第6話

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 ・クラスに一人、人気投票の監視役の"ビショップ"がいるよ。"ビショップ"は必ず自分に投票しないといけないよ。"ビショップ"は自分が"ビショップ"だと言ってはいけないんだ。


 ――――――――――


 ルール説明にはそう書かれている。

 それは、失念してはいけない存在。巴さんにも釘をさされた特殊な役職。


 "ビショップ"――人気投票レクの監視役。


 "ビショップ"は必ず自分に投票しないといけない。言い換えるとクラスの誰か一人、他人に投票できない人物が存在するのだ。

 水戸のアイデアは完璧に聞こえるが、そこに"ビショップ"を組み込むと必ず失敗してしまう。


「やっかいなのは……"ビショップ"は役職をカミングアウトできないこと」

「別に多少ルール破ってもお咎めなしだろ? レクリエーションなんだし。"ビショップ"には名乗り出てもらおうぜ」


 難しい顔をする山口に対して金沢は楽観的に答える。


「いや、ルール破りは素行点に響くらしいぞ」

「げっ! そこまでするかねえ」

「破天荒な"ビショップ"でもない限り名乗り出てはくれないだろうねー」

「でも隠れている"ビショップ"が誰なのか特定しないと、全員二票ずつ振り分けるのは不可能だ」

「"ビショップ"の特定――? でもそれこそ、どうやって……?」


 金沢のもっともな疑問にみんな黙ってしまう。そううまくはいかないものだ。ここまでがトントン拍子に進みすぎたのかもしれない。

 その後五人で寄っても良い案が出なかったので、今日は解散することにした。僕としては外進生の協力を得られただけでも十分な成果だった。

 もしも反対されたら、と考えなかったわけではない。やはり外部から入ってきた者同士、レクに対して同じ違和感を抱いていたようだ。


 ――そして土日を挟んだ月曜日の放課後、ヱ梨香に呼び出され屋外へと向かう。茜色の陽がさす中、日時計のそばにあるいつものベンチにヱ梨香の後ろ姿を見つけた。


「おまたせ」

「さつきくん」


 首だけで振り向いた彼女は少し疲れた顔をしていた。当然だ。全員同票計画のかたわら、中間試験も近付いているのだ。学業を疎かにするつもりがないヱ梨香は夜中まで勉強していると聞いている。


「進捗はどう?」


 僕の端的な質問にヱ梨香は困った笑顔を向けた。


「とりあえず"ポーン"の半数に探りを入れたわ。人気投票レクをどう思っているか、終わらせる方法に興味あるか。何人か肯定的な人がいたから計画の内容を話したけれど……やっぱり役職と仲の良い人たちの感触は悪かった」

「だろうね」


 役職を持つということは支持者が多いということ。そういうやつらは役職に囲ってもらうことで、クラスの中での自分の地位を確立している。


『いいか、さつき。俺につけ。そうしたら絶対に守ってやる』


 "キング"の自分に投票すれば、"キング"の側近にしてやる。大希のあの言葉はそういう意味だったのだ。

 ひと月経つと役職のクラスでの振る舞いというのも分かってくる。圧倒的権力を持つ"キング"に、学級委員長の"クイーン"。自分勝手な"ナイト"に孤高の"ルーク"。

 そして、それ以外の"ポーン"たちは、役職の機嫌を窺いながら日々を過ごしている。外進生はなんのしがらみもなく自由気ままな生活を送っているが、来年自分が"ポーン"になると思うと気が重くなる。


「やっぱりおかしいよ。こんなレクリエーション。絶対に今年で役職を消そう」


 自分を鼓舞するように言うと、それを見たヱ梨香が微笑む。


「やっぱり、さつきくんに頼んで本当によかった。外進生ともすぐに協力関係を結んでくれたし」

「ああ、そのことなんだけど」


 外進生の協力が得られたことはヱ梨香にメッセージで伝えていたが、票の振り分けについてはまだ話し合えていない。親睦会で話したことを軽く説明し、"ビショップ"を特定するいい方法はないか尋ねてみる。

 するとヱ梨香は少し考えてから、水戸のアイデアについて言及した。


「正直言って最初から"ビショップ"を特定するのは難しいと思う。だから前期末のプレ投票を水戸くんの案で行って、不審な票数の動きを見つけるしかないんじゃないかな」

「でも結果は役職でしか分からないんだろ? 票数も公表されないから不審な動きなんて」

「いいえ、"ビショップ"以外が全員同票になるよう動けば、確実に"ビショップ"があらわになる。全員二票のはずなのに、"ビショップ"には三票入って"キング"になり、他の役職は決選投票になるから」


