38、竹とり物語

翌朝、存在がすっかり頭から抜けていた粘土板へ向かうと、強い雨が一時だったお陰でなんとか無事に形が残っていた。

ただ所々クレーターのようなヘコミが出来てしまって水も少し入っているので、角の一部を削り、水を出した後表面をなでつけて補修をする。


いやー、完全に忘れていた。

降る前にシートをかぶせておくべきだったなと反省。

ぐちゃぐちゃに崩れていなくて良かった。

ただ、乾燥はやり直しだな。


今は午前七時。水はよく引いている。

数日前に石を積んだときよりも、海水の引きが大きい。干満の差が大きくなっている。

今日がこの世界へ来て12日目だから、干満の差が大きい大潮の時期に入ったのかもしれない。

大潮は魚の活性が上がると言うが、罠に魚が掛かっている様子が無い。悪天候で沖の深い所に行ってしまったんだろうか。そこまで水が濁った感じはしないんだけれど。

一般的には水温が下がると沖に魚が行ってしまう傾向があるはず。冬の漁難しいかもしれないので、秋のうちに魚をたくさん捕っておきたい。


大量になる日が来ると信じて、干物小屋を早く作っていこう。

あと薪小屋。


その為にせっせと材料を集めないと。




ネモさんの手記を頼りに、キャンプから北の山に入っていく。

キャンプの南に川があるから、そちらばかり歩き回って北側には初めて入る。

北側も豊かな森なのには変わりが無いが、キャンプから南はどちらかというと山全体が丘に近い高さしか無いのに比べ、北側は山地がすぐ東に迫っている。杉や檜などといった針葉樹も北側の方がすぐ見つかる。

山に少し登るだけで、南側で感じていた南国味があっという間に無くなってしまう。

そういうものなのだろうか。まあそうなんだから仕方が無い。


それにしてもこんなに近くに杉檜があったら、春になると花粉が多そうだ。まだギリギリのところで花粉症にならずに済んでいるが、今度こそ花粉症になりそう。

時々。まだ時々だが目がかゆかったり鼻水が出たりするんだ。

くしゃみは出ないから、まだセーフだと信じている。


山の方も観察しながら、緩やかな山裾を歩く。森の方では無く、山の方にもちょっと入ってみたら急に道が険しくなって一気に「山」になっていった。

装備も時間も無いので今のところ登山はする気が無いけれど、結構高い山が多い。

夏になってもまだここにいて、余裕があったら登ってみたい気もする。


「ご主人、山に登ってみたいとか思いましたか。駄目ですよ、準備不足です。準備不足は危ないですよ。体力は十分ですか。以前無計画に山に登って、いや装備は調えてましたけどね。体力的な準備が十分じゃ無くて、ひどい筋肉痛になって帰りのパーキングエリアで、二晩車中泊する羽目になったのをおいら覚えていますよ。ずっとうめいてたじゃ無いですか。今チャレンジすると、またああなりませんか。最近は山歩きしてるから、なんて舐めてかかると痛い目を見ますよ」


……もうそんな無茶しないよ。

それにそれは五年も前の話じゃ無いか。

そんな前から記憶があるの?


「意識は薄くても覚えてるもんなんです。ご主人、安全第一ですよ」


はい。その通りです。

あの時の筋肉痛は人生最大のピンチだったからね。パーキングエリアで遭難するかと思った。気をつけます。



さて、手記によるとキャンプから北へしばらく行って、東の山との境目くらいに竹らしき物があるはず。

もし竹が無くても、辺りに生えている真っ直ぐ伸びた針葉樹なら柱にしやすいし、小屋を作りたいときにぴったりだと思う。


ただ切るのが大変そうだな、と言うだけで。


薪用の斧と鉈、折りたたみのノコギリで一本切るのにどのくらい掛かるだろうか。腕程度の木を狙えばいけるか。甘いか。斧や鉈での伐採なんてやってみたことが無いから分からない。

手首くらいの椿や楠ならよく剪定してたからいけるんだけどな。しっかりしたノコギリがないのが問題かもしれない。




時間にして三、四十分くらい歩いただろうか。直線距離でおそらく二キロはなかった。

そんなすぐ近くに、竹の群生地があった。

竹……だと思う。

三十センチ間隔くらいで節があって、折れて中が見えるものを観察すると空洞になっている。

うん、竹だ。

ただ私の知っている竹と違うのは、ネモさんの挿絵の通り竹がお辞儀をして先端が地面に埋まっているものがある。

まだ埋まるほどではないものや、下がりきっていないものもあるので、成長するに従って頭を垂れて地面の中に刺さるようだ。でも凄く立派な竹で真っ直ぐなのもあるな。どういうことだろう。

仮定と推測だらけの仮説の限界。分からぬ。


大変不思議な感じがするが、ここは異世界。

この世界の竹は、こういうものなのだ、きっと。


よく見ると節が一重なものと二重なものがある。

二種類の竹があるようだ。孟宗竹と破竹かな。知っている竹は上に上にと伸びていくが。


違うと分かっていても、どうしても知っている何かに当てはめたくなってしまう。

頭の柔らかさの限界、かな。

だって知らない物は不安だし。


まあいいんだ、不思議な竹だって。これは竹。重要なのはそこだから。


さて、竹取のおうなしますか。



でーてこい、出てこい出てこいかぐや姫ー

姫様出てこい、出てこい出てこい〜


歌いながら竹を切っていく

何本か切ってみた結果、アーチ状に折れ曲がっている竹は、切れ込みを入れた際の跳ね上がりが大きく、危ないことが分かった。

勝手にはじけてくれる分、多少早く切り倒せるが、たわみを解消しようとする力が大きいので、思わぬタイミングで弾けて割れて、危ないこともあった。

自然にたわんでいても、戻る力はあるようだ。


また、先が埋まっていると一本につき二回切らなければいけないのがネックになる。長さを揃えるのも合わせると三回切らなければいけない。

逆に真っ直ぐだと、切りながら倒せるだけの空間が無いと水平切りだと刃が挟まって限界になってしまう。切りにくい。

しかし思い出して真っ直ぐなものを繊維に沿って斜めに切ると、ノコギリの歯が挟まりにくくそのままストンと下に落ちてくれる。


これは地元の竹藪整備の時に教えて貰った方法だけれど、役に立ったな。

地域の竹藪整備は、人手を提供するか資金を出すか選べるんだけど、自分で参加しておいて良かった。



さあどんどん切っていきますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る