第7話 黒蝶舞いて

 それから半刻1時間が過ぎ……。


 炎帝国雇の陰陽師式紙部隊が召喚した屈強なモノノケ集団のお陰で、あっという間に試合場は元に戻る。


「では、お次は2ブロックの試合に移りたいと思います。風龍陽一と鬼人国代表の闇纏やみまとい選手前へ!」


(来た! いよいよ私の番だけど、相手はあの鬼人国の代表。未知の技を使う鬼人の闇の剣技いかほどのものだろうか?)


 私はそんな事を考え、緊張しながら試合場に上がり、相手をじっくりと観察していく。


 その名の如く漆黒の頭巾を被り、服も忍び装束、違うのは忍びと違い腰に大きな太刀を下げていること。


 身長は普通の成人男性より少し大きいくらい? 身のこなしは軽そうだし、体の切れもある。


(この人……強敵だ……!) 


 私は情報をくみ取り、心の中で戦闘態勢に入る。


 更に相手の目を見ると……何やら瞳の中に黒炎らしきものが見えるが……?


(いけない! これは鬼人が使うなにかしろの道術だ!)


 昔父上から聞いた話を思い出し、私は慌てて相手から目を逸らす。


「そうか、やはりか……」


 相手は何かを察したように目を静かに閉じる……。


(し、しまった! もしかして今の道術でなにかしろの情報を相手にさとられた?)


「審判殿……」

「ん? 何だ? まだ開始の合図をしていないぞ?」


「参いった。棄権いたす……」

「……え?」


 闇纏の思わぬ一言に、私と先生は同時に驚きの声を上げる。


「……では勝者、風龍陽一!」


 当然のように大いにざわつく観客席……。


「あ、貴方どうして……?」

「……悪いが褒美である姫を傷つける訳にはいかないのでな。では私はこれにて失礼いたすが殿……」


 闇纏はボーゼンと立っている私の前を横切ると同時に小声でぼそり呟き、静かに去って行った……。


「で、では、気を取り直して次の試合に移ります。焔対神火光輝しんか こうき選手前へ!」


(お、おっと、そうだった。今は不戦勝を有難く承ろう、考えすぎると次の試合に響くしね)


 私は慌てて試合場から降り、例の高台に急ぎ足で移動し、周囲を見渡す。


 太郎さんは見当たらない。


(うーん、残念……。というのも、先程から探しても何処にもいないのよね……。この試合が終わったら次に太郎さんの試合が始まるはずだから、何処か近くにいるとは思うんだけどね?)


 ……とか、考えながら私は再び、試合場に注目する。


 焔は相変わらずあの蛮族スタイルで今回も戦う模様。


 構えたこん棒のような木刀がとても微笑ましい。


 一方、相手は私と同じ格好の短髪黒髪の年は18くらいと若い優男。


 身長は普通その両手には既に燃え上がる太刀を中段に構え戦闘態勢に移っている模様。


 この男も、焔と同じくらい強そうだ……。


 ……って、先生、今、って言ったよね?


 こ、この人もしや、炎帝国の領主の一族では……?


「しっかり勝利せよ光輝! 優勝すればお前が次期花蝶国の領主である!」


 城内にいる領主代理から神火光輝に向けて激が飛ぶ!


 ……あっ! そ、そう言う事か! 


 『次は早々に危険召されよ……。殿は気が付いておらぬ故にな』


 私は闇纏が先程呟いた話の内容を瞬時に理解した。


「兄上心配召されるな! この光輝! 愛刀の紅灯こうとうに誓って勝利を約束奉る!」


 光輝は愛刀の紅灯に炎剣気を注ぎ込み、その燃え上がる闘志を直に表現する。


 刃にともりし見事な炎剣気……。


 「剣気の量は、強さに比例する」剣を学んでいく身として、この世界ではそう伝えられている。


 あの父上からも、一心先生からも……。


 あの凄まじい炎剣気……光輝は間違いなく強敵だ。


 そんな相手に対し、焔はどうやって戦うつもりなんだろうか?


「では! 始め!」

「せ居えっ!」


 気合と共に、開始早々に動くは光輝!


 光輝は流れる様な流暢りゅうちょうな動きで中段から上段に構えを移す。


 更には緩急ついた高速の足捌きで焔の頭を狙い、その凄まじい炎剣気が込められた太刀を振り下ろす!


 が、対する焔は、そんな光輝の必殺の太刀を、緩急ついた高速の足捌きでかわす!


 焔はそのまま流れるような最小の円を描く足捌きで、光輝の背後を一瞬で取ってしまう!


 更にはその勢いを利用し、目にも止まらぬ高速の手刀で光輝の首元を打つ!


