第4話
「人気投票レクを終わらせる方法……それは、
「全員、同票?」
そんなことが可能なのだろうか? ヱ梨香は真剣な表情で頷き、メモ帳を取り出した。
「まず今のうちのクラスには全部で何票あると思う?」
「ええと」
指を折って数えているとヱ梨香がメモ帳にサラサラと書き出す。
――――――――――
"キング" 五票
"クイーン" 四票
"ナイト" 三票
"ルーク" 二票
"ポーン" 一票×二十一人
――――――――――
「この"ポーン"って?」
「ああ、ごめんなさい。これは俗称で……役職を持たない生徒のことをさすの」
「
嫌味を感じさせる呼び方だが、みんな裏ではそう呼んでいるのだろう。ヱ梨香は説明を続ける。
「ここまでで合計三五票。そしてあなたたち外進生の分を足すと」
――――――――――
外進生 五票×五人
――――――――――
「三五+二五で合計六十票か」
「そう。そして1-Aの人数は若狭さんを除くとぴったり三十人。つまり一人につき二票入れば全員同票になる! 全員が人気を気にせず平等な立場になれるの。そして来年以降もそれを続ければ……レクは意味のないものになるってわけ!」
力の入るヱ梨香の説明を聞いて、言いたいことは理解できた。けれどそうするにはクラス全体の協力がいるし、アクシデントで票が減る可能性だってある。
「そんなにうまくいくかな……。例えば投票日に誰かが体調不良で休んだ場合はどうなるんだ?」
「投票自体はネット環境さえあればアプリを使って可能よ」
「じゃあ誰かが転校したり事故や病気で入院したり」
「そんなこと全部気にしていたら、これまでと同じ。なにもできないで終わってしまう」
ふむ、と僕は顎に手をやった。確かに前例のないことをしようとしているのに、マイナス要素をいちいち挙げていてはキリがない。
仮定だが、全六十票を動かせるとして話を進めていくのなら悪くない案だ。全員同票ならば名だけの役職は意味を持たない。
「一応確認だけど、これまでTOP4が同票になったことはある? その場合どうなるんだ?」
「決選投票が一度あるの。それでも決着がつかない場合は、その役職は"なし"になるわ」
「てことは決選投票でも一人二票を維持すれば、全ての役職が消えるってことか」
ヱ梨香はうんうん首を縦に振り、メモ帳の外進生の部分にグルグル丸を付けた。
「でもこの計画には外進生の協力が絶対に必要……。なぜならあなたたちは一人一人が無条件で"キング"と同じ力を持っている。役職と交渉するにはあなたたちの力が必要なの」
「だからまず僕に声をかけた?」
「そう」とヱ梨香は遠い目をして言う。
「見たでしょ? 役職たちの外進生を見る目……獲物を狙うような、あるいは懐柔しようとするかのような。彼らは外進生の票が何がなんでもほしいの。でないと彼らの地位が揺らぐから」
「TOP4はやっぱりクラスで優遇されるんだ?」
「そんな決まりはないけど、まあ自然の流れよね。盛岡くんを見れば分かるでしょ」
獲物を狙う目、というのには気がつかなかったが、大希の振る舞いと周りの反応は入学一日目でもよく理解できた。
「クラス分けを見て、私はこの全員同票計画を思いついた。そこでまず協力してくれそうな外進生がいるか調べたの。SNSを探したり、ネットで名前を検索してね。みんなのプロフィールや性格……そして実際に入学式で感じた
「買い被りすぎだよ」
「いいえ。だって実際のところ、協力してくれるでしょ?」
ヱ梨香は潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。全員同票計画。それにはクラス全体の協力が必要になる。特に複数票を持つ役職と外進生……彼らをヱ梨香と僕で説得しなければならない。はたしてそれが可能なのか。
「――いいよ、やろう」
いずれにせよこのレクリエーションは人の心を壊し、クラス内の権力を決定づける恐ろしいものだ。消えてしまったほうがいい。
ヱ梨香は顔を綻ばせ、こちらに手を差し出す。
「よろしく、さつきくん」
僕はなんとなく握手は気恥ずかしくて、その手をポンとタッチするだけにとどめた。
分からないことはまだまだたくさんある。けれど確かに僕らは終わりへの一歩を踏み出していた。
♢♢♢
ヱ梨香と別れ、バスに乗り帰宅する。ファミリー層が多く暮らすマンション群の一部屋が僕の家だ 。帰っても両親は仕事で留守にしているし、特にやることもないので、僕はある場所へと歩みを進める。
僕の両親は二人ともテレビ関係の仕事をしていて、父がテレビ局社員、母が放送作家だ。子役になったのも親の職場で突然誰かも知らない子役の代理でテレビに出たことがきっかけだった。
