3章 武術大会開幕

第4話 開幕の花火と共に

「あ、あのすいません……。私が後日このお面のお支払をします故に……」


 申し訳ないが手持ちのお金がない為、そう言うしかなかった。


 そんな私の目の前に翠色の狩衣を着た彼は立ちふさがる。


「あの、実は自国から持って来た同じものを持ってます故に……」


 彼はそう言うと、自身の懐から取り出した緑色の龍のお面を、射的場の兄ちゃんにそっと渡す。


「……えっ! ふむ、どれどれ?」


 射的場の兄ちゃんは渡された緑色の龍のお面をじっくりと品定めしていく。


 それからしばらくして……。


「こ、こりゃ、一級品の技ものじゃねえか⁈ アンタ、これ本当にいいのかい?」

「ええ……」


(何やら射的場の兄ちゃんが驚いているが……?)


「そうか! じゃ、逆に俺が申し訳ないから、お礼としてアンタらしばらくここで遊んでいきな!」

「ええっ! いいんですか?」


「いいとも! それにアンタらがいると客も沢山集まって来るしな!」


 射的場の兄ちゃんは満足げに頷き、更には遊んで行けと言う始末……。


(一体あのお面にどれほどの価値があったのだろうか?)


 それは置いておいて確かに周囲をよく見ると、子供が沢山集まった関係で女性客やその親などが私達に習い遊び出した次第である。


「あの……貴方にもこのお面を……その、良かったらですが……」


 翠色の狩衣を着てる彼は、そう言うと再び自身の懐から緑色の龍のお面を取り出し、私にそっとそれを渡す。


「あ、ありがとう……」


 私はその緑色の龍のお面を素直に有難き、懐に大事にしまう。


「あの、それはいいのですが、いいんですか? これ大事な技物なんじゃ?」


(射的場の兄ちゃんのあの態度の変わりよう、絶対に希少な物だということが分るしね) 


「ええ、まあ、約束していた緑色の龍のお面は壊れちゃいましたしね……。それにまだお面は沢山あるんですよ、ほら!」


 翠色の狩衣を着てる彼は少し照れ笑いしながら、懐から様々なお面を取り出す。


「え? ああ、そうでしたね……。というか、何ですかそのお面の数……!」


 狐に天狗、お多福面などなど……。


 その数と種類に思わず笑みがこぼれてしまう私。


 それに何故かこの時私は、緑色の龍のお面が欲しかった理由を忘れてしまっていた。


「まあ、職業柄ちょっと……」


 再び照れ笑いしながら、それらのお面を懐に直す彼。


(……もしかして、面職人ということだろうか?)


「あの、それはいいとして、何故最初から緑色の龍のお面を私に売ろうとしなかったのですか?」


 正直、初対面の私にここまで親切にする理由は彼には無いはず。


 お人よしにも程がある。


「えっ! ああ……そ、それは……貴方があの時と同じようにとても悲しそうな顔していたから……」

「……えっ!」


(あの時……? 一体何の話だろう? ということはもしかして、この人と私は面識がある……?)


「もう、貴方が悲しむ姿を見たくなかったから……」

「あ、あの……」


 私が言葉を返そうとしたその時、私達の遥か頭上で何か激しい異音が聴こえてくる。


 見上げると複数の異音と共に青空に灰色の煙が散る様が見える。


(……あ、これ花火だ! ということはもしかして……?)


 そう、上がった花火の隣のお日様の上り具合を見て、それが武術大会の開幕の合図ということに私は気がついてしまう。


(い、いけない! 遊びに夢中になりすぎて、肝心な武術大会の事をすっかり忘れてた!)


「ご、ごめんなさい! 用事があるのでまた後で! あと、お面ありがとうございました」

「あ、はい……。どうかお気をつけて!」


 ということで、私は彼と別れ、急ぎ足で大会の場に向かう。


(……あの声何処かで聞いたことあるような? それに……)


『もう、貴方が悲しむ姿を見たくなかったから……』


(あの言葉、もしかしてあの人……昔何処かで会ったことがある? ……うーん、何処だっけな……)


 そんな事を考えながら、私は走っていく。


 思い出せない記憶を思い出せないもどかしさの感情をぶつける様に……。


 ……しばらくして、武術大会会場になんとか到着する私。


(よ、良かった、何とか間に合って……)


 よく見ると、壇上に上がった一心先生が大声で何やら司会をしている姿が見える。


「では、次にこの大会主催者である、炎帝国領主代理のご挨拶に移らさせていただきます!」


 先生の射す手の先を見る私達。


 すると本丸城内の領主室と思われる場所に、立派な衣装を着た領主の御姿が見える。


 よく見ると束帯は、炎帝国の象徴である火之迦具土神をイメージ出来る紅蓮の炎のような紅色を主として、それに合わせた紋様が刻まれている。


 頭上の冠に、腰に差した飾太刀も然りだ。


 切れ長の瞳に利発そうな顔立ち、力強さと優しさが感じられる眼差し……。


 第一印象では、頭の切れる軍師タイプのように私は感じた。


 その炎帝国領主は、窓辺に静かに歩み寄り朗々と言葉を放っていく。


「皆様、この炎帝国に遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。私は【神火璃火斗しんか りひと】、現領主の代理になります。領主は所用にて出かけられてます故ご理解を頂ければと。して、本日この武術大会を開催いたしましたのは、この大陸最強の武人を決める故……」