 ……一瞬、ほんの一瞬の出来事だった……。


 ……力なく静かにその場に崩れ落ちる光輝とその刀……。


 焔はその光輝を無造作に抱え、場外にそっと運び降ろす……。


 その一瞬の惨劇に静まり返る観客。


 そりゃそうだろう、自国最強の選手、しかも炎帝国の血縁が名も知れぬ蛮族スタイルの男に秒殺されてしまったのだ……。


 それも、使だ。


「し、勝者、焔選手……」


 これには流石の一心先生も驚いている模様。


 それに対し、静かに礼する焔。


 ……その時、その反動でか焔の狐面が綺麗に真っ二つに割れ、静かに地面に落ちる……。


「あ……」

「ん? ああっ! とっ、殿……?」


 一心先生は焔の素顔を見るなり、とんでもない一言を言う。


 当然その一言にざわつく観客席。


「……完全にかわしたと思ったが光輝め、腕を上げたな? なあ、一心……?」


 そんなひょうひょうとした焔の態度に、口をぱくぱくさせてしこたま驚いている一心先生。


「ほ、⁈ あ、貴方何をやってるんですか!」


 城内の領主代理からも怒りの大声が……って? 


(え、ええっ! ⁈)


 これには私も、観客や選手一同も驚愕きょうがくせずにはいられなかった。


 当然周囲はたちまちざわつきだす。


「なあ? あれがここの領主だって? 嘘だろ……」

「俺が聞いた話では領主様が何かしろの理由で出ていき、それで璃火斗様が領主代理になっていたという話を聞いたぜ?」


 成程、そう言う事か……。


 私なんか心の中で蛮族って勝手に思ってたし、あの恰好じゃあ周囲の観客達も同じ目で見ていた模様……。


 私の予想じゃ武術大会の話を聞き、武者修行から帰ってきたんだろうな、たぶん……。


「とっ、殿! とりあえず城に一旦戻って着替えてくだされ! 民達に示しがつかぬ故……」

「む……そうだな、面も割れてしまったしな。すまん一心……」


 焔は素直に一心先生に詫びると、颯爽と城内に去って行った。


「で、では再び試合に移ります! 1ブロック決勝、太郎、安土玲選手前へ」 


 試合場に2人とも上がり、お互い静かに礼をする。


(予想するには、陰陽術対剛体術といったところか?)


 太郎さんは翠色の扇と漆黒の扇を持ち、自然体で立っている。


 風が強くなってきたせいか、翠色の袖がはためき、透き通った薄茶色のショートヘアがまるで柳のように揺れる様は何とも風情がある。


 対して向かい風に立つ、安土玲は風が強い為か少し眉をひそめている状態で力強く立っている。


 巨漢であるからなおの事負担は大きいと思う。


「……では、試合開始!」


 試合開幕早々に安土玲は低姿勢になり、太郎さんに向い、タックルをお見舞いしようとする。


 おそらく向い風の為、一発で捕まえるのを断念し、戦術を切り替えたんだろう。


 安土玲はその見た目とは裏腹に、頭が切れる忍だしね。


 が、太郎さんはそのタックルを軽い足捌きで避ける。


 は、早い! 私と同じくらいの体さばき⁈ 本当に陰陽術師かなと思えるほどだ。


ふうっ!」


 太郎さんはそこから右手に持っていた翠色の扇で安土玲を軽く扇ぐ!


 すると不思議な事に強力な突風が吹き、それを真横から受けた安土玲はタックルで加速している事もあってたまらず転倒してしまう。


ちょうっ!」


 更に追い打ちをかけるべく、太郎さんは左手の漆黒の扇を安土玲に向かってひと撫でする。


 すると、不思議な事に扇から数匹の黒揚羽クロアゲハが飛び出し、安土玲に向かってひらひらと優雅に飛んでいく。


 おそらく漆黒の扇に予め仕込んでおいた式神だろうが、戦闘中なのに何とも風情がある。


「うがぁっ!」


 見た目に反して素早い動きで起き上がった安土玲はその勢いを利用し、両手を広げまるで巨大な竹トンボのような格好で、黒揚羽達を巻き込んで回転していく!


(う、上手い! 風すらも逆利用した大回転の暴風ラリアット!)


 この凄まじいタイフーンに黒揚羽達は一瞬で粉々に砕かれてしまう!