 ヱ梨香の言葉に僕は頭を抱える。要するにヱ梨香が言っているのは、前期末までにクラス全員の説得を終え、プレ投票で"ビショップ"を特定するということ。

 嶺和学園は二学期制だ。前期末のプレ投票を"ビショップ"の炙り出しに使うとすると、全員同票にするチャンスは後期末の本投票の一発勝負、失敗が許されなくなった。


「前期で全員の説得、"ビショップ"の炙り出し。それに失敗したら後期で全員同票にするのは……厳しそうだ」

「私もそう思う。だから絶対に"ビショップ"をプレ投票で炙り出すために、全員の説得を急がなきゃ」


 今のところ他に案はない。ヱ梨香の言うようにクラスメイトの説得が最優先だ。


「そう、だね。ところで"ビショップ"――人気投票レクの監視役・・・って具体的に何をしているんだろう」


 ふと浮かんだ疑問に、ヱ梨香はキュッと眉を寄せて頬に手をやり答える。


「"ビショップ"は秘密が多い役職……。こればっかりはなったことがないと分からない。多分、"ビショップ"用のルールが別にあるんでしょうね」

「誰か以前"ビショップ"だったと公言している人は?」 

「知ってる限りではいないけど。任期が終わっても言っちゃダメなのかもしれない」


 監視役。言葉どおりならレクリエーションに不正がないように見張る役だろうか。他人に投票できないという点から、中立的な立場にも見える。

 "ポーン"二十一人のうち、誰か一人が"ビショップ"。もしかしたらヱ梨香がすでに計画を話した誰かかもしれない。

 もしも"ビショップ"もこの計画に賛同してくれるならば、自分が"ビショップ"であるとサインをこっそり出してくれないだろうか。ヱ梨香にそう言うと「さすがに都合が良すぎる」と一蹴されてしまった。


「でさ、さっき"ビショップ"に三票入って"キング"になるって言ってたけど。まさかとは思うけど、今も他の役職が"ビショップ"を兼任してるなんてことはないよね……?」

「うーん。投票の公平性からしてありえないとは思うんだけど……どうなのかしらね」



 ♢♢♢



「それはないよ」


 キッパリと断言した巴さんに、僕は目を丸くする。他の役職が"ビショップ"を兼任しうるか。バイト終わりに巴さんに尋ねるとあっさり答えが返ってきた。


「なんで言い切れるんですか?」

「うちのお兄ちゃんが"ビショップ"だったことがあるから。"ビショップ"と他の役職の兼任はない」

「えっ!?」


 僕は荷物をまとめる手を止めて巴さんに詰め寄る。


「お、お兄さん"ビショップ"だったんですか!?」

「うん。一年間だけね。あ、そうだ! はい、攻略本。遅くなってごめんね。お兄ちゃんたち一人暮らしでなかなか家に帰って来なくて」


 そう言って巴さんは約束の攻略本をカバンから取り出して僕に手渡した。それは使い込んだ跡が残る、何冊もの学習ノートだった。パラパラと中を見ると、手書きの文章でギッチリ埋まっている。僕は目を見開いてそのノートを胸に抱いた。


「ありがとう……! 本当に」

「どういたしまして! 後で読んでみて。"ビショップ"だったのは下のお兄ちゃんの方ね。ただ、字がめちゃくちゃ下手だからがんばって解読しないといけないけど」

「分かった!」


 これできっと"ビショップ"について深く知ることができる。全員同票計画の助けになるはずだ。僕が胸が躍るのを隠しきれずその場で跳ねていると、それを見た巴さんはふふっと笑みをこぼした。


「昔とおんなじ笑顔」

「僕?」

「うん。覚えてる? 私たちが初めて同じ舞台に立った時のこと」


「もちろん」と僕は即答する。忘れるはずがない。


 小学校低学年の時、劇団のオーディションを勝ち抜いて僕は「ちびっこ名探偵ホームズ」の主役を勝ち取った。タイトルのとおり子役がシャーロック・ホームズを演じるという内容で、その時のアイリーン役が巴さんだったのだ。


「私、あれが初舞台でさ。特におじいちゃんが舞い上がっちゃって。この喫茶店の名前にまでしちゃったんだよねえ」

「僕も懐かしいなあと思った」


 巴さんは昔の思い出を辿るように目を伏せてから、ゆっくりと僕を見た。その視線にはとても暖かいなにかがこもっている。


「嬉しかったんだ。さっちゃんがホームズ役を取れたこと。私はとっても嬉しかったの」

「あ、ありがとう」


 素直に照れる僕に、巴さんはにっこりと微笑む。


「初めての舞台なのに、さっちゃんは堂々としてた。台詞も間違えず覚えてたし、ちゃんと演技できてた」

「巴さんこそ、アイリーン役がすごく似合ってましたよ。あんなに頼もしい共演者がいて本当によかったよ」


 僕がそう返すと、巴さんは肩をすくめて照れ笑いを浮かべる。


「もう、いやだな。何回も噛んだの思い出しちゃった」


 僕は何も言えなくなった。あの時初めてわかったことがある。僕が当時抱えていた彼女への気持ちは、演技の上だけではなかったということ。

 僕が彼女に対して抱いていたのは恋心なのだと、僕は舞台の上で気付いたのだ。


「さっちゃんはさ、また役者になりなよ」

「ええ? どうして急に」

「背も高くなって、かっこよくなった。これからきっと色々な経験をして――そしていつか、また舞台に立つよ。君は」


 その予言めいた不思議な力を持つ言葉に、僕は返事に困ってしまった。僕が子役を引退した時、一番悲しんでくれたのが巴さんだった。その巴さんもまた中学生で役者の道から降りている。


「じゃあ、その時はきっと巴さんも一緒ですよ」


 また舞台に上がるなら、貴女とがいい。僕の願いは声にはならなかったが、巴さんは困ったように笑っていた。

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