第3話
「秋田さん。まだレクは始まっていませんよ」
ヱ梨香が秋田をやんわりとたしなめる。秋田は少しムッとして「ただの役職紹介じゃん!」と言い返した。
「
秋田に指名されたのは肩まで髪を伸ばした美しい男子生徒だった。彼は至極面倒くさそうな顔をして教室を見渡す。
「俺からは特にないけど。……外進生、何か分からないことは?」
「あのさ、これって俺たち外進生五人は"キング"と同じ五票持ってるってことだよな? 投票の時に五票とも誰か一人に入れていいの? それとも一票ずつ五人に入れなきゃダメ?」
水戸がそれらしい質問をするのを聞いて、僕は内心焦っていた。こんなあやしいレクリエーションなのに、受け入れるのが早すぎる。
「票の使い方は自由だぜ。好きにしなよ」
大希が答えるのを意識の隅で聞く。
「じゃあ他になければ早速――」
秋田の言葉を遮るように、気がついたら僕は立ち上がっていた。
「さつき?」
大希の怪訝そうな声が響くが、僕は俯いたまま口を開く。
「僕はやらないよ。不参加ってことで」
「おい」
「ただのレクリエーションだろ? 一人くらい抜けても……」
「私もやらない」
静かな声で山口も不参加を表明する。教室がざわつき始めた。外進生二人が抜ける、すなわち合計十票が消えてなくなるということだ。
「ねえー! これは外進生との交流を深めるためでもあるんですケド!?」
「だったらこんなこと抜きで普通に仲良くしようよ秋田さん」
「う……?」
突っかかってきた秋田にそう返してニコリと微笑んで見せると、彼女は耳までまっ赤にしてそっぽを向いてしまった。
「言うと思ったけどよ、さつき。無理なんだわ」
「無理?」
大希に聞き返すと、彼はルール説明の一番下の文章を指さした。
"ルール説明を全部読んだ時点でレクリエーション参加に同意したとみなすよ"
「なんだよこれ」
「でも、レクに参加しても票を入れなければ不参加と同じなんじゃ?」
金沢の意見に僕は頷く。やりたくなければ誰にも票を入れなければいい。その結論に達しようやく席に座った僕を、宇都宮がじっと見つめていた。
「票の入れ方は自由です。ただ私たちは外進生にもこのレクに参加してもらいたいと思っています。早くこの学園に慣れるために。なぜならこの人気投票レクは、この学園の中等部一年生から高等部三年生まで全てのクラスで行われていて、生徒会選挙や委員会の人選にも関わっていますから」
「……マジ?」
目を点にする大津の言葉に続く者はいなかった。
「質問がなければ、終礼のチャイムと同時にレクリエーション開始でよろしいでしょうか」
ヱ梨香の意見に反対意見は出ずらチャイムが鳴るまでのカウントダウンが始まる。
十……
人気投票レク?
九……
馬鹿げてるしくだらない
八……
けれどもしも、
七……
レクの結果がクラスでの
六……
権力に直結しているのなら
五……
大希は"キング"で
四……
宇都宮は"クイーン"
三……
秋田が"ナイト"
二……
"ルーク"は清水
一……
では、最下位は?
