21、教えてください。世界のこと。
「これ、預かり、物」
ケッと口から吐き出されたのは、大小二つの麻袋で、大きな方には黒い土、小さな方には小豆ほどの茶色い石が入っていた。
括り付けてある文には、
「どのような植物でもよく育つ山の土。せめて飢えることのないように」
「望むものに育つたね。気候の心配は一代目はいらない。土の恵みとともに」
とある。
私の望む果物や野菜になる種と、それを育てる土かな。
有り難い。
有り難いけど……まあ、すぐにはどうにもならないから生き延びろって事かな
「あと、比売神様、から。石」
そう言って出されたのは、二つの白い石の付いたペンダント状のものだった。勾玉のできかけのような形の石が、生成りの麻紐で止められている。
こちらにも文が縛ってあり、
「異界の地で暮らすのは心細いことでしょう。せめて毒を食らわぬようこれを贈ります。石が青く光るときは安全なもの、赤く光るときは危ないものです。味に著しく難があるときは、もう一つの石が教えてくれます。長生きを。
ただしイケメンと結婚すると効力はなくなる」
多分、大変便利なものをいただきました。
これがあれば森のキノコも食べられるって事だよね。こういうのが欲しかったんです。ありがたい。
で、多分これをくださった比売神様って岩の神様ですよね。あの有名な婚礼話の。お名前は書いてありませんけれど、石だし、最後の一文で分かりすぎます。
全イケメンは観賞用ですので、石は末永く使わせていただきます。
どういう感じで使うのか、あとで試してみよう。
「最初が、心細い。そのうち、慣れる。この森の、生き物、は、襲わなければ、襲わない。おれからの、加護」
異界の往復をしてメッセンジャーと荷物運びをしてくれた上に、加護まで。
ありがとうございます。
貴方は優しい蛇です。理解しました。
怖がってすみません。
心の中で謝りつつ、お礼だけはきちんと伝えた。
まだつい距離を取ってしまうけど、これは勘弁して欲しい。
「折角だから私からも何かあげたいけれど、精霊としては未熟だから何も加護があげられないんだ。どうしようかな」
そうだ、これを。と何もない空間から一冊の本を取り出して渡してくる。
収納魔法というやつか。
「私がこの島に来てからの数年間の日誌だよ。人にとっては時間は経ったが、自然には大きな変化は無いだろう。気候や植生のことが書き留めてあるから役立てて欲しい」
個人的なことは読めないようにしたから大丈夫。気兼ねなく読んでみてくれ。
そうは言ってくれたが、開いてみると最初のページから何が書いてあるか分からない。ペラペラめくっても分かるページが無い。
挿絵があって詳しくかいてあるページも、絵だけでは理解が出来ない。ただ絵は上手い。
が、文字が全く読めない。
全ページプライベートな日記でした、なんていう冗談じゃなければ、文字の翻訳はしてくれないらしい。
そんな困惑を感じ取ったのか、嗚呼読めないのか。と額を押さえるネモさん。
よく見るとちょっと無精髭。
長髪に目が行っていたのと、光ってるのと透けてるので気付かなかったけど、ハリウッド俳優さんに少し似ている。有名なあの映画、イナバウアーみたいなポーズの……あれよ、あれ、サングラスの。あー……あれ、悪魔のにも出てた。
ヤバいぞ、思い出せない。絶対知ってるのに、知らないはずが無いのにど忘れ。
最近こういうことが時々ある。
あのーあれ、アレをアレしといて、みたいなこともたまに。
まだ物忘れには早いのに。老化よ来るな、私はまだ成長期だ。初老にもなっていない。老いるには早いぞ。
忍び寄りつつある老化の文字を憂う顔を都合良く解釈してくれたネモさんは「申し訳ない」と眉を下げた。
滲み出る良い人感。
ごめんなさい、全く関係ないこと考えていました。
「文字のことは追々考えよう。言葉が通じても文字が読めないのは盲点だった。その日誌はあげるので好きにしてくれていい。挿絵も多いから雰囲気くらいは分かるだろうからね」
私は絵が好きでね。
ウインクをするネモさん。
本はフリー画像も写真もないので当然全て手書き。
荒い所もあるけれど特徴を掴んでいるし独特の味がある。
ヴォイニッチ手稿みたいで分からないながら面白い。
「でもそれだけじゃ守護の代わりにはならないな。何かないかな。欲しいものなどあるかい?」
折角なので、さっきの話の中で気になっていたことを聞いてみることにする。
「あの、さっき島の外にも行けたと言っていましたが、私でもいけますか?」
その問いに更に申し訳なさそうに眉毛が下がる。凄い下がる。
流石二百歳超え。老人って何故か眉毛がよく動くイメージがある。仙人とか。昔の総理とか。
