30、最後の年の一日目

カレー事件と呼ぶべきか、ワラトンボ事件とでも呼ぶべきか。とにかく驚いているうちにすっかり日が高くなってしまった。

何気に朝のルーティーンになっていたラジオ体操を今更だが行っておく。

今日も始まるぞ、と身体に自覚させないといけない。アラフォーに元気よく飛び起きて走り出す力を期待してはいけない。

入念に準備してこそ、元気に過ごせるのだ。

筋肉さん、心臓さん、今日もよろしく。


朝のルーティーンで出来なかったことがもう一つ。

日焼け止めがなくなってしまった。

元々使いさしの物だったししょうがない事だけれど、コレは痛い。

洗面所に置いてきてしまった買い置きの日焼け止めを取りに戻る事も出来ないのが悔しい。

40手前になると、シミに抗う力は無いのですよ、増えるばかりで減りませぬ。どうしようかな。

どうしようも何も、ないものは無いので帽子で頑張るしかないけれど。

背中まである髪をおろしておけば、首の後ろの日焼け対策にはなりそうだが、いかんせん邪魔すぎる。

前髪もないのでふくよかな貞子さんみたいになってしまう。

頭のてっぺんの団子を低い位置に変え、帽子を深く被る。ぎゅっと下ろされた広い帽子のツバで視界が狭い。


日差しは真夏ほどギラギラしていないし、初日と比べて体感で分かるほど空気も涼しくなってきた。まさに秋が深まるといった感じ。

紫外線も弱くなってくる季節だと良いけど。


日本で生まれずっと住んでいるから、当たり前のように四季があると考えてしまっているけれどそれすらも定かじゃ無いのだ。冬の方が紫外線が強いことも無いとは言い切れない。



「この生活、何日続くんだろう……」


思わず本音が漏れてしまう。


いかんいかん、この台詞は弱気を招くぞ。

メンタル大事、ポジティブ大事。

服も着ているし、水もあるし、火もあるし、テントもある。

生きている人間は会っていないけど、楽しい仲間もいる。

無人島でも海も山もあって豊か。

大丈夫大丈夫。

楽しんでいこう。

うん、楽しい。

落ち込む暇が無いくらい不思議体験てんこ盛りで楽しいぞ。


今日は何日だ、十月三日か。良い日じゃ無いか。

時計に小さく表示されている日付を確認した。この時計は一昨年誕生日プレゼントで貰ったもので、自動巻き。防水。無骨で攻撃力が高そうだから気に入っている。何より丈夫なのがいい。

一度二度、うっかり洗濯してしまったが故障ナシ。

たのしいキャンプ生活にぴったりです。

ありがとうよ、妹。

今年のプレゼントを受け取れなくて残念だ。

多分今年も、用意してくれているよね。


今日、誕生日だもんね。


結城穂積(38)、改め結城穂積(39)無人島でバカンスしています。


まさか三十代最後の年が異世界で始まるとは思っていなかった。

人生何があるか分からなくて、楽しいなー。



さて、気分を盛り上げた所で。森でサラダを採取しつつ、木の実なんかも探しますか。



「ご主人様、お出かけの前にこの大豆にもう少し、土をあげてもよろしいですか」

採取用の道具やバケツを用意していると、ワラさんが声をかけてきた。

「山神様に貰った土のこと?」

「はい、あのキラキラした土です」

ワラさんには土がキラキラして見えるらしい。私にはただの黒い土に見えるんだけど。

「どのくらい?」

「一つの種に、もう一握りほどずつお願いします。そうすればすぐに大きく育つことでしょう」

わたくし、なぜだか分かるのです。身体がこまい縄だからでしょうか。


農業のための縄、神事のための縄、門松に使う縄。どれが関係しているのか分からないけれど、そう言う事もあるかもしれないね。

不思議に関しては一旦そういうもの、として理解しておこう。

そうしないと何も出来ない。


言われたとおり一掴みずつ土を追加して、あとはワラさんにお任せをする。

水鉄砲遊び(スラちゃんが撃ち、オニ君が華麗に避ける)をしていたスラちゃんに声をかける。

しかし今日は、ここで遊ぶ。と断られてしまった。

オニ君と遊ぶのが楽しいらしいけれど、ちょっとショック。スラちゃんが付いてこないなんて。

「じゃあ、スラちゃん行ってくるね。オニ君ワラさん、スラちゃんはまだ性格が子どもだから、よろしくね」

お任せください、の声に送られてキャンプから出発する。


……。

「ご主人、元気出してください。おいらはどこへでもご一緒しますよ」

パジェ君を抱き上げて撫でると、見た目よりもふわふわした毛が気持ちいい。

もうこのまま今日は抱っこして歩きたい気分。




自分で歩きます、と腕からするりと逃げられたけど、気を取り直していきましょう。


あ、イチイの木がある。コレは祖父の家に植わっていたから覚えている。厳密には違うかもしれないけれど、石チェックでは毒も無いようだし、思った通りほのかに甘い。

グミの木も見つけた。ガマズミも発見。コレも祖父の家にあった。

祖父の家には孫達が喜ぶから、と、食べられる実が付く木がたくさんあった。無難に金柑が一番のお気に入りだったけど、ありがとうおじいちゃん。良い思い出だからしっかり覚えているよ。


この毛虫みたいなちょっと気持ち悪い実はクワかな。葉っぱもいただいていこう。桑の葉茶に出来る。毛虫と目(?)が合った。毛虫は流石に嫌なので早めに離れておく。桑は蚕の餌というイメージが強いけど、それ以上に毛虫が多いことで有名だ。そこは日本と一緒なんだな。

お、枇杷発見。季節が違うから実はないけれど、葉っぱが良いお茶になるから貰っておこう。


ノートに木の実と特徴を書き込みつつ進んでいくと、予想以上に食べられるものが多い。

やっぱり元は集められたものかもしれない。

ほくほくしつつ、ヤマモモを発見してさらにテンションが上がる。

実家に二十メートル級の大木があって、毎年落ちる実の掃除が大変なんだよなコレ。庭に甘酸っぱい匂いが充満しちゃって、虫もよってくるし。とはいえ美味いので毎年楽しみにしている。


知っている木や、実を付けた木はやはり目を引くので順番に調べておく。中には石が真っ赤に光りその後点滅するという、如何にもヤバい反応をする実もあって驚いた。

さっき青く光ったやつと見た目ほぼ一緒なのに、何その反応恐い。


「ご主人キノコっす」

パジェ君の呼ぶ方には食べると大きくなりそうなキノコが3本生えていた。

それ、完全にベニテングダケ……

一応石を当ててみる。

何故か青色に光る。


え、食べれるの。

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