幼い頃はただ演技が楽しくて、その気持ちだけで続けられた。けれど、中学生目前。身長が伸び出したり、声が安定しなくなると、子役としての僕はあっという間に崩れていった。
気がつくと身長は中学入学時ですでに学年で一番高くなっていた。声も一段低くなり、かわいらしさが売りだった福島さつきは完全に消滅した。
周りの男子より少しだけ早い成長期が、僕のキャリアにトドメを刺したのだ。
所属していた劇団を辞める時も未練はなかった。
「あ、さっちゃん! おかえりなさいっ」
「ただいま、
ただ、もうこの人と一緒に演技ができないと思うと寂しかったのだけは覚えている。
純喫茶「ホームズ」。僕の暮らすマンションの一階に入っているカフェ店だ。木製のドアを開けるとふわりとコーヒーの香りが舞う。店内には常連客と初老のマスターがひとり、そして僕の姿を見て駆け寄ってくる巴さんがいた。
ふわりとした色素の薄い髪をひとつにまとめ、細身の体に黒いエプロンをつけた巴さん。かわいらしい顔に薄くメイクをした彼女は昔と比べるとずっと大人に見える。
この店のお手伝いをしている巴さんとは、子役時代同じ劇団に所属していた。去年この場所で再会し、またこうしておしゃべりする仲に戻ることができたのは奇跡としか言いようがない。
何を隠そう、彼女は僕の初恋の相手なのだ。
マスターに挨拶をしてカウンターに座ると、注文する前に巴さんがいつものアイスコーヒーを出してくれる。
「今日入学式だったんでしょ? どうだった?」
クリクリとした目を輝かせて巴さんが言う。僕は迷いながらも口を開いた。
「うーん。ちょっと変わった校風、かも」
言葉を濁した僕に、巴さんはグラスを磨きながら苦笑した。
「嶺和学園は慣れるまでがちょっとねぇ」
「巴さんもそうだった?」
「そりゃあもう。さつきくんが受験するって知ってたら色々教えてあげたのに」
そう、巴さんも一昨年まで嶺和学園に通っていたのだ。それどころか二人のお兄さんも嶺和学園OB。実は僕が受験先をギリギリまで悩んでいた時、偶然この店に来ていた巴さんのお兄さん達に嶺和学園の話を聞いたのが受験のきっかけだったりする。
「さつきくん、あの話覚えているかな? 高校生になったら――ってやつ」
そう言ってクッキーを出してくれるのはここ「ホームズ」のマスター――巴さんの実のおじいさんだ。巴さんはおじいさんの店を昔から手伝っているが、最近は海外留学の準備もあって人手が足りないと嘆いていた。
「はい。親の許可もとったし、学校もバイトオッケーなのでぜひここでバイトさせてください」
マスターにここでバイトしないかと誘われた時、僕はとても嬉しかった。家からも近いし、なにより大好きなこの店で働くことができる。
「やったあ! よかったねおじいちゃん」
「うむ」
そして、初恋の相手であり、今も特別に思っている巴さんと一緒に居られることが、僕の心をより一層弾ませた。
巴さんは来年から海外に行ってしまう。その前に少しでも思い出がほしかった。
「後でシフト決めようね。私がなんでも教えてあげるから!」
「あ、そうだ巴さん。教えてほしいことが……」
「なあに?」
「巴さんも人気投票レクってやりましたか?」
カチャン、とグラスとグラスが触れる音がした。返事がない。巴さんはしばらく黙った後、「やったよ」と答えた。
「学園全体でやってるレクリエーションでしょ? くだらないよねーあれ。さっちゃんもそう思わない?」
「思いますよ! 今日突然始まったんで驚いちゃって。色々知りたいこともあるし」
「じゃあお兄ちゃんたちが作った
「攻略本!?」
僕はカウンターから身を乗り出す。OBが書いた人気投票レクの攻略本なんて、とんでもなく貴重なものだ。
「お兄ちゃんたちあのレク強かったからねー。自分の代の投票結果とか記録してあるの。読む限り激戦よ激戦!」
「すごい! じゃあお兄さんたちと巴さんの三人分のデータをもらえるってこと!?」
そう聞くと巴さんは悲しげな笑顔を浮かべて言った。
「私は全然ダメだったから、自分の記録は残してないの」
「あ……そうなんだね」
「うん! お兄ちゃんに倣ってデータ取ってたんだけどどっかやっちゃった! だからさっちゃんの参考にはなれないかな」
「いやでも経験者ってだけで貴重だし、よかったらまた相談させてほしいです」
「うん! ……そうだ、さっちゃん。これだけは言っておく」
巴さんは神妙な面持ちでカウンターの方に身を寄せて、僕の耳元でそっと呟いた。
「――"ビショップ"には気をつけて」
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