 城内から関係者の歓声が上がる。


 盛り上がる最中、炎帝国領主は無言で静かに広げた片手を前に突き出し、その歓声を静止させ言葉を再び続けていく。


「その栄えある優勝者には褒美として何でも願いを1つ叶えようではないか! 更にはその強さに相応しい地位を授けたいと思う! それは……」

「花蝶国の新しい領主として!」


 炎帝国領主の周りに付き従う直属の屈強な武士たちが声高々に叫ぶ!


「そうだ! 更には?」

「花蝶国の美姫、椿姫陽葵姫の婿として迎えん!」


「……いいぞ! 炎帝国万歳! 炎帝国領主万歳っ!」  


 途端、地面が震えるような大歓声が上がり、それに連動するかの如く、晴天の大空に複数の打ち上げ花火が上がる!


(花蝶国の美姫ですか……なんか照れますな……)


 世辞とはいえ、これだけ大勢の人に騒がれるのは女性の身として、正直嬉しくないわけはないが……でも。


 私としてはとても複雑な心境だ。


「……では、これより第2回炎帝国武術大会を開始するので、シード以外の大会参加者はこちらの試合場の前に整列してください!」


 私も司会者兼審判である一心先生の言う通り、急いで列に並ぶ。


 その甲斐あって、私は丁度先頭から10番目に並ぶことが出来た。


 後ろを見ると、物凄い数の参加者が並んでいくのが見える。


 おそらく数百人はいると思われるが……。


(う、うーん! 世界中の色んな猛者と戦える事を考えるとワクワクしてくる!)


 その気持ちを抑えきれない私は、待ち時間の間に準備体操をしていく。


 で、並んでいるついでに暇なので目の前の試合場を見る私。


 よく見ると、黄土色の固土の上に正方形上の縄で仕切られた簡単な作り。


 その広さはおよそ32畳50㎡弱程と割と広く、のびのびと試合が出来そうであると私は感じていた。


「さて、ある程度整列出来たので早速試合を開始していきたいと思います!」


 参加者がざわつく中、一心先生の大声が会場に響く。


「では、最初は10人ずつ試合場に上がって頂く!」


 てことは丁度私までか。


 ということで、急ぎ足で試合場に上がる私。


「では、1回戦の試合ルールを説明する」


 一心先生の話を聞き参加者達が少しざわつく。


 というのも、どうやら1回戦は掲示板の内容とルールが違う仕様だからだろう。


「皆さんが不満に思う気持ちは分るが予想外に盛況なため、最初は振るいにかけさせて頂く! 何故なら此処ここに残るは必然的に強者だけな故に!」


 炎帝国の剣聖であり、狼火紅蓮剣の達人である狼火一心が朗々と叫ぶ!


 これにはたまらず、参加者一同達は途端に委縮し静まり返ってしまう……。


 ごもっともな先生の一言に、これには納得せざるを得ない。


「ルールは簡単。10人のうち、この試合場にただ1人残るまで戦えばいい」

「おお……そりゃ、面白そうだな!」


 その内容に盛り上がり、観客達から上がる歓声!


「今回は特別に試合場の敷居である縄外に出ても負けとする。戦意喪失せんいそうしつした弱者はいらぬ故に!」


 成程、従来のルールに加え、ちょっとした相撲の要素も取り入れるってことですね先生。


「では、開始!」

「うおおおおおおおおおっ!」


 先生の合図と共に、途端参加者と観客の声で辺りは埋め尽くされる!


「ああっ!」


 血の気の多い連中は気合と共に、近くにいた参加者にすかさず斬りかかっていく!


 一方私は、彼らからは目立たない四隅の端にひっそりと佇み、それらの様子を冷静に眺める。


 というのもまだ戦いは始まったばかり、体力を温存したいしたが故に……。


 お陰であっという間に、残りは私を含めた5人になった。


 見た感じだと、狩衣を着た5人が開幕早々倒れている。


 この5人恰好からして、陰陽術の使い手。


 広範囲高威力の陰陽術が一番厄介だから、術を発動させる前に接近戦で倒されたんだろうな。


 試合場の中央を見ると、血の気が多いひときわ強そうな2人は互いに斬り合って雌雄を決しようとしている。


 そんな中、遂に私に気が付いた残りの3人が私目掛けて刀で斬りかかって来る!