「時間が経ちすぎたようで、もうほとんど残っていないんだ。私がいた頃、大陸中至る所で戦争をしていたから、目印にした岩や建物が壊されたり、印を刻んでおいた木が切り倒されたりしたんだろうね。または自然に風化してしまった物もあるかもしれない」
期待に添えなくて申し訳ない。数カ所は残っていたけれど、転移の魔法は難しいんだ。精霊の助力もいるし、魔力も使う。精霊には好かれているようだけど、残念ながら君は魔力が弱そうだ。
「ネモ、あちらには、魔力、ない」
え、そうなの。と驚いているネモさん。そうなの?と聞いてくる。
そうなんじゃないでしょうか。意識したことも無いですが。
しかしそれよりも私には気になる事が、今の会話だけでいくつもあったぞ。
飲み物が空になっているので、インスタントのロイヤルミルクティーをネモさんと三輪山さんにいれる。
牛乳で溶いた方が濃くて美味しいんだけれども、なくなったしまったのでしょうが無い。お湯で作っても十分美味しいとは思う。私にはちょっと物足りないんだけど。
スラちゃんが「ぴき〜(ほし〜)」というので追加で一つ。ロイヤルミルクティスティック無くなりました。使いさしだったからね。
でもここは聞けるうちに色々聞いておかないと後悔をする気がするので、お茶くらい出させていただく。
最後に私とパジェ君には追加のブラックコーヒーを。
パジェ君、身体小さいのにそんなに飲んで大丈夫なんだろうか。カフェイン中毒者になってしまったらどうしよう。
「戦争中なんですか」
飲み物が行き渡った所で会話を再開する。味に不満そうな様子が無くて何よりです。
「私が生まれる前からずっとしていたよ。死ぬ直前もしていたけど今はどうかな。少なくとも私の知る昔の街は無くなっていたから、被害は大きかったろうね」
地形が完全に変わっている場所もあったし、人も見かけなかったから。
「ずいぶん大きな戦争があったんですね」
二百年以上戦争してた、または、してる、って事か。現代の戦争とは違う感じか。いろんな意味で二百年も爆撃続かないし。
「ところで魔法は無理でも、船で移動することは出来るんでしょうか」
「船を作るのは大変だね。よほど大きくなければ、クラーケンやシーサーペント……海には大きい生物が多いから」
「クラーケンって、大きいタコの魔物ですか。魔法がある世界だからやっぱり魔物いるんでしょうか」
「そう、かな。魔物や魔獣の概念は僕が生きていた時代にもずいぶん変遷していてね。子どもの頃は魔力を持った動物を魔獣、特に多くの魔力を持った人間を魔人、人型、獣型以外を魔物と呼んでいたんだ。友好的でも攻撃的でもね。段々特に攻撃的な者だけをそう呼ぶようになっていったけど、一部では魔石を持っているかいないかで区別したり、住む地域で分けたり、魔法生物や悪戯な妖精を魔物に数えたり」
色々なんだ。言葉遊びだと思った方が良い。
クラーケンは海をゆく者を好んで襲う生物だね。
「凄くバカな聞き方になるんですが、ここは剣と魔法の世界ですか?」
「剣も魔法もあるよ。それ以外もあるけどね」
ちょっと困った顔をされてしまった。
「例えば電気……ちょっと待ってください」
ランタンを持ってきて点けて見せる。
「こう言うのとか在りますか」
「魔道具で似たのがあるよ」
出してくれたランタンは、真鍮製で無骨でかっこいい。火を入れるでも無く、何かをひねるでも無く中の石が光り出す。
「これは仕組みとしては簡単な魔道具で、十歳くらいまでには大体の子が使えるようになる。使えないと、治療を受ける子が多いかな。日常生活に困るようになるからね」
魔力を使わない国で生まれたなら、日常的な魔法は理解しづらいかもしれないね。
光の魔道具を使うのは、何もない所に光を灯すよりも簡単なために、子ども達は手習い所のようなところで読み書きと一緒に魔力の巡らせ方も学ぶんだそうだ。専門の学校以外にも、引退した老人なんかが開いた塾が小さい村でもあることが多かったらしい。
ネモさんは魔法適性が高かったから、街の学校にも親元を離れ通ったりしていたが、多くの子どもは読み書きと初歩の魔法を生まれた場所で学び、出稼ぎや行商に出る以外、そのままそこで過ごすことが多いようだ。
まあ日本でも自由に移動して自分探しまでするなんて、最近になってからだもんな。
探さないと自分が見つからないなんて自由すぎて不自由な時代になったもんだ。
「さっきの話でちらっと言われて気になったんですけど、精霊に好かれるって何ですか?」
「連れてる二人、精霊でしょ?受肉してるから妖精に近いのかな」
スラちゃんパジェ君、妖精だったの!?
「おいらは付喪神、どちらかと言えば妖怪っすよ」
「ぴゃ〜(お水なの〜)」
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