第5話
「てかさー、この学校クラス替えないの?」
美術室に向かう途中で金沢が不思議そうに言った。隣を歩く僕と大津は顔を見合わせて答える。
「中等部はあったらしいよー。高等部は単位制だからないんだって」
「うん。僕もそう聞いてる」
「えっ。だって役職は前年の人気投票の結果で決まるんだろ? クラス替えしちゃったら同じクラスに"キング"が集まったりしない?」
「そうならないようになってるんだってー。さすが全校でやってるだけあるよね」
「実際にうちのクラスでは秋田と宇都宮が前回同じクラスだったけど、大希と清水は別だったって」
「よくできてんのな。レクの結果がクラス分けにも影響してるってか。それよりもお前らそういう情報どこで仕入れてんのよ! 共有してよ同じ外進生なんだからさあ」
「
「そうだよ金沢。僕はもっと話したいんだからな」
「ううー。漫研の活動が学校での唯一の楽しみなんだよぉ」
――入学からひと月。僕たち外進生はそれなりに仲良くやっていた。共に過ごす時間が他のクラスメイトよりも長いからというのもある。
内進生は受験がなかった分授業の進みが早く、中等部の段階ですでに高等部一年のカリキュラムに手を出していたそうだ。特に英語、数学、理科の三教科は僕たちが追いつけないので、内進生と外進生を分けて授業が行われている。
そして今は芸術の選択科目で絵画を選択した三人組で移動中というわけだ。
「さつきはやっぱ盛岡に投票すんの? 気に入られてるもんな」
「秋田にも狙われてるからね、さっちん。イケメンは大変だネ」
「そういう二人はどうするのさ」
できれば外進生には早めに全員同票計画のことを話しておきたい。この一ヶ月、僕を含めみんな慣れないカリキュラムに必死になっていたが、そろそろ動けそうだ。
「まーキホンは誰かと票交換するのが一番無難だよね。ウチ役職とかキョーミないし」
「互いに票を入れ合うってことか」
「そゆこと」と爪をいじりながら大津が言う。
それを聞いて僕は内心驚いた。大津沙良……茶色のウェーブ髪をふたつに結い、制服を大胆に着崩しているその見た目からは想像し難いが、意外と情報を集めるタイプの慎重派のようだ。
彼女の言う票交換というのも、外進生なら確実に五票得られる戦法である。
「でも役職狙うなら票交換だけで足りるかな?」
一方、無事漫画研究会に入った派手なオタクこと金沢はというと、大津とは対照的に役職に興味があるようだ。
美術室に到着し、三人並んで座る。やはりそろそろ頃合いかもしれない。
「なあ二人とも。今日の放課後少し話さない? 水戸と山口も呼んで」
♢♢♢
――そして放課後。急に外進生だけで親睦会をしようと誘って、全員集まれたのは運が良かった。
「おまたせ。遅れてごめん」
「お疲れー水戸っち」
日直の仕事で集合が遅れた水戸がテーブル席につく。水戸といえば校則違反なんてありえない模範的な優等生タイプだが、爽やかでとてもいいやつだ。
「みんな飲み物決めた? 山口は何にする?」
僕がメニューを渡すと、山口はおずおずとそれを受け取ってブドウジュースをそっと指さした。
内気で大人しい山口とはあまり話せていないが、クラスでは内進生の大人しめの女子たちと一緒にいるのを見るので、人嫌いというわけではないのだろう。
純喫茶「ホームズ」に集まった僕たち外進生はとりあえず乾杯をする。
「ええと、急に集まってくれてありがとう。今日はみんなともっと話したり――」
「堅いぞー! カンパーイ!!」
僕の挨拶は華麗にスルーされ、ジュースの入ったグラスで各々乾杯を始めた。
「マスター、突然ですみません。今日は巴さんもいないですよね。飲み物とか僕やりますんで」
「この時間は落ち着いているから大丈夫。それに、さつきくんの友人なら大歓迎だよ」
「ありがとうございます!」
マスターと僕の会話を聞いて金沢が口を開く。
「ここさつきのバ先なんだろ? 内進生も来ないだろうし俺らの隠れ家にピッタリじゃね」
「おいおい、内進生に聞かれちゃマズいことでもあるのか?」
水戸が眉を下げながらツッコミを入れる。
