下さい!」

「じ、じゃあ、尚更やべえじゃねえか! おいっ! 退避だ退避!」


 城内から領主代理の大声が聞こえて来るが、なおの事逃げ出す観客達。


 そんな最中、焔は何かに取り付かれたように何かを呟きながら、再び抜刀し太刀を振り回していく!


(あ、あれ? この太刀筋なんか見覚えがあるような……?)


 そう、それは焔が私と組んだ時に見せた、滅茶苦茶に木刀を振り回す野生児のような動きに戻っていたのである。


「おおっ! アビラウンケンソワカ……アビラウンケンソワカ! 火之迦具土神よ、我が火之迦具土神の太刀に降臨し、我に力を貸したまえ!」


 焔が火之迦具土神の太刀を天に掲げたその時、火之迦具土神の赤門に灯っていた赤き炎が物凄いスピードで飛んできて焔の体を包み込んだのだ!


「う、ウオオオオオオオオオオオッ!」


 と、同時にまるで野生の獣のような咆哮が試合場にいや、炎帝国内にとどろいていく!


 その激しい咆哮が終わると同時に地面の激しい揺れはすっかり治まり、真紅の劫火ごうかに包まれた焔は高揚した表情でゆっくりとこちらを見つめる。


「ふふははは……。待たせたな……? この状態の俺は何人たりとも倒せぬぞ?」


 今まで見た事もない極上の質と量の炎気に圧倒され、思わず数歩後ろに下がってしまう私。


『駄目です! そのまま焔と、いや火之迦具土神と戦ってはいけません! あれは炎帝国の国宝、火之迦具土神の太刀を通して一時的に火之迦具土神の神気を借りた姿』

「ええっ!」


 何処からともなく聞こえてくる太郎さんの声と、その内容に驚愕きょうがくする私。


(というか、太郎さんは一体何処にいるの?)


 周囲を見渡すが、何処にも姿は見渡らない……?


『安心してください。わけあって姿を消してますが、貴方の近くにいます。なおこれは、貴方にあげたお面を通して陰陽術で語りかけている次第です。貴方も私に聞きたい内容があれば話しかけてください!』


 な、成程……流石は太郎さん。


 行動に抜け目がない。


 が、そんな事をしている間に、焔はその身に凄まじい炎気を纏ったまま私に斬りかかって来る!


「うおおおおっ!」

「ぐうっ!」


 荒々しい剣技ではあるが、火之迦具土神の神気の為かパワーとスピードは段違いだ!


 避けきれないと判断した私は咄嗟にその一撃を愛刀で受ける!


 が、その凄まじい気とパワーにたまらず、その相手の力を利用し、後方に飛んで逃げる!


(あ、危ない! まともに受けていたら刀ごと真っ二つにされていた……。こ、これが、火之迦具土神の神気を借りた本気の焔の力……)


 私にそんな死のイメージをさせるほど凄まじい一撃……。


 その証拠に私の額からは緊張の為か、一筋の汗が流れ落ちてくる。


『今の一撃で理解できたでしょう? あの焔の炎神気に対抗するには、貴方も国宝を使って光神気を纏うしかないのです!』

「そ、そんな事言われても、この刀そもそも刃がついて無いし、それに私その神卸のやり方も知らないんだけど……」


 私は回避に全集中し、何とか逃げ回りながら太郎さんと会話していく。


『困りましたね……。そうだ! ?』

「……母上だけから? ……あっそういえば……!」


 直感めいた私は、数年前の過去の記憶を辿って行く……。


   ♢


 そう、あれは5年前の花蝶国での出来事……。


 ここは花蝶国、城内にある剣技広場……。


 窓からは青空がのぞき見え、無数の桜の木技が見える最中であったと思う。


 そこで私が15歳になった時に父上から椿姫日輪剣の剣技を習い始めた最中のこと……。


 私と父上はお互い、剣技用の動きやすい着物に着替えて木床に立っていた。


「では椿姫日輪剣基本となる足捌きであるが、こちらは母上に教えてもらいなさい」

「えー? どうして? 私父上から剣技を教えてもらいたいのに!」


 子供だった私は、駄々をこね木床をどんどんと飛び跳ねていた。


「お前は女性だ。これは差別でなく区別なんだ。我が一族はこうやって椿姫日輪剣を継いできた。大事な大事な口伝なんだ。どうか分かってくれ陽葵……」

「やだやだ! ずるいよ、兄上は父上から全部習っているのに!」


 愛娘の真っ赤になった顔を見下ろし、困惑の為眉を潜めため息を吐く、父陽一。 


「お、おおいっ! 日伽莉ひかりっ! あとは頼んだぞ!」

「ああ、はいはい……」


 気まずそうにそそくさと剣技広場から出ていく父上と、入れ違いでこちらに急ぎ足でかけてくる母日伽莉。


 私はぶすくれながら、母上の恰好をちらりと見る。


 白色に上品な金糸で縫われた椿姫の紋様が入った狩衣、更には手にも同じ感じの扇が持たれ、揺蕩たゆたう袖には母上の上品さや美しさを更に際立たせている。


 優しい母上は私の話を聞くためにか、しゃがみ込み目線を合わせてくれる。

 