「おお! 安土玲やるではないか! 私は気にいったぞ! 後で褒美をとらそう」

「ははっ! 剛の者であるし頭も確かに切れますな! 流石、璃火斗殿お目が高い!」


 先程のアクシデントで機嫌が悪かった領主代理も、この頭脳プレイにはとても感激している模様。


 だからか側近達もここぞとばかりに、安土玲をよいしょしまくっている。


 これは優勝の是非に問わず、安土玲にはそれなりの褒美が待っている事だろう。


(良かったね安土玲っ、そしてナイスだ安土玲!)


「おお! お見事お見事! では、この攻撃も絶えれますか? 蝶っ!」


 太郎さんは根競べと言わんばかりに、再び漆黒の扇を扇ぎ、式神である黒揚羽達を安土玲に向けて飛ばしていく。


 が、当然の如く大回転の暴風ラリアットに巻き込まれ、黒揚羽達は一瞬で粉々に砕かれてしまう!


「う? がっ……」


 が、突然呻き声を上げ、その動きを止め、静かに力なく地に倒れてしまう安土玲。


 そう、まるでこと切れたカラクリ人形の様に……。


 その安土玲の周りにはよく見ると黒い鱗粉が華麗に舞っている……。


 これは……おそらく鱗粉に睡眠効果がある術が施されていたのであろう。


 麻痺とか毒だと安土玲は忍だから耐性がありそうだしね。


 睡魔には忍も勝てないと考えていたんだろう。


(耐性はそれなりにあったかもだけど、太郎さんは数でそれを封じたってとこだろうか?)


 太郎さんはおそらく安土玲の性格を熟知したうえで、全部仕込んだんだろうけど……。


(それはそうとして、凄い……これが一流の陰陽術師の腕前と知略か……)


 その間にも、隙無く真言を唱えていた太郎さんが式神の何かを召喚する。


 すると不思議な事に目の前に山伏の恰好をし、羽団扇を持ち、一本歯の下駄を履いた赤ら顔の男が現れたのだ!


「……天狗殿、安土玲の様子を見て、臨機応変りんきおうへんに対処してもらえますか?」

「承知した!」


 太郎さんの言葉に天狗は軽く頷く。


 更には安土玲の様子を見るや否や、その剛力で安土玲の体を軽々と持ち上げ場外に運び出す。


「……勝者、太郎殿……」

「解ッ!」


 先生の判定が下されると同時に、太郎さんは軽く印を結び、天狗だったものは一枚の式神となり、ひらりひらりと宙を静かに漂う……。


「す、すげえぞ! あの安土玲を無傷で倒してしまうなんて!」


 観客達の期待に応えるべく、太郎さんは扇を持って軽く一舞いする。


 と、同時に物凄い突風が周囲に吹き荒れる。


 それがまるで風神の舞と言わんばかりに……。


 沸き起こる大歓声の中、太郎さんは何事も無かったように飄々ひょうひょうとこちらに向かって歩いて来る。


「……何とか勝てました」


 扇で口元を隠し、私の目の前で苦笑している太郎さん。 


 謙遜けんそんではなく本心だろうと私は思う。


 安土玲の手の内を知っていたから勝てたのもあるだろうしね。


「……おめでとう」


 だから私は素直にこの言葉が出る。


 でも……。


「……太郎さん?」 

「……はて?」


 すっとぼけた顔で、明後日の方向を見る太郎さん。 


 その明後日の方向の真逆を見ると、私の予想通り一枚の札が先程の風で舞い散って行くのが見えた……。


「あの……1が飛んで行ってますが?」

「はて? 何の話ですか?」


 太郎さんは私に顔を向けずに翠色の扇を軽く扇ぐ。


 すると再び突風が起き、その札は粉々になり散ってしまう……。


「へえ……証拠はあるんですか?」

「うわ……ずるい……」


 顔を扇で隠し、意地悪な笑みを浮かべる太郎さん。


 これは私の予想だけど、風の力を増幅させる結界けっかいをあらかじめ作って置き、試合開始前に発動させたんだと思う。


 その証拠にタイミングよく安土玲に追い風が吹いたしね。


 更には先程散った札がその強化結界の1枚だと私は予想している。


 さっき試合直後に舞った舞いは、観客のリップサービスだけではなく結界の解除を行う突風を拭き起こす舞だったのだ。


 何という知者……。


 あの安土玲を赤子の様に倒すほどの……。


(私はこの人に果たして勝てるのだろうか?)


「では私はここで待ってます故、決勝頑張ってくださいね?」

「……そうですね。お陰で気が引き締まりました」


 正に……。


 その前にあの豪胆で底知れぬ強さの焔と決着を付けなければ……。


 太郎さんと同じくらい曲者かつ強者であろうし。


 「貴方がその話をするかな?」と思い、苦笑いしつつ、私は気を引き締めて試合場に歩んでいく。

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