「だからここに来たんじゃないの? ねえさっつん」
「……私たちだけに話したいことって?」
ストローでちびちびジュースを飲みながら山口が問う。僕は「うん、実はちょっと相談があって」と切り出し、四人をしっかり見て言った。
「人気投票レクのことなんだけど」
――――――――
――――
――
「そんなことできるのかよ? 全員、同票って……」
僕の説明を聞いた四人はにわかには信じ難いといった様子だ。仕方がない。僕も初めてヱ梨香に言われた時はそうだった。
「で、それを考えたヱ梨香さまはここに呼ばなくていいのか?」
水戸がメガネのレンズを拭きながら言う。
「ヱ梨香は別行動してる。僕は外進生と話をするから、ヱ梨香は内進生の"ポーン"から説得するってことになってるんだ」
「なるほどね。まあ言いたいことはわかったけどさあ」
金沢が複雑そうな顔をする横で、山口が静かな声で声を出した。
「……福島くんは、レクに興味がないと思ってた」
「興味があるとかないとかじゃない。クラスメイトを格付けするようなレクリエーションは間違ってると思うだけだ。山口もそうだろ? だから初日、僕と同じで乗り気じゃなかったんだ」
「それは……そう」
山口は視線を斜め下にやって押し黙る。
「どうかな。やってみる価値はあると思うんだけど。水戸はどう思う?」
「まあ実際に――若狭さんだっけ。レクで不幸になった人がいるのなら終わらせるべきだよな」
「いいんじゃないー? その方がストレスなさそう。投票先とか自分の順位、気にしなくていいし。金ちんは?」
「俺はみんなの意見に従いまーす。外進生でこうやって結託するのも楽しそうだしね」
三人が肯定的なことに僕はホッとする。続いて山口を見ると、小さな声で「分かった」と言ってくれた。
「そもそも私は……このレク、嫌だったから」
「うん。ありがとうみんな。それじゃあ外進生はみんな計画に賛成だってヱ梨香にも伝えておくよ」
「けどさ、」と水戸が顎に手をやって言う。
「このことはまだクラスでは言わない方がいいな。内進生……役職持ちのやつらはレクを続けたい派だろうから」
「役職の説得方法も相談していきたい。でもまずは地固め、"ポーン"の説得が済んでからだ。それも役職の人たちに気づかれないようにこっそり」
僕の作戦内容に大津がフライドポテトを食べながら返事をする。
「じゃあ今はヱ梨香ちん待ちってことね。りょーかい」
「渦古さん一人じゃ大変かも……」
山口の言葉に僕は頷く。僕が学園に入学したばかりということもあり、ヱ梨香は"ポーン"二十人の説得を引き受けてくれたのだが、人数を考えると手伝った方がいいに決まっている。
「そのこともヱ梨香に言ってみる。もしかしたら四人にも手伝ってもらうかも」
「オーケイ、リーダー。ところで一人二票っていう投票のやり方は決めてあるのか?」
水戸の問いかけに僕は首を振る。投票のやり方、確かに考えなければいけないことだ。誰が誰に投票するか決めておかないと当日混乱する。
「まだそこまではできてないよ」
「分かりやすく考えるならまずは"ポーン"にどう入れるか決めないとな。クラスの過半数いるわけだから」
水戸はそう言ってペーパーナプキンにペンで走り書きを始めた。
「最初に"ポーン"のみんなを円形に並べて右隣の人に投票させる。すると"ポーン"全員に一票ずつ入る」
水戸はぐるりと円を描き、その中心に『一票』と書き込む。その横に『役職』と『外進生』を付け足した。
「外進生と役職も円になって、二票ずつ右隣に入れる。そして余った分を"ポーン"に振り分ける。これで全員二票だ」
「いいかもねー現実的だし。最後余りの振り分けさえ間違えなければ――」
「ダメ」
大津の言葉にかぶせるように、山口が短く否定した。僕も「そうだね」と山口に同意する。
「え? 水戸が言った方法で問題なくね?」
首を傾げる金沢に、僕はなるべく平静を装って告げた。
「それだと失敗してしまうんだ。なぜならクラスには一人――"ビショップ"がいるから」
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