第11話

♢♢♢



「大希、おまたせ」

「おー。そんじゃ行くかあ」


 快晴の日曜日。待ち合わせの時間ジャストに最寄駅に着くと、ジャージ姿の大希がすでに待っていた。

 僕たちは同じ小学校区に住んでいるので、休日に遊ぶと言えば最寄駅直結のアトラクション施設が一番に思いつく。試験で溜まった鬱々とした気持ちを晴らすにはぴったりの場所だ。

 Tシャツに中学時代のジャージ姿という体を動かす気満々の僕を見て、大希がぷっと吹き出す。


「中学生かよ」

「なんだよ。お前だって似たようなもんだろ」


 高校のジャージは洗濯中なのだ。そもそも運動部でもない僕はそう何着もジャージを持っていない。かくいう大希も嶺和学園中等部・・・と刺繍がされた白いジャージを羽織っているのでとやかく言われる筋合いはない。

 わちゃわちゃ言い合いながら施設に入り、入館手続きをした後適当に準備運動をする。

 ニュースで特集されたことがある、複合型アトラクション施設。ジムや子供向けの遊具も併設されていて、ファミリー層もちらほら見かける。


「よーし、今日は何も考えるな! いくぞ!」

「おう!」


 僕たちのお目当ては巨大トランポリンとミニバスケットだ。二人ででたらめに飛び跳ねたり、飛距離を競ったり。ミニバスでは大希に敵わないので、シュートの時にどれだけ変な入れ方をできるかで勝負をした。

 昼は駅前のファストフードで済ませてまた施設に戻り、次はパルクールのコースに挑戦。大希は持ち前の運動神経をいかしてスイスイ進んでいくのに対して、僕はジタバタしながらやっとの思いでコースをクリアした。

 そんなことをしながら本当に、バカみたいにはしゃぎながら汗だくになるまで動いて、気がついたら陽が傾いていた。


「ヤバい……明日絶対筋肉痛だ」

「普段から鍛えてねーからそうなるんだよ」


 施設を出た駅前広場でぐったりする僕の横でケラケラ楽しそうに笑う大希。その笑顔は小学生の頃から何も変わらないし、学園で僕に見せるのと同じだ。

 他人に見せる顔だけが"キング"になってしまった。大希は中等部で何があったんだろう。

 どう話を切り出すか迷っていた僕を見透かすように大希が口を開く。


「お前だけだな。こうやって休日も気兼ねなく遊べるのは」

「そう? 部活の人とか、クラスのやつらは?」

「んなもん、全員敵だよ」

「敵?」


 その言いように僕は唖然としてしまった。スポーツドリンクをちびちび口にしながら大希は言う。


「"キング"はクラスで弱味は見せられないからな。"ポーン"のやつらが平穏に過ごすには、"キング"の俺がしっかりしないといけないが……同時に"キング"にふさわしいか見定められてる。"ポーン"は投票する相手を見誤りたくないんだ。お前も見ただろ? 香川はつく相手を間違えた」


 秋田じゃなく大希についていれば、香川は平穏に過ごしていた。と言いたいのだろうか。事実かもしれない。大希は運動部の男子の取り巻きがいるが、実際は隠れ支持者が多い。その中には"キング"の威を借りて平穏に過ごしたい者もいるだろう。大希に投票すると言えば"キング"の砦に守られるのだ。


「それに、部活では俺の他にも"キング"や"クイーン"の役職を持つやつがいる。全員それぞれのクラスで役職を勝ち取った実力者だ。部活では役職であることは優遇はされない。レギュラー争いなんて戦争みたいなもんだ。互いを蹴落とすカードを探り合ってる」

「だから敵ね……。僕は違うんだ?」


「当たり前だろ」と大希は首をすくめる。


「お前には格好悪い姿も散々見られてる。今さら取り繕ったってなあ」

「格好悪い……? 小学四年の遠足で登山した時一人迷子になって泣いて帰ってきたり、体育の授業で三点倒立しようとして顔面から崩れて鼻血出してたりしたところは見たけど」

