四、白と黒の謎

第18話

♢♢♢


 次のデートはやんわりと「時間があったら」ということになり、僕はその言葉を信じて待つことにした。夢のような時間はあっという間に過ぎてしまう。しばらく余韻に浸っていたらいつの間にか夏休みが終わりかけていて、慌てて宿題に着手した。

 同じ状況の大希と通話しながら文系科目を、水戸に泣きつきながら理系科目をなんとか終わらせた。てっきり金沢も宿題に泣いていると思っていたのに、あいつはちゃっかり宇都宮の力を借りて、夏休み前半に宿題全てを終わらせて家族旅行を楽しんでいたらしい。

 自室のベッドに転がりながらのテレビ通話で、こんがりと焼けた肌を披露する金沢にイラっとしながら宇都宮との仲について聞いてみる。


「いつの間に宇都宮さんと仲良くなったんだよ」

『補講の内容を教えてもらった時に連絡先交換したんだよ。そしたら向こうから夏休みの宿題一緒にやらないかって。委員長すげーのよ。ドリル系一日で終わらせちゃって』


 僕は宇都宮の頑張りを想像して苦笑する。僕だったら宿題を一日で終わらせずに何日間か一緒に居る口実を作るのになんて思ってしまった。


『さつきは夏休み何してた?』

「僕? バイトばっかりだったけど……あ、でも、好きな人とデートできたよ」


「え!?」と金沢が跳び上がるのを見て僕はなんとか面目を保ったことに安堵する。金沢の充実した夏休みに対抗できるカードはこれ一枚しか持っていないのだ。


『おいおい好きな子いたのかよ! 聞いてないってえ。どんな子? うちの学校? デートとか羨ましすぎるっつーの!』

「バイト先の人だよ。昔から知ってる人で、初恋の人なんだ」


 そう言うと金沢はピタリと口を閉じてぶるぶると肩を震わせ始めた。そして次の瞬間画面外に吹っ飛んで行ってしまう。


『は、初恋ってー!? うわーなんだよなんだよ! 明日全部聞くからな、覚悟しとけよ!』

「やだよ」

『嫌じゃねー! このリア充野郎が!』

「お前が言うな。じゃあまた明日」


 通話を無理矢理終える。明日学校で金沢と会うのがなんだか面倒臭いが、短いようで長かった夏休みが明けて再びレクリエーションの中に身を置くと思うと背筋が伸びる。

 大津が秋田との勝負に勝ったことで、全ての役職者の票が集まった。普通に考えてあとは票の入れ方をみんなに指示すれば、プレ投票では"ビショップ"が出てくるはずだ。

 そこまで考えて僕はふとヱ梨香のことを思い出す。田辺と一緒に帰っているところを目撃してから一度も連絡を取っていない。それは僕から連絡することが特になかったからでもあるし、もしもヱ梨香が田辺と付き合っているのならなんとなく連絡しにくかったというのもある。

 ただ、今後またヱ梨香とは連絡を取り合う必要があるのだから、田辺とのことはちゃんと聞いておいた方が変な誤解を生まずに済むのではないだろうか。


「よし。ヱ梨香に聞いてみよう」


 僕は体の反動を使ってベッドから起きて、ヱ梨香にメッセージを送る。

『明日の放課後話そう』というシンプルな文章に返事が返ってきたのは次の日の朝だった。


 飾り気なく了解と書かれたスタンプを見てから僕は登校する。バスを降りて大きな校門を潜り、坂道を少し上ったところで白壁の輝く校舎が目に入る。僕は一度深呼吸してから、校舎に入る生徒の波に紛れた。

 教室にたどり着くと、なぜか既にピリついた空気が漂っている。原因は秋田だ。夏のインハイで四位だった"ナイト"の秋田は、持っている三票をインハイ優勝した大津に渡す約束をしている。それが許せないのか歯を剥いて大津のことを睨みつけていた。

 対する大津は知らん顔を突き通している。自分の席で肘をついて手に顎を乗せている大希が僕の存在に気づき、黙って僕を手招きする。


「よし、さつきも来たな。秋田、大津。夏の大会の結果を報告してもらうぜ」


 大希と僕は二人の勝負の見届け人ということになっている。秋田が票を持ち逃げしないようにしっかりと監視しなければならない。


「インハイ優勝しましたー。みんな応援ありがとー」


 大津の明るい報告に、教室が歓声と拍手でわき立つ。一方の秋田は下を向いたまま悔しそうに「ベスト4……」とだけ告げた。パチパチとまばらな拍手が起こる中、大希が結果を宣言する。


