第2話
大希の机に影がかかると同時にそんな声が降ってくる。ヱ梨香だ。無表情で見下ろしてくるヱ梨香に大希は舌打ちで応えた。
「ヱ梨香……なんの真似だ」
「いくら"
「すり寄るだと……!?」
ガタリと大きな音を立てて大希が席を立ち、一触即発のにらみ合いになる。一体何が起こっているのか分からない僕は固唾を飲むことしかできなかった。
ただ分かることはこの二人の相性が良くないということだけ。
数秒後、チャイムが鳴る。担任教師が教室に入ってくるのを見て、ヱ梨香は席に戻っていった。その際チラリと僕に視線を送って。
「目ぇつけられたな、お前」と大希がボソリと呟き、僕は耳を疑った。
「お前がわがまま言って席変えたりみんなを変に威嚇するからだろ」
ホームルームを続ける担任の目を盗んでコソコソ話を続ける。
「ふん、わがままね」
大希は鼻を鳴らした後、真剣な表情を僕に向けて言った。
「いいか、さつき。俺につけ。そうしたら絶対に守ってやる」
「はあ?」
「まあ……今に分かる」
ポカンとする僕を尻目に大希は静かになった。こいつはこんなに訳が分からないやつだっただろうか。
昔はもっと思ったことをすぐに口に出すタイプで……いや、そこは変わっていないかもしれない。
ホームルームで今後のスケジュールや授業計画が説明された後、簡単な自己紹介の時間が始まった。
「
ヱ梨香の自己紹介が終わると一際大きい拍手が起こった。随分人気があるようだ。
綺麗な顔立ち、スラリとしたスタイル。見た目はとても素敵な人だとは思うけれど、先ほどの大希への態度がどうも気にかかる。
それに僕に対するお願いというのも気が重かった。
「
黒制服の金髪男子が元気よく自己紹介をする。どうやら見た目が派手なタイプのオタクらしい。
「
「えー今度買い物行こうよ!」
「いいね、行こ行こ!」
黒制服のギャルは大津と名乗った。早速周囲と打ち解けているのを見るとコミュ力が高そうだ。しばらくして大希の番が回ってくる。
「
大希の自己紹介の後、ヱ梨香に負けない大きな拍手が起こる。担任は大希の席が変わっていることに気がついていないのか、何も言わなかった。
しばらく待って僕の番がきた。
「福島さつきです。Y中学校出身です。趣味はチェスとか将棋とか。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げると大希が大げさに拍手をして、みんなもそれに合わせて最終的に大きな拍手がわき起こる。
なんなんだ、この感じ。先程もそうだがまるでみんな大希のいいなりじゃないか。眉をひそめて大希を見るが無視されてしまった。
「
インテリ風の黒制服男子――水戸は爽やかな笑顔を浮かべて言った。
「
よろしく、と消え入りそうな声で自己紹介をしたのは黒制服の小柄な女子、山口。黒いボブヘアーにゴシック調のヘアピンをいくつもしている。
これで外進生はみんな自己紹介を終えたことになる。
「それではこの後皆さんだけのレクリエーションの時間となります。一人一台タブレット端末を配るので動作確認してね。このタブレットは授業でも使うからなくしたり壊したりしないように」
担任はそう言って一人一人に小型タブレットを配り始めた。両手のひらより少し大きいサイズのそれにはあらかじめクラスと名前のシールが貼られている。
僕は首をひねった。今レクリエーションと言っただろうか。新しいクラスで親交を深める企画でもするのかと考えたが、すぐにその思考は的外れであったことに気がつく。
担任が教室を去ると同時に、タブレットのアプリが勝手に起動する。シンプルな絵文字の笑顔の下に表れたのは、「人気投票レク」という文字だった。
「ん……人気、投票?」
その子ども向けのかわいらしいフォントに呆気に取られる。
「外進生は初めてだから隣の席のやつがサポートしてやれよ!」