 私は自然体で両手を正中線に構え、彼らを迎え撃つ。


「貴様っ! 武器も構えず舐めているのかっ!」


 3人の中、最も血の気が多い強面の武士が刀を大きく上段に振り上げ叫び声を上げるが……。


 決して舐めてはいない、だからこそ私は目立たない此処四隅にいたんだって。


(無駄死には御免故に)


 私はそんな事を考えながら、私は一瞬で隙だらけの強面の武士の懐に潜り込む。


 更には強面の武士が自身の振り下ろそうとしたその力を私は利用し、刀を握って固定された武士の両手を握り、そのまま一本背負いで軽く場外に投げ飛ばす。


(はい、まず1人……。そう、場外に出た参加者はルール上、敗者になる故に……)


「こ、コイツ! 強いぞ!」

「ちっ仕方ねえ、2人がかりだ! いくぞっ!」


「おおっ!」


 気合の入った声と共に刀を振り上げ、2人掛かりで私に斬りかかって来る武士達。 


 だが、私は2人掛かりで襲い掛かる彼らを卑怯とも汚いとも思わない。


 理由は戦術として真っ当な故に。


 なお、私は相変わらず四隅に佇んだままだ。


(だからさ、貴方達はずっと見ていたけど隙だらけなんだって……)


 私は円の足捌あしさばきで最小の動きをし、素早く男達の背後を取る。


 ひと言でかたづけると遅い!


「う、うわっとと⁈」


 当然2人は、私がいない四隅の空間に向かって勢いよく斬りかかっているもんだから、前のめり状態になっている。


 更には2人重なっているもんだから、体制を立て直すのはとても難しい。


「はい、お疲れ様……」


 私はその一言共に、そのまま2人に軽く体当たりをし、彼らを場外に押しやる。


 当然彼らは、そのままつんのめり場外の地に仲良く倒れる事に。


(よし、これでこちらに来た3人は片付いた。これで残るは、私の予想通りあの中央の1番強い人だけかな?)


 6尺以上2m以上はあろう巨躯きょくと強面と大刀を持っている黄色の羽織りを羽織った武士。


 おそらく羽織からして、雷陽の里の武士だろう。


 床に転がっているもう一人と死闘を繰り広げた為か、肩で息を切っている状態だ。


(では、最後は先生の顔を立てる為に少し頑張りますか……)


 私は無言で刀を抜き、生き残った強者の前に立ち中段の構えをとる。


 悪いが私におごりは無いので一切の容赦ようしゃはしない。


「き、貴様っ! その燃えるような羽織り、狼火紅蓮剣の使い手であろうっ!」

「……いかにも」


 戦場から帰った父上からは驕りが敗戦を生む事を散々聞かされていたし、一心先生からも毎回似たような話を聞いていた。


「で、では、な、何故正々堂々と戦わぬ!」

「……逆に聞くが貴方は無手勝流むてかつりゅうという言葉はご存知ないのか?」


(私の強かった兄上も油断の上に戦死した……)


「な、何っ!」

「端的に聞くと? と聞いておる」


(だから、私は腰に下げているこの椿姫日輪の刀に誓って、死ぬわけにも負けるわけにはいかぬのだ……。強さとは武術だけを指すわけではない故に……)


「ふ、ふざけるな!」


 侮辱ぶじょくされたと感じたのだろう、顔を真っ赤にし、私に斬りかかって来るが……。


(残念だけど、貴方の剣筋も先程からずっと見ていたし、それに……)


 私は緩急ついた足捌きで相手の懐に一瞬で潜り込む。


 更に私はその勢いを殺さず、自身の持った刀の柄で、黄色羽織を着た大男の喉を勢いよく突く!


(……悲しいかな、……。付け加えるなら、貴方の体力が無くなった今、更に)


「ぐ……ぐおっ……」


 呻き声と共に前のめりに倒れる、黄色羽織を着た大男。 


 大男の倒れた風圧で、「ゆらゆらと柳のように揺れる我が赤き羽織と黒き後髪……」、字余り。


 私は残心にて中段に構えながら、その様子を静かに眺める。


 相手の力を利用したカウンターの突きってやつだ。


 お陰で、剣気も使わず体力も温存出来た。


 それに何よりも、この戦いで私は死人を出さずに済んで本当に良かった……。


 試合場で伸びている全員は、まだ何とか息があるみたいだしね。


(私は無駄死にも無益な殺生も好まぬ故に……)


 ということで私はその倒れた大男達を全員引きずり、場外に運び終え、先生もとい審判に話しかける。


「審判殿、判定を」


 一心先生は満足げに頷き、声高々に叫ぶ!


「……勝者、風龍陽一!」


 先生の判定と共に、周囲から上がる大歓声!


「おお……! 陽一とやら、見事な剣技と無手勝流であった!」


 その時、城内から領主代理の神火璃火斗の大声と拍手が聞こえて来る。


「しかし、逃げ回るのは少し卑怯ではござらぬか?」


 側近の護衛の1人が不満そうに言葉を述べる。


「これは領主を決める戦い。連戦が決まっている試合で体力温存できぬ愚か者はいらぬ。それに剣気を使わぬともあの強さ、地力があるからこそあの戦いが出来るのだ」

「確かに相手が格上の場合、逃げ回るのは無理でしょうしな……。流石は領主代理、御慧眼ごけいがんでございます!」


 成程、流石は炎帝国領主代理……。


 無手勝流が何かを心得ている模様。


「そう、馬鹿正直に戦うだけが戦ではないからな……」


 私の目の前で一心先生はぼそりと呟き、満足げに頷くのであった。

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