一、白と黒の入学式
第1話
――
僕、
校舎は全館冷暖房付き、自動ドア付きなのはもちろんのこと、豪華な食堂や大きすぎるプールもある。平凡な家庭に生まれた僕には縁のない、いわゆるお金持ち学校だ。
新しい制服に腕を通し入学式に臨んでいる今、ようやく自分の場違い加減に気がつく。周りの生徒たちはいかにも人生の勝ち組の卵ですと言わんばかりのオーラを放っており、一緒に並んでいるだけで圧倒されてしまう。
――そして、この居心地の悪さにはもう一つ明らかな原因があった。
広々とした体育館アリーナには中等部からエスカレーター式で入学した生徒たちが大勢いて、その全員がまっ白な制服を身に付けている。
対して僕はというと、ジャケットもズボンも靴も髪も全てが
入学前から説明はあった。今年から制服のデザインが一新され、新入生の制服は黒になると。そして中等部と高等部の制服はネクタイ以外共通のため、これまで白を着ていた生徒はそのまま白を着続けることも可能だと。
理解はしていたが、僕のような黒い制服を着ている外部からの高校受験組がこんなにも少ないとは思ってもいなかった。
受かったことに安心して合格者数を確認していなかったのが悔やまれる。俯瞰で見たらきっとまっ白な紙にポツリポツリと墨が垂れているように見えるだろう。
肩身の狭い思いで入学式を乗り切りクラスへ向かっていると、近くにいた男子たちに声をかけられる。
「よ、黒かっこいいよなあ。
「白は汚れが目立つからってクレーム入れたのは
「えっと、外進……内進って?」
メガネをかけた短髪の男子が「ああ」と気づいたように答える。
「内進生は内部進学生の略な。白い制服着てたらそう。中等部からそのまま高等部に上がったやつ。外進生は外部から受験で入ってきたやつのこと」
「うちの学園ではそう呼んでるんだ」とひょろりとした男子が付け加える。
なるほどつまり白制服を着ていたら内進生、黒制服を着ていたら外進生と呼ぶらしい。制服だけでなく呼称まで分けられているということだ。
「そう。そして、」
その時、背後から凛とした声が響いた。
「今年の外進生はたったの十四人……」
その声の持ち主は僕の横を通り過ぎ、真正面に回る。「わっ」と先程まで話していた男子が飛び上がるのが視界の端に映った。
「
僕の目の前に現れたのは、白い制服に身を包んだ、艶やかな黒髪を持つ女子生徒だった。腰まである長い髪がサラリと揺れる。
ヱ梨香と呼ばれた彼女はまるで女優のようなオーラを放っていた。
キョトンとする僕にヱ梨香はニコリと微笑みかけ、言った。
「受験という狭き門を潜り抜けて、ようこそ嶺和学園へ。福島さつきくん」
「あ、どうも……」
なぜ僕の名前を知っているのか。尋ねようとしたがすぐにやめた。周囲からの突き刺さるような視線を感じたからだ。
「さつきくんって呼んでもいい? 私はヱ梨香でいいよ。クラスは1-Aよね? 私もなの。一緒に教室行かない?」
「え」
名前だけでなくクラスまで知られている。僕は話の途中だった男子二人を横目で見た。すると彼らはなぜかそそくさとその場からいなくなってしまった。
ヱ梨香はスラリと長い足を一歩踏み出して僕を促す。
「大変だったでしょ? この学園に合格するのは。どうしてここを選んだの?」
「知り合いに勧められて」
「へえ」
妙な感じだ。僕たち生徒は今、入学式を終えて一斉に教室に向かっているはずなのに、彼女と僕の周りだけポッカリと人が近づかないスペースができている。
訝しむ僕を気にも留めず、ヱ梨香は話を続ける。
「福島さつき。五月一日生まれ。趣味はチェス、将棋。特技は演技全般。得意な教科は――」
「待って待って。何を見て言ってるんだ」
突然僕の個人情報をサラサラと言い連ねられ、慌てて彼女が見ていたスマホの画面を確認する。
「随分とかわいらしい子役だったのね」
それは子役時代の僕のプロフィールだった。小学生の僕が笑顔を向けている写真付きの。
「……昔の話だよ。こんなの」
子どものうちから演技指導を受け、舞台やドラマの子ども役で活躍し、キャリアを積んで立派な俳優に。なんてほんのひと握りの存在だ。現に僕は小学生でその道から逃げ出したただの凡人。
僕が顔を背けると、ヱ梨香は興味深そうに僕の顔を覗き込んだ。
「あなたにお願いがあるの」
「僕に?」
「詳しくは今日の学校終わりに話すから」
そんなことを話している間に教室に着いていたらしい。ヱ梨香はさっさと教室に入っていってしまった。
元子役であることを知っていて、その僕に頼みごととは? まさか芸能人のサインでも貰って来いとでも言うのだろうか。彼女の狙いがよく分からない。
首をひねったその数拍後、教室の入口で突っ立っていた僕の首に太い腕が回る。
「ぐえっ」
「よお、さつきだろ? 久しぶり」
背後からスリーパーホールドをかますその顔を見て「あっ」と声が出た。短く整えられた黒髪に、強い眼光を放つ少し垂れた目。そして白い制服の上からでも分かる大きな体躯。
「
「そう言うお前も背ぇ伸びたな。相変わらず俳優顔だし。まさか高校からこの学園に来るなんて」
大希は僕の顔を見て、そして声を潜めて言った。
「気をつけろよ」
「え?」
「この学園には特別な
パッと首を解放されると同時に、大希も教室に入っていく。昔なじみとの感動の再開にしてはあっけない。
ルールという言葉が気になりながらも教室に入る。どうやらほとんどのクラスメイトはもう揃っているようだ。
まっ白の制服の集団の中に黒が僕以外に四人。つまり外進生はたったの五人。
机は縦六列横五列に並べられ、一番後ろのだけ六列になっている。名前順に決められた席を確認すると、一番後ろの右から二列目だった。
右隣は今日は空席のようだ。教師はまだ来ていないのでカバンを置いてゆっくりと席につく。
大希は一番前の席で周りの生徒としゃべっている。ヱ梨香は窓際の真ん中で、静かに本を読んでいた。
教室を見渡すとやはり黒い制服がとても目立っている。男子は僕以外に二人。フレームレスのメガネをかけた頭の良さそうな男子と、金髪の派手な男子。
女子も二人。黒いレースのヘアアクセサリーをつけた小柄な女子と、黒い制服を早速着崩しているいかにも陽キャなギャル。
「あ、さっきの……」
ふと左隣から声がかかる。見ると先程ヱ梨香に会うまで会話していたひょろりとした男子がいた。
「ああ、同じクラスだったんだ。僕、福島さつき。よろしく」
「う、うん。よろしく。俺は――」
その瞬間、彼の自己紹介を遮るようにバンッと彼の机にカバンが乗った。教室が一気に静まり返る。
「
「え……」
田辺と呼ばれた彼を威嚇するように見下ろしているのは大希だった。
「おい大希、何してるんだよ?」
思わずたしなめると田辺はなぜかギョッとしてバタバタと荷物を持って一番前の席に行ってしまった。
「大希、」
まるでそれが当たり前かのように隣に座る大希は僕の呼びかけに応じることなく、強い力で僕の肩に腕を回した。
「おいお前ら。こいつは俺の幼なじみだ。だから……
大希に注がれていた視線が僕に集まり、ヒヤリとしたものが背筋を伝った。
「ど、どうしちゃったんだよ急に」
「その必要はありません」
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