大希がクラスに呼びかけると、黒制服に一人ずつ白制服が寄り添った。大希も椅子を引きずって僕のすぐ横に移動してくる。
「なあ、これがレクリエーションってやつ? なんのアプリ?」
「とにかく読め」
大希がタブレットをタップするのを見て僕も真似をする。次に表示されたのは、◆ルール説明◆と書かれたページだった。
――――――――――
◆ルール説明◆
〈人気投票レクの基本ルール〉
・クラスの中で好きな人に投票しよう。役職者以外は基本、一人一票だよ。
・投票やルール確認は学校配布のタブレットから行ってね。アプリは事前にインストールされているよ。
・自分に投票はできないよ。ただし役職"ビショップ"を除く。
・前回の人気投票でTOP4だった人は以下の役職を得るよ。
"キング"……前回一位。一人で五票持つ。
"クイーン"……前回二位。一人で四票持つ。
"ナイト"……前回三位。一人で三票持つ。
"ルーク"……前回四位。一人で二票持つ。
・クラスに一人、人気投票の監視役の"ビショップ"がいるよ。"ビショップ"は必ず自分に投票しないといけないよ。"ビショップ"は自分が"ビショップ"だと言ってはいけないんだ。
・人気投票は年二回、前期末にプレ投票を行い、後期末に本投票を行うよ。
〈特別ルール〉
・高等部一年になったら、よその中学校から受験して入ってくる"外進生"がいるよね。でもその人たちは初めましてだから人気投票では不利なんだ。
だから、"外進生"は高等部一年の間だけ一人五票持つこととするよ。
人気者になれるよう、みんな友達には親切にしようね。
――――――――――
「なんだ……これ?」と水戸が呟くのが聞こえる。僕は読み進めてハッとした。
『いくら"キング"とはいえ――』
先程ヱ梨香が大希に言った台詞を思い出したからだ。では、このルールに書いてある"キング"とは大希のことなのか。
「どういうことー? まさかこれ毎年やってんの?」
大津のもっともらしい問いかけに彼女の隣の席の女子が「うん、そうなの」と答える。
「レクリエーション……だよな? みんなで競って"キング"目指そうとかそういう感じ?」
金沢はイマイチ内容を掴んでいない様子だ。
その時、ふいに空気を変えるひと言が放たれた。
「これ、ビリになったらどうなるの?」
静かな声色で山口が呟いた。途端、教室が静まり返る。そのピリつく雰囲気に僕はえもしれぬ不安感を抱いた。
山口の疑問はもっともだ、人気投票のトップがいるということは最下位だっている。もし最下位になった場合、深く傷つく生徒が出るのではないか。
「なにもありませんよ」
疑問に答えたのは山口の隣の席の――
「このレクは人に親切にして良い印象を持ってもらおうという趣旨のものです。獲得票数は公開されませんし、結果はTOP4の役職しか公表されませんから。決して最下位を決めるためのものでは――」
「ふーん、綺麗事言うじゃん」
その時、突然宇都宮に噛みついたのは、栗色のショートヘアを持ち白いジャージを羽織った女子……空手部の
「"クイーン"のあんたがどれだけ票集めに必死か、内進生はみーんな知ってるけどね。またあんたと同じクラスだなんて、ツイてないや」
「秋田さん……」
「あたしは去年あんたに負けちゃったけど、"ナイト"の役職で満足してないよ。みんな! 今年はあたし絶対に全国優勝するから。そうしたらあたしに票ちょうだいね!」
それを聞いて僕は仰天してしまった。
もう票の取り合いが始まっている! これは本当にただ良い印象を持たれるためだけのレクなのか?
僕は思わず大希を見た。"キング"と呼ばれた大希はつまり前回の人気投票で一位だったということだ。それならば周りの伺うような反応にも納得がいく。
けれど、その反応が
まさか、このレクは。
クラス内の権力と直結しているとでもいうのか。
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