第5話 陰陽師

 無事一回戦を突破した私は、周囲を素早く見渡す。


(おっ! あった、あり申した!) 


 試合場のわりと近くの見晴らしのいい高台っぽい場所を見つけ、その草地に静かに座り込み次の試合を見下ろしていく。


 汗をかいていたからだろうか? 吹き抜ける風が何とも心地よい。


 それはさておき。


(な、何あれ……?)


 私は次の試合開始早々、驚くことになる。


 というのも、先程の私とは真逆の戦い方をしているやからがいたからだ。


 更には試合場のど真ん中で、しかもまるで丸太のような大きな木刀を武器としてだ。


 そいつをよく見ると赤狼の面を被り、ボサボサの後ろ髪を束ねた赤髪の大男だった。


 ボロボロになった布地の上に、狼の毛皮を着た見た目蛮族のその様子にも驚く私。


(あ、あり得ない……! というかあれは剣術なのか?)


 その男が木刀で戦えている理由。


 それは木刀で相手の武器をほとんど受けていない。


 というより、あり得ない態勢で回避しているのだ。


 武術の合理的な回避ではない……見た目通りの野生の勘で戦っている。


 その野生の獣のような俊敏な動き、更には圧倒的な剛力……。


 その証拠に木刀……というよりも太いこん棒で殴られた数人は場外近くまで吹き飛んでいく始末。


 赤狼の面を被った大男が振り回す丸太のような木刀は、さながら赤狼の獰猛な牙のようで……。


「うおおおオオオおおおおおおおおっ!」


 ここまで届く凄まじい雄たけびと共に、更に暴れ回る赤狼の面を被った大男!


「ひ、ひいいっ!」

「こ、降参っ! 参りましたっ!」

  

 残っていた数人もたまらず降参する始末。


 圧倒的な暴力と野生……。


 ひと言で言うと、それが赤狼の面を被った大男への私の忌憚なき感想。


 剣術としては合理性が欠片もなく美しくはない、だが……。


(あれはもしや剛剣術としての1つの回答ではなかろうか?) 


 ……と私は素直に感心する。


 こうして、次の試合はあっという間に終わってしまう。


 更にはその圧倒的な試合内容に、観客からは大歓声が聞こえて来る。


 驚いた事に赤狼の面を被った大男は丁寧に観客に向い礼をする。


 観客席だけでなく、領主代理と審判である先生にもだ。


 更には不思議な事にそれがまた様になっている。


(見た目蛮族みたいな輩だが、一体何者なんだろうか?)


 粗暴な見た目と戦い方ではあるが、その中身に確かな知性と不思議な魅力を感じる。


 それにもう一つ気になっていることが私にはあった。


 それは赤狼の面を被った大男の腰に立派な装飾の施された一振りの大太刀が差されている事……。


 ぱっと見た目には似つかわしくないが……だが、不思議な事によく見るとしっくりくる不思議な組み合わせ。


 さながら、2本の牙の残り一本といったところ。


 ……「赤狼の面を被った大男。大太刀を抜き、いかに戦う?」と、中々いい短歌が出来た!


(赤狼の面を被った大男があの大刀を抜いて戦う姿を早く見て見たい!) 


 そう、これが今の私の素直な気持ちであった。


(だってさ、あんな戦い方私には出来ないから憧れるんだよな! まるで亡くなった兄上や父上のようで……) 


 次の試合が始まる最中、それをぼんやりと眺めながら私はふと考え事をしてしまう。


 それは先程の赤狼の面を被った大男の戦い方の内容があまりにも剛寄りであったため……。


 それに比べ、私の剣術は……。


 そもそも私が得意とする椿姫日輪剣は女性が始祖と言われている。


 理由は私の故郷である花蝶国は陰陽術が盛んな国であったから……。


 陰陽術が主体であり、剣術はそれを補うものだったのだ。


 理由は先程私が戦闘した1回戦のとおり、接近戦には基本弱く陰陽術の使い手は早々に5人とも倒される結果となった。


 最も一流の陰陽術師はその接近戦ですら克服しているのだが……。


 と、いうわけで出された1つの回答が、わが故郷では椿姫日輪剣らしい。


 その為、最初に教わるのが刀を使った受けや体術での回避などの防御方法。


 次に回避しながらの攻防一体の剣術を教わる。


 で次に、光剣気として魔名を体内で練るわけだが……。


 口惜しい事に私は剣術以外にはその魔名を昇華出来ていないのだ。


 稀代の陰陽術師と言われた私の母上からその理由を私は聞いていた。


「陽葵や貴方は光の魔名に愛されています。ただ、理由は不明ですが体内に集めたそれを外に術として放出する手段が無いのです」と……。


 だけど不思議な事に気と融合させ光剣気として昇華させる事は何とか出来た。


 私は腰から鞘のまま愛刀を抜きじっくりと見ていく。


 まず、刀のつかつばには、花蝶国の象徴である椿、それに数匹の蛍の何とも美しい装飾が施されている……。


 次に私は鞘に目を移す。


 鞘黒光りするさやにも銀で作られた椿に留まる数匹の金で出来た蛍の装飾が施されており、これだけでも芸術品といえる一品。


 次にその鞘から大刀を抜き、その美しき刃に私は目をゆっくり移す……。


 むねの部分にも椿に留まる数匹の蛍の装飾が彫られている。


 刃を見ると、うっすらと波状の紋様が見えて来る……これに私の光剣気を通す。


 すると、不思議な事に、波状の紋様がまるで蛍の光を放っているように見えるのだ!


