36、採取生活忙しい

明け方、まだ日も昇りきらないうちに石干見漁の罠をチェックすると、アジが3匹掛かっていた。大型とは言えないが十分食べられるサイズ。

内臓の処理など海で下ごしらえをし、開いてから海水を汲んだバケツに入れておく。

そろそろ塩も節約しないといけないので、ドブ漬けだ。ドブ漬け。


少しずつ満ちてくる海を見ながら、ゆっくりラジオ体操で身体を解す。

きもちいい。

西側の海岸にいるので昇る朝日は見えないが、反対を向けば山の稜線がキラキラ光るのが見える。

それほど高い山には見えないが、それでも少し西側の方が日の出が遅い。朝の涼しい風が身持ち良い。


「あ゛ーーー今日も元気に行きますか〜」

ぐーと最後にしっかり伸びをしてから、軽く粘土板の様子を見て斜面を登る。

バケツの中には海水からあげ、水を軽く切ったアジの開きが三枚。

一尾はブランチにして、残りは干物も作ってみよう。

昨日のイカも残り半分の上の部分は干しておかないと。

因みにげそは昨日のうちにバター炒めでいただきました。大変美味しかったです。

パジェ君も満足していたし、スラちゃんも今度は一緒に取りに行く!と張り切っていた。


虎の子のバターを使ったお陰で、イカのうま味とバターのコク、ピリッときかせた胡椒が最高だった。丸ごと食べてしまいたかったけれど、上の部分はちょっとだけ味見して、残りの分はグッと我慢して開いて一晩冷蔵庫で寝かせてある。


イカの上の部分ってなんていう名前なんだろう。

頭や胴体って本当は足と一緒に取れる目玉の辺りを指して言うんだよね。上の部分はどういう名前?長い胴体?ヘルメット?

まあいいや。



「あ、ご主人どこに行ってたんすか、心配したんですよ。起こしてくださいよ、お供しますから」

「ぴゃぴゃぴー!ぴゃんぴゃぴゃぴゃ!(一緒に行くっていったのに!おいていかないで!)」

「ごめんごめん、早く目が覚めちゃって。二人とも凄く気持ちよさそうに寝てたからさ。ほら、お土産」


もって来た魚を見せると、二人ともちょっと不満を残しつつ、まあ納得してくれたようだ。

不満と言うよりは心配かな。申し訳ないから、今度からは一応声をかけよう。

でも本当に可愛い寝顔ですやすやしてたんだよね。スピーッて言いながらさ。

アレはイビキじゃ無いけど、完全に寝息だと思う。呼吸していないかと思ってたけど、やっぱり呼吸はしてるのかな。よく分からない。

まあ、かわいいは正義です。

寝顔可愛かったよ。寄り添って寝る可愛い生き物。イイネ。



さて、ご飯の前に干物作っちゃいますか。

といっても、細い枝を通して、風通しの良い枝に引っかけておくだけだけど。

腐らずちゃんと干物になると良いけど。



朝食代わりに残り物のハーブサラダと紅茶をいただく。

紅茶もうなくなるし、コーヒーはもう無いし、飲み物が寂しくなってきた。

枇杷の葉茶、桑の葉茶の用意を急がないと。

と言っても今は乾燥させるくらいしか出来ないんだけど、それでもいけるだろう。一度蒸した方がまろやかなお茶になるとかなんとか。まあ色々試していこう。


今は大きな石の上にそのまま葉っぱやキノコを置いているけれど、乾燥用のカゴか網欲しいな。風で飛ぶかもしれないし、雨が降ったとき片付けやすいし。

作った保存ものを入れる容器もいる。ザルとボウルは一個しか無いし作るしか無いか。

魚の付け合わせに使う葉っぱ系果実系を探しながらふと思う。

保存用に乾燥ハーブも作ったほうがいい。


色々やることあるけど、憧れの超スローライフだ。

自給自足のスローライフが忙しいなんて、もはや常識だし。楽しんでいきましょう。そうしましょう。


移植の準備も進めないと。

適当に移植すると、ミントに蹂躙された実家の花壇みたいになるし。鉢植えが良いな。



「ぴゃぴゃーぴ(これ食べていい?)」

パジェ君と一緒にハーブを探しつつ辺りを散策していたはずのスラちゃんが、見覚えのある実をもってきた。一見すると安納芋のように少し紫がかった茶色で、上から下までバックリ裂けている。なんだか悪役で出てきそうな見た目。

中には白いワタと、ゼリー状の実に包まれた種がぎっしり詰まっている。アケビだ。

「凄いね、どこで見つけたの?」

調べてみても毒は無さそうだし、見た目が完全に知っているアケビと一致している。

田舎でよく見る、秋の楽しみの一つ。

分け合って味見をしてみると、ほのかな甘さ。凄く美味しいというわけじゃないんだけど、酸味は無く素朴なおいしさがある。うん、アケビだ。



「いいよー落としてー」

木の上の方に呼びかけると、ぴゃ〜と返事が聞こえる。

アケビほど見つけやすい大きさのものをどうして見逃したのかと思ったら、頭のずっと上、木に巻き付いたその先で結実していた。

気付かないわけである。

むしろ気づいたスラちゃんが凄い。


そのスラちゃんは粘菌のように平べったく広がって、木を上れることを初めて知った。

ズリ、ズルル、と幹を這っていく様は、RPGに出てくる初級モンスターじゃなくて、ダンジョンの天井から垂れてきて襲ってくるやっかいなモンスターのスライム。そんな感じ。

まあそんなスラちゃんもかわいい、かな。大きくなったり液状化したり。形状が色々あるんだと感心してしまう。


そう言えば元のウォーター粘土は、最初かなり水っぽく柔らかかった。何度も揉んでいる内に、水分が減って段々形を作って遊べるほどになったけれど、最初の方は手にはくっつかないものの、水飴みたいな緩さだったな。

それが関係しているのか、妖精の性質なのかは分からない。


まあ形状は自由自在みたいだから、どっちでも良いんだけど。

深いことは考えません。答えが分かるはずもないので。



スラちゃんが木の上から落とすアケビを一個ずつキャッチしていく。

「ゆっくり、ゆっくりおねがい!」

嘘です、半分くらい下に落ちてから拾っています。

7、8個取って貰った所でストップをかけてスラちゃんを呼び戻すと、アケビを落とすのと同じ要領で、スラちゃんが落ちてきて驚いた。

慌てて両手でキャッチして、腕の中を見るとスラちゃんは楽しそうに笑っている。

多分地面にそのまま落ちたところで怪我なんてしないんだろうけど、こちらの寿命が縮むよ。

あーびっくりした。


腕の中に落ちてきた時にほとんど重さを感じなかったのは、さすが妖精だな、と思う。


とはいえ、無茶は駄目だよ。

ほんと。私の為にもやめて欲しい。

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