23、6日目の夜。
すっかり夕方になってしまった。
太陽が今にも海に隠れてしまいそうな時間。日本にいたときも含めて、水平線の彼方へ沈む夕日を見るのは初めてだという事に今更ながら気付いて、見とれてしまう。
もうすぐ夜が来る。
何回目の夜だろう。六回目か?あしたで七日目になるのか。
ああ、日本では明日から十月だ……。
今いるのも最初のキャンプ地同様高台になっている。海から低い木の生い茂る丘を一つ登り、広く平坦になっているところ。お墓の大木の周りに木は無くて、柔らかい草が生えている。春になったら蝶々が舞い、花の咲く場所になっているのだろう。
日当たり良く、見晴らしよく。気持ちよく眠れるように三輪山さんが手入れをしているんじゃ無いかと思う。そう考えないと不自然なほど、辺りと比べ雑木が無く、海の眺望を遮る高い木も無い。
居心地の良さが確保された空間がある。
そんな場所に、後からぽっと来た来訪者が住み着くのは申し訳ない気がする。
いくら住んで良いと言って貰えても、ここはネモさんの終の家なのだ。
パジェミィを少し南に移動し、森との境目にキャンプを張ることにした。
押し込んだままのタープを出して、お墓の大木から離れた、木が生えだしたあたりに場所を決める。
ここもまだ整備されているうちだけれど、それは勘弁していただこうと思う。
ゆくゆくは、貰った種を使って畑もしたいので敷地を借りる事になるだろう。その時にはきちんともう一度ご挨拶をしよう。
自分はこの世界はまだ不案内すぎる。
折角なら魔法も使ってみたいし、お世話になりたいこともたくさんある。良き隣人になれるよう、迷惑はかけないようにしたい。
さて、山神様から貰った土と種は貴重な物だから外に置いておくわけにはいかない。使うときが来るまで、きちんとパジェミィに保管するべきだろう。
そうするとやっぱり野外に自分のスペース作らないといけない。
タープは対角線上の角を木に結びつけ、残りの二角をロープでピンと張るように引っ張り固定した。
作業していて気付いたけど、ここは水はけが良いのか、前のキャンプ地ほど泥濘んでいない。前の所は粘土層が多かったのだろうか。気にしていなかったので分からない。
日本で暮らしていると田舎とは言えある程度の田舎町だったこともあり、道路はアスファルトやコンクリートで舗装されていた。田んぼや畑の周りも、子どもの頃ほど泥道は残っていない。
あぜ道も人が作業しやすいように踏み固められているし、土の道は田んぼや畑の周りくらいになっている。
そしてそもそもそこまではトラックや耕運機トラクターが入れないと困るので、意外に道はしっかりしている。
親戚は兼業とは言え農家が多かったけど、私はやってなかったからなあ。
田舎暮らしと言いつつ、知識が少ないことに今更ながら気付いた。
大学以降は数年前に実家に戻るまで、もうちょっと町の方で暮らしていたし。どこも長閑な街で都会では無いけど。
でも粘土質な土地より水はけの良い栄養のある土地が畑には向いているのは確かだろう。ここは畑も出来るって言っていたし、耕すにはいい土なのかも。
ただ田んぼだと保水しなきゃいけないので、地盤に粘土質も必要だったはず。違ったかな。
テントを張って火も熾してからぼんやり考える。
今日は網で家から持ってきた干物と、スラちゃんが海でとって捌いておいた魚、川で捕った魚を焼いている。川魚は枝に刺してまるごと串焼きで。
お魚三昧だ。肉も好きだけど、魚も大好き。ただご飯も欲しくなる。
米は残量がそんなに無い。ごく普通に食べていたらすぐに無くなってしまうので、今日は我慢することにした。
米……米なあ……
貰った種を使えば米も作れるかもしれない。
しかし数粒使って無事に米になったとして、とてもじゃないけど主食に出来るほどの量は出来ない。一年目に出来た米を使って次の年も植え付けをして……と増やしていって、安定して食べられるのはいつになるやら。
一度不作になれば最初からやり直しになってしまう。
そもそも米作りの知識がまるで無い。春に水を張っていたり、ある程度成長したら水を抜いたり。近所の田んぼを見ていたはずなのに、詳しいことは分からない。
近隣では九月になるかならないかの頃に収穫していたのだけは覚えている。伊勢湾台風の教訓から、台風の季節の前に米を収穫するためらしい。
まあどちらにせよ今は季節じゃ無いよな。
そう言えば四季について聞くのを忘れていた。
分からないなりに情報は無いかと本を開くが、文字の多いページは何がなんだか分からない。
ただ植物のイラストに地図が添えてある物もあるから、参考に見に行ってみても良いかもしれない。果物っぽい挿絵もある。
四季については不明。
そういえば沢の近くにあった林檎っぽい果物があったな。
一つ出して剥いてみる。
見た目は林檎っぽいけど、中は柿っぽい。
思い出して神様のくれた石を実に当ててみる。
片方は薄青く光り、片方は薄いオレンジ色に光った。
オレンジ色は何?青く光ったっていう事は毒は無いという事だよね。
恐る恐る食べてみると、甘い。けれど渋い。
渋い、あ、これシブいわ。しっぶっっ
毒じゃ無くてもキツいわ。
まさに渋柿でした。
考えた結果、ダッチオーブンに水を張り(スラちゃんの出してくれた水・検査結果水色の光。問題なし。)沸かしたお湯に、剥いた林檎柿をつけて煮沸消毒して干してみることにしました。
品種にもよるんだろうけど、干し柿にすれば渋みが消えることもあるし、保存が利くようになるし、それを狙って。
紐を使いいくつか連なりに縛った柿を木の枝につるしておく。
まだあるから残りも明日処理しよう。
吊った柿の横にオニヤンマ風鈴をつるしておいた。
害虫から守ってください。気付いたら虫まみれ、は嫌だ。
獣は襲わない、と言って貰ったけど虫は別みたいなんだよね。それとも蚊取り線香を焚く、と言う行為が敵対行動とみなされたかな。
兎に角、でっかい蚊みたいなのが私を狙ってきます。ブヨやハエみたいなのも飛んでいる。
わざと少し煙らせると逃げていくんだけど、今は調理中なので出来ない。
頑張れ残り少ない蚊取り線香。
煙か。
川魚一気に食べれないし、これからも魚を捕る予定だし、燻製にしてみても良いな。一斗缶持ってきたし。
桜チップは一回分だけしか持ってきてないし、燻製に使える木も探さないとな。自宅の木で燻製を作っていた人のブログを読んだことあるし、野生の木でもいけるはず。その前に魚も安定して取れるようにしたい。
その為にはまず明日海に下りる道を探さないといけない。キャンプをここに張るなら、森も見て回らなきゃ。
やることはたくさんある。
でもその前に、まずは腹ごしらえ。
ちょうど焼けた魚からたれた油が美味しそうな匂いを出している。
おなかの減る匂いです。
「パジェ君スラちゃん食べるよ〜」
待ちくたびれてハンモックに揺れていたパジェ君と、風鈴を鳴らして遊んでいたスラちゃんが席に着く。
二人にも紙皿を渡して、自分用の箸も用意する。
流石に二人は箸は使えない。
箸も紙皿も洗って使い回している。箸はともかく、紙皿を洗いながら使えるのはいつまでだろう。
さて、
「「いただきます」」「ぴゃ〜」
この世界のお魚も、大変美味しいです。
酒がほし……いや我慢するべきか。
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