 そう、私が椿姫日輪剣を使えるのは、この愛刀【椿蛍火つばきほたるび】があってこそ。


 これは私の母上自らが私の剣を作ってくれたお陰。


 私の母上は超一流の陰陽術師であるとともに、超一流の刀鍛冶師でもあった。


 この愛刀、椿蛍火は武器であるとともに、私の亡き母上の大事な大事な形見であるのだ。


「……ほお? これはこれは立派な刀ですね?」

「うわわっ⁈」


 気が付くと、いつの間にか私の真横に人がいた。


「あ、貴方は……?」

「やあ、また会いましたね?」


 そう、射的場でお面をくれた、あの翠色の狩衣を着てる彼だった。


「さっきは、その……お面ありがとう……」

「いえいえ、どういたしまして……。あ、隣失礼しますね?」


 彼はそう言うと、私の真横に静かに腰かける。


「……ここ丁度見晴らしが良くていいですね」

「……そうですね。という事は貴方も観戦に?」


「ええ……。あ、話を元に戻しますが、貴方が持っている刀素晴らしい技物ですね! 特にその椿の紋様が貴方にとても良く似合う」

「え? ま、まあ、それほどでも……」


 とは言ったものの、愛刀を褒められて悪い気はしない。


「先程の赤狼の面を被った大男、剛の技が凄かったですね……」


 何故か知らないけど、この一言が言葉にでた。


 私の素直な気持ちだけど、この人の前なら何故かそんな話もしていいかなって思えて……。


「ですね……私もそう思います。でも、私は貴方の剣技も凄いと思いますし、好きですよ?」

「……えっ!」


(そ、そうですか……好きですか……。……わ、私の剣技がですよね?)


「ど、どういったところが……ですか?」


 とりあえず、色々気になるので素直に聞いてみることにした。


「一言で言うと剛柔一体の完成された剣技。特に間合いを詰める緩急ついた足捌きが素晴らしい。あれに先程の剣気が加われば、正に鬼に金棒。先程の大男にも引けを取らない戦いが出来るでしょうね……」


(……こ、この人凄い! 私の戦い方を分析して一言で片づけるなんて……。説明内容も的確だし、それに……私が言ってもらえて嬉しい事を言葉に出して言ってくれる)


「ありがとう……。でも、本当はね、私はこの剣技に陰陽術を取り入れたかったんだけどね」

「貴方の場合、おそらく魔名をそのまま放出する回路が閉じてるんでしょうね。先程の射的を見てて、何となくですが感じました」


「えっ!」

「貴方は魔名には愛されているとは思います。何故なら貴方は先程その刀に光剣気を伝えてましたよね? その刀と同じく、魔名として純粋に放出する手段があるはずですが……」


(この人……す、凄い! 一体何者なんだろうか? 俄然がぜん興味が湧いてきた!) 


「な、何故そんな事が分るんですか?」

「職業柄上ですね。私、陰陽師なんですよ? ほら?」


 彼はそう言うと、懐から様々な色の扇子を取り出す。


 成程、それで射的では、お面を粉々に粉砕するほどの風の魔名を木玉に纏わせれる訳だ、納得……。


「あ、そうだったんですね! ごめんなさい、私貴方の事、お面職人かと思ってました」

「ええっ! そ、それはひどいなあ……」


 翠色の扇で口元を上品に隠し、眉を潜め若干悲しそうな表情をする彼。


 失礼かもしれないけど、話の流れと彼のその様子が可笑しくて、思わず微笑んでしまう私。


「……やっと笑いましたね?」

「あ……」


(そう言えば、何か私落ち込んでいたんだよね……)


「私は陰陽師の太郎たろう。貴方のその深い悲しみを退散させてみせましょう! せええいっ!」


 彼はそう言うと立ち上がり、笑いを誘うかの如く眉をピクピクさせ、持っていた扇で私の顔をパタパタとあおぐ。 


「た、太郎ですか? ち、ちょっと名前とその眉ピクピクで笑わせるのズルいですよ!」


(その彼の仕草と、その大変申し訳ないけど名前がそのちょっとね……?)


 もう可笑しくて、可笑しくて……。


 久しぶりに腹を抱えて大笑い出来た。


 そう、こんなに笑う事が出来たのは、実に数年ぶりだと思う。


「……ところで貴方のお名前は?」

「わ、私は……」


(私の本当の名前は椿姫陽葵……。でも、本当の名前は言えない! 私は女性を捨てた身であるが故に……)


「わ、私は……風龍陽一。炎帝一心道場の師範代にして狼火紅蓮剣の使い手……」 

「成程、そうですか……いい名前ですね。確かに先程の緩急ついた足捌きからの突き、狼火紅蓮剣の奥義の1つ……」


(よ、良かった……分かってくれた)


 ほっとし、少し呼吸を整え落ち着く私。


「陽一……といえば、そうそう私の知人にも椿姫陽一という剣聖がいました」

「……えっ!」 


「彼は椿姫日輪剣の一流の使い手であり、私の盟友でした……」

「あ、あの? 貴方は一体……?」


「……私は太郎、しがない陰陽師です。だが、これだけは覚えていてください、私は貴方の味方だ……。では失礼いたします」 


 彼はそう言うと、試合場の方へ向かい颯爽さっそうと風の如く去って行く。


(私の父上の知人……それに衣装の色からしておそらく風月国の方。それにあの緑の龍のお面……もしや彼はいつぞやの風月国の若いお侍さん?)


 そう思うと胸は高鳴ったが……。


 よくよく考えると、


 恰好もあの時と全然違うし、しね。


(他人の空似かなあ……。顔が分んないけど、声は似てた気がするんだよなあ……。ああ……太郎さんがあの人だったらなあ……はあ……) 


 私はそんな事を考えながら、やや遠くで行われている試合を引き続きホンヤリと見ていくのでした。

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