「ねえ母上口伝ってなあに?」


 母上はにこりと上品に優しく笑い、私に目を合わせ応えてくれる。


「それはね、私から陽葵にだけ直接教える大事な大事な剣技なんだよ? これは女性にしか教えられない大事な大事な口伝。貴方の兄上より貴方が強くなれる専用の剣技……」

「えっ! 私があの剣聖の兄上より強くなれるの?」


「そう、これは父上も知らない椿姫日輪剣の口伝……」

「ええっ! 父上も知らないの? じゃ、早く教えてよ母上!」


 今思えば……私は母、日伽莉の言う口伝という言葉の内容を当時理解出来ていなかったが、父より強くなれると言う母上の魅力的な言葉に惹かれていたんだと思う。


「はいはい……では、折角だから覚えやすいように扇を持って、唄いながら、そうまるで舞を舞うように軽やかに……」

「わ、わあ……」


 その時、窓から見える桜吹雪と共に見た母上の足捌き……いや、舞と唄はとても綺麗で……。


 揺蕩う黒の柳髪とふわりとした白袖のハーモニーがとても素敵で……。


   ♢


(……お、思い出した)


 ふと我に返る私。


「太郎さん扇を!」

『緑の龍の面の裏側に白扇を折りたたんでつけてます!』


 流石太郎さん、何か見えてるとしか思えないほど用意周到すぎる。


 というかもしかして、ある程度これらの事を予想していたんじゃ? とも思う。


 何故なら、国の陰陽師は国家機密を牛耳る集団でもあるのだから……。


 太郎さんのあれだけの腕と実力、間違いなく上位の有識者だろうし。


 そんな事を考えながら、私は懐から白扇を取り出しそれを広げ右手に持つ。


 それは白色に上品な金糸で縫われた椿姫の紋様が入った白扇……。


(ああ……母上と舞いながら唄った楽しかった日々が懐かしいな……)


 私はあの頃を思い出しながら、母日伽莉から教わった舞を舞い朗々と唄っていく……。


「桶を伏せて踏み鳴らし、神憑かみかがりし……」

「ああっ!」


 私の舞に何か危険を感じたのか、斬りかかって来る焔。


 だが、この舞を舞っているような独特の足捌き、母上からの口伝によると女性専用の足捌きらしく、攻撃よりも回避に重点を置いているのだ。


 なので、不思議な事に神気を纏った焔の攻撃でも当たらない……。


「胸などをさらして踊りたまう……」


 構わず舞と唄を唄っていく私だが、その時不思議な事に、私の腰に下げている椿姫日輪の刀がぼんやりと不思議な光を放ちだしたのだ!


(そっか……母上はきっとこの事を考えて、口伝として私にこの舞と唄を教えてくれたんだね。ああ……ありがとう母上……)


 それを見て、確信を得た私は続けて舞と唄を唄っていく。


「それ見た八百万の神々は、高天原が鳴り轟くほどに一斉に笑い出しまする……」

「ぬ、ぬうっ!」


 一方焔は私に攻撃が当たらないのを不思議に思ったのか、刀を鞘に納め、若干前かがみになる!


、注意してください! 焔はおそらく神気を鞘にため込み集め、必殺の一撃を放つつもりです!』


 成程、太郎さんの言う通り、焔の全身を纏っていた真紅の炎神気が次第に薄れて行っている、というよりは鞘に集まっている感じか。


「これ聞きし天照大神『我岩戸に篭り世は闇になりし時、ああどうして皆楽しそうに舞い笑う』と嘆きたもう……」


 だけど、急いだところで何も解決はしないので、私は淡々と舞と続けて歌っていく。


 そう、父上と母上を、更には太郎さんを、そして自分を信じて……。


「お、おお……。あれはまさしく【天鈿女命あまのうずめの舞唄】……。なんとも見事な舞だ……」

「は……確かに。何でも花蝶国に伝わる口伝の舞だとか……」


 城内からは領主代理とその側近が私の舞を賞賛する声が聞こえて来る。


 大変有難いが、今はそれどころでは無いので、私はひたすらに舞いを舞っていく。


「天照大神、天岩戸の扉を少し開け世の様子を伺いたもう……伺いたもう」


 私の舞と唄が終わったその瞬間、椿姫日輪の刀はまるでその名の如く日輪の如き強気輝きを放つ!


『気を付けてくださいっ! そろそろ焔の集気が終わります!』

「承知ッ!」


 私はその声に応え、何故かその刀身が無いはずの刀を急いで抜く!


「……させぬっ! 食らえ我が渾身の荒ぶる神の業火の一撃!」


 焔はこちらに向い全速で駆け寄り、目にも止まらぬ抜刀の一撃を放つ!

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