「それだよそれ! そういうの!」


 大希は目をつり上げて僕の頭をガシガシかき混ぜた。


「"キング"も大変なんだなあ。役職について何かメリットがあるの?」

「まあ、分かりやすいのが生徒会選挙じゃないか。特に生徒会長は高二の時点での役職者が主な候補になるからな。宇都宮とかもそれ狙いだ。俺は興味ねーけど」

「みんなそんなに生徒会やりたいの? えらいね」


 僕のそんな発言に大希は呆れたような声で答える。


「生徒会やりたいんじゃなくて、あいつらが狙ってんのはその先。指定校推薦だよ。K大やW大への特急券さ。生徒会に入っていればほぼ決まりだからな」

「あ、なるほどね……」


 ということはみなそれぞれ進路のために役職を狙っているということだ。高校生活は始まったばかりだというのにもう進路のことを考えているなんてすごい。

 そんなことをぼんやりと考えていると大希がやれやれと肩をすくめる。


「ホントに役職に興味ねーんだな。なんつーか、改めて安心したわ」

「ないよ。進路だって全然考えてない。高校受験もギリギリだったし」

「はは……とにかくお前だけだ。こうして同じ目線でいられるのは」


 僕は「そうなんだ」と言いながら、そうであればいいと思っていた。なんの干渉もなく僕の言葉が大希に届けばいいと。

 僕は意を決して全員同票計画のことを大希に話そうとする。ヱ梨香には相談なしに進めてしまうことになるが、ヱ梨香だって大希を説得するのは難しいのだからそれは僕がやってしまってもいいはずだ。

 しかし先に口を開いたのは大希だった。


「だから俺は……お前がヱ梨香にいいように使われてるのは我慢ならない」

「え?」


 夕焼け空を背に大希が言った。ちょうど逆光で顔が見えない。ただ、その声色が酷く静かなのが気になった。


「大希……?」

「知ってるよ。お前らがやろうとしていることは」


 風に木々が揺れる音が響く。大希は静かに空を見上げていた。僕は口を何度かぱくぱくさせて、やっと声を絞り出す。


「知ってたの? あの、計画のこと」

「もちろん。クラスのことで俺が知らないことなんてない……。全員同票にするなんて、よく考えたもんだ」


 そう、大希が計画のことを知っていてもおかしくない。秋田だって知っている様子だったのだ。クラスの役職のトップに入らない情報なんてない。分かっていたはずなのに、足が竦む。


「でもなあさつき。お前はヱ梨香に騙されてる。あの女が全員平等を願うことなんて、ない」

「なん……っ!」


 大希はゆるりと僕に向かって手を伸ばしたかと思うと、その大きな両手で僕の顎から首をがしりと掴んで、僕の目を覗き込んできた。


「もう一度言う。俺につけ。さつき」


 それは命令でも脅しでもなんでもない、懇願だった。僕は大希の手首を掴んでゆっくりとその手を首から離す。


「大希、ヱ梨香のことを信じられないならそれでいい。だから――僕を信じてくれないか」


 大希は目を大きく瞬かせ、逡巡の後に改めて僕に問う。


「俺につく気はないんだな? さつきとなら全票交換してもいいんだぜ」

「ああ、ない。大希、お願いだ。お前の――"キング"の票とお前についてるやつらの票を僕に預けてくれ! プレ投票までに全員同票にして"ビショップ"を炙り出さないといけないんだ」


 自分で言っていてなんて強欲なんだと思う台詞だが、大希はそれを聞いてピクリと眉を震わせた。


「なるほど。プレ投票で"ビショップ"を見つけようとしてんのか。それはそれで、悪くない――よし、さつき。じゃあこうするか」


 大希は僕の目の前で人差し指を立てて言った。その表情は柔らかいのに、どこか圧を感じさせる。僕は空気を飲んで大希の言葉を待つ。


「プレ投票で、俺はお前の言うとおり投票する。もちろん俺についているクラスのやつらの票も好きに使え」


「えっ!?」


 驚きで思わず声が出るが、大希はそれを制して続ける。


「だけどな、俺はプレ投票で"ビショップ"は出てこない・・・・・と思ってる。だからお前とヱ梨香の計画どおり"ビショップ"が出てきたらお前の勝ち。本投票でも俺らの票はお前に預けるよ。ただし」


 続く言葉が予想できた僕は思わず身構える。


「プレ投票で"ビショップ"を特定できなかったら、お前は今後一切ヱ梨香との接触を禁ずる。お前もお前の票も、全てこの俺、"キング"のものだ」


 その物言いに僕は奥歯を噛んだ。言葉が出てこない。大希のその様はまさに"キング"で、僕を支配しようとする強者だった。


「どうする? 返事は」

「やる」

「はは。その判断の早さも気に入ってるんだぜ。この賭けはヱ梨香には黙ってろよ」


 そう言って大希は僕に背を向けて片手を上げて帰ろうとする。僕は慌てて「待って!」と声を上げ、竦んだままの足をなんとか動かした。


「大希、どうしてそんなにヱ梨香を敵視する? 聞いたんだ。中等部の時ヱ梨香と同じクラスだったんだろ。お前はヱ梨香が"ビショップ"じゃないかと疑ってた。でも、それだけじゃないんじゃないか。お前たちの間にはもっと他に何かが、」

「よく知ってるな。そう、俺はヱ梨香を信じない。理由は――自分で考えろ」


 煮え切らないその言葉とともに、僕はその場にポツンと取り残された。

 少なくともプレ投票では"キング"とその取り巻きの票を得ることができた。しかしそれと同時に大きな謎が残ってしまった。


「"ビショップ"が出てこない、か」


 僕の呟きは木々の騒めきにかき消された。

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