「この勝負は大津の勝ちだ。秋田、約束どおり持っている票を大津の言うように使え」

「くぅ……!!」


 ぶるぶると体を震わせる秋田は鬼の形相で大津を睨みつけるが、ちらりと大希と僕を見て諦めたように席に着いた。


「分かったわよ……好きにすれば!」

「そんじゃあ票の使い方決まったら教えるから。よろしくね秋田ちん」


 秋田は応えなかった。燃え尽きたかのように椅子に体重を乗せ、だらりと両腕を伸ばしている。あの秋田も全国優勝には文句をつけられないらしい。大津の完勝だ。


「二人とも本当にお疲れさまでした」


 ヱ梨香の労いの言葉に大津はニコリと笑い、秋田は一瞥くれただけだった。ヱ梨香は勝負の行方を今の今まで知らなかったらしい。これで役職者の票集めを終えたことがヱ梨香にも分かったはずだ。

 チャイムが鳴り、ホームルームの後それぞれの授業に向かおうというところで背後からガシリと肩を抱かれる。


「さあさつき。夏休みのデートについて詳しく聞かせてもらおうか」

「はあ。しつこいぞ金沢」

「ほー。興味深い話をしてるな」


 生で見るとすごい日焼けをしている金沢に続いて、水戸もメガネを指でくいっと上げながら僕を逃さないように横につく。


「昼休みでいいだろ。こんな少しの移動時間じゃ話すものも話せないよ」

「かー! それだけ充実してましたってか。水戸さん聞きまして? さつきくん、初恋の方とおデートされたそうですよ」

「初耳だな。詳しく」

「だーかーら後でな!」


 外進生男子三人でもつれ合いながら教室を移動する。途中、ふと気になって後ろを振り向くが、誰もいなかった。


「どした?」

「いや、なんでもない。気のせいかな」


 視線を感じた気がしたが、気のせいだったらしい。僕らはいつもの学園生活に戻り、すぐやってくる前期末試験に向けての授業を受けた。


 ――放課後、いつもの日時計の側に集合する。ヱ梨香は既にベンチに座っていて、なにやら書き物をしていた。いきなり田辺と付き合っているのか聞くのも気まずいのでまずは人気投票レクの情報交換から行うことにする。


「お待たせ」

「ああ、さつきくん。なんだか久しぶりね」

「何書いてるの?」


 ヱ梨香が熱心にノートに書き込んでいたのは、クラスメイトの名前だ。ヱ梨香は頷いてそのノートを僕に手渡す。


「"ポーン"全員の説得が終わったから、私なりに票の入れ方を考えてみていたの」

「"ポーン"全員? もう終わったの?」


 工藤と佐古屋から女子はみんな計画に乗り気だとは聞いていたが、まさか男子も含めた全員が計画に乗ったとは。これもヱ梨香の努力の成果だろう。

「すごい」と純粋な気持ちで褒めると、ヱ梨香は少し切なそうに笑った。


「票の入れ方は水戸くんが考えてくれているのかしら。もしまだ決めていなければ私が考えたこの案……"ポーン"だけだけど、使ってくれない? "ポーン"全員が一票ずつ入るようになってるから」

「もちろん。票の入れ方まで考えていなくて工藤たちにせっつかれてるんだ。助かるよ」

「工藤さんに? それっていつの話?」

「夏休み中だよ」


 大津の応援に行った時のことをヱ梨香に話すと、ヱ梨香は黙って膝の上に重ねた手のひらをじっと見つめるだけになってしまった。僕は首をひねってからハッとする。


「あ、ごめん。ヱ梨香も誘えばよかったね」

「ううん、いいの。大津さんの試合は気になっていたけれど、夏期講習もあったし……。でも、」


 ヱ梨香はそこで言葉を詰まらせる。誘わなかったことで嫌な気持ちにさせてしまっただろうか。次に続く言葉次第ではきちんと謝ろうと思ったその時だった。


「さつきくんは、結構女の子と遊びに行ったりするの?」

「え?」


 思わず聞き返してしまった。軽いヤツだと思われたということだったら事実無根の誤解だ。僕は慌ててブンブン首を横に振る。


「そ、そんなことないよ。工藤たちはたまたま当日合流しただけで、予定では外進生だけで行くはずだったんだ」

「そうなの……。でも、ごめんなさい。さっき金沢くんと話していたのが少し耳に入ってしまって」

「金沢と?」


 いまいちピンとこない僕にヱ梨香は言いづらそうに口を開いた。


「その、初恋の人とデートをしたって」

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