その時、なぜか僕は右隣の空席が気になって仕方がなかった。
チャイムが鳴る。誰かが小さな声で呟いた。
「人気投票レク、スタート」
♢♢♢
レクリエーションが始まってもすぐに何かが起こるわけではないらしい。これから皆それぞれ学期末の投票に向けて票集めをしていくのだろう。
異様な雰囲気のままクラスメイトたちは帰り支度を始める。今日は入学式とホームルームだけで終了。授業は明日からとなっている。軽いカバンを肩にかけると大希につかまった。
「さつき、一緒に帰ろうぜ」
「あー、ごめん。先約があって」
大希にレクリエーションについて聞きたいところではあるが、僕に注がれるねっとりとした視線には抗えなさそうだ。
「さつきくん? 行きましょ」
視線の持ち主のヱ梨香は笑顔で僕の袖を引く。彼女のお願いとやらの詳細をこれから聞かされなければならない。大希は厳しい目付きでヱ梨香を見るが彼女はスルーを決め込んでいる。
「先約ってヱ梨香かよ……フン、じゃあせめて連絡先だけでも交換しようぜ」
「あ、うん」
大希とIDを交換してから、ヱ梨香に連れられて校舎の外に出る。
「私とも連絡先交換してくれる?」
「別にいいけど……僕は君に票は入れないよ?」
「ひどい。票集めのためにあなたに近づいているとでも?」
「ちがうの?」
ヱ梨香はため息をついてベンチに座った。それに続いて僕もその横に座る。
「外進生から見たら人気投票レクなんて馬鹿みたいでしょ」
「うーん、まあね」
「でもこの学園にはそれが必要だった」
ヱ梨香は空を見上げて、人気投票レクについて語り始めた。この学園には昔から複数の上流階級の子どもが通っていること。その子どもたちが自然と学園で権力を持ってしまうこと。そして、一般家庭の子どもはその権力に抗うのが難しいということ。
「全てが生まれで決まってしまう。それを避けるために人気投票レクは生まれたと聞いているわ」
ヱ梨香が言うには、家柄や親の職業関係なく「人気」だけで決まるこのレクリエーションのおかげで、一般家庭の生徒が上流階級と同じ舞台に上がれるようになり、生徒会など重要なポストにもつけるようになったということらしい。
「だから僕も一般家庭育ちならレクに参加しろって言いたいんだ?」
「ちがう!」
ヱ梨香は即否定し、僕の目をまっすぐ見て言った。
「人気投票レクが必要だったのは昔の話。今はちょっといい育ちの生徒だって大きな顔したりしない。時代錯誤のレクリエーションなの。だから私、私は……このレクを終わらせたい」
それは予想外の言葉だった。僕は思わず目を口をあんぐり開ける。
「え、でも。どうやって?」
学園全体でレクリエーションという名目で行われているのだ。やめろと言ってやめるクラスはないだろう。ヱ梨香は眉を寄せて頷く。
「学園全体に今すぐやめさせるのは厳しいと思う。でも、まずうちのクラスだけなら、このレクを終わらせる方法がひとつだけある」
「それ本当に? そもそもヱ梨香はどうしてレクを終わらせたいんだ?」
僕の問いにヱ梨香はパッと顔を上げる。そしてふと口元を緩ませた。
「ふふ。ヱ梨香って呼んでくれるの」
「え? だってそう呼べって……」
「うん、そうだよね。ありがとう。私……みんなに距離を置かれているみたいで、呼び捨てで呼んでくれる人いないんだ」
そういえば男子に『ヱ梨香さま』と呼ばれているのを聞いた。オーラのある外見のせいで近寄りがたく思われているのかもしれない。
「本当は一人いた……名前で呼んでくれる友達。
「僕の、隣? もしかして空席だったところ?」
「そう。でもね」
ヱ梨香はそこまで言ってジワリと涙を浮かべる。その様子に僕はなんとなく嫌な想像をしてしまった。
「彼女は……人気投票レクで最下位になって、学園に来なくなってしまったの。もう一年も」
「え? ちょ、ちょっと待って」
聞き捨てならない言葉に今にも涙をこぼしそうなヱ梨香に詰め寄る。
「票数は分からないようになってるってさっき!」
「本来ならそうなの! でもっ……あの時はなぜか、全票数が載っているリストが
「流出……!?」
「どこが出どころかは分からない……でもそのリストのせいで若狭さんは悲しんで」
ひどい話だ。誰だって自分がその立場だったら登校したくなくなるだろう。
「優しくて繊細な子だった。友達だったの。なのにあんなことになって……」
「だからレクを終わらせたいんだ?」
僕の言葉にヱ梨香はコクリと頷く。涙の粒が彼女の膝にこぼれた。僕はヱ梨香が泣き止むのを待つ間、ベンチから遠くの景色を見ていた。
「分かった、聞こう。うちのクラスでレクを終わらせる方法を」
ヱ梨香の目がまん丸になり、それからきゅっと細くなる。ああ、この笑顔が彼女の本当の顔であればいいのに。僕は黙ってヱ梨香の話に耳を傾けた。
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