20、大丈夫と言い続ければ大丈夫なので大丈夫

食後のコーヒーを飲みながら、倒れた木を椅子代わりに一息つく。

パジェ君はブラック派。スラちゃんにはココアを。

魔法使いの青年ネモさんにはカフェオレ、大蛇の三輪山さんにはホットミルクを。

インスタントのスティックを多めに持ってきていてよかった。

先ほどのホットケーキと合わせて、この一服で牛乳が無くなったけど、賞味期限が近づいていたしケチってもしょうがない。


ネモさんから返された冷えたホットケーキは、温め直して私が食べました。食べても問題が無いと言うし、食料は貴重なので。

最初の一口は多少勇気が必要だったが、食べてみれば気持ちパサついているけれど、ほのかな甘みもそのままだし特に問題は感じなかった。


三輪山さんは、今は普通の大蛇程度の大きさになり、ネモさんの肩に巻き付いている。信頼関係がなせる技なのだろうけど、車に巻き付かれたときのことを思い出して少々恐い。

だから距離を取りつつ、なんとなくパジェ君とスラちゃんを膝に乗せて抱き込みつつ防御してしまう。可愛い子達は守らなければ。撫でられて嬉しそうなスラちゃんに対して、パジェ君は毛がまだ少し逆立っている。

これが「ぱやっとした毛」と言うやつか。


「さっきは、怖がらせた。すまない。小さいまま、だと、運べない」

三輪山さんが謝ってくれる。

それはいいんだ、もう。恐怖はなかなか払拭できないけれど、考えてみればあの時の三輪山さんは悪意のある顔じゃ無かった。捕食者の顔でも無かった。

実際は顔なんかじっくり観察していなかったけれど、そう思い込んで信じます。その方が自分の精神衛生上よろしいので、信じます。大丈夫です。


「おれ、山神様、に、呼ばれて、はなし、きいた。説明、できる。けど、話し方下手。すまない」

心持ち頭が下がっている。これは申し訳ない顔なんだろう。

「おや、そう言えば昔はもっと流暢に喋っていたのに。どうしたんだい」


「ネモ、起きない。はなし、しない。声の、出し方、忘れた」

蛇は普通喋らないからな。よく聞くと間にシャーとかシューのような音が混じっているし、声の出し方にもコツがあるのかも。

「死んだあとも何回か起きていたと思うけど。何年経ったか分かるかい」

「前は、百、年。その前、は、もっと、長く起きないことも、あった」

さみし、かった。


これはシュンとした顔だ。なんとなく分かる。

一人が寂しかったんだね。そう思うと三輪山さんへの恐怖と警戒心が少し和らいだ。




三輪山さんのたどたどしい喋りと、脱線して思い出話を始めるネモさんの話を要約しよう。

・三輪山さんは日本の山で生まれ、卵から孵化するかしないかのうちにこちらに迷い込んだ。親は神使。

・そのあっという間に捕食されそうな小さな三輪山さんを保護したのが島で一人暮らしていたネモさん。

・ネモさんは元々大陸の山奥の村に住む魔法使いで、その村は戦禍で無くなってしまった。その後旅をしながら平穏な生活が出来る場所を探していたが、風の精霊の悪戯でこの島にたどり着いてしまった。

・その風の精霊は嵐の精霊となり去ったまま戻らず、静寂を望んでいたネモさんは一人平穏な生活を営んでいた。そこへ空が割れ三輪山さんが落ちてきた。

・そこからは二人で協力しながら暮らしていた。

・ネモさんは旅の途中で目印を何カ所か置いてきていたので、そこへ移転することが出来生活に不自由は無かった。島の外に住むことも可能だったが島の生活が気に入っていた。

・年月が経ち島の精霊達にも気に入られたネモさんだが、二百年を過ぎる頃さすがに肉体の寿命が尽きた。しかし半精霊化していたので魂が完全には消滅せず眠りと覚醒を繰り返し、また長い年月が過ぎた。

・三輪山さんはネモさんの墓を守りつつ、ネモさんが起きるのを待ち続けた。そしていつの間にか島の中でも上位の精霊になっていた。



「ネモさんはおいらで言う所の『成りかけ』の状態かもしれないですね。とにかく凄く眠いんです。おいらは事故で目が覚めましたけど、ゆっくり完全な精霊になる途中なんじゃ無いでしょうか。人間は見たこと無いですけど、日本にもたまにいましたよ。時々喋るけどいつもは寝ているやつ。おいらもそんなかの一人っすけどね。元の性分で意識ができはじめる時間はずいぶん差がありましたけど、夜中とか車庫の横の蔵の中、騒がしいことがありましたもん。不思議とご主人達が起きている間は静かなんですけどね」

大正時代の雛人形とか有ったけど、騒いでいたのかな。と考えると恐い。行き会わなくて良かった。


っていうかパジェ君調子が戻ってきたね。



二人の身の上は、一応分かりました。

で、それで?なんで今回蛇ワープでここに呼ばれたの。


「日本の、山神、さまに呼ばれて、行って、きた」

近いとき、念話、できる。

たどたどしいのでまた要約。


三輪山さんは元々神使なので、成長するに従って自然にこちらで言う所の精霊になっていった。(因みに身体は有るようで無く、無いようで有る状態で、島のどこでも在り、どこでも無いのだとか。分からぬ。)

そしてものすごく久しぶりに先日、日本の神様に呼ばれた。前に日本に戻ったのは両親が引退し兄に代が変わる時だったという。千年位前らしい。

呼ばれて行ってみると、昔の自分と同じように日の本の者がこちらに迷い込んでいるという。

ただの人が。

しかも原因が山神様のお使い猪の衝突事故。

こちらに無事帰るまでよくよく頼む、と管轄の神様にも言われているし、話を聞いて何故か私を気に入ってくれた娘神様も気の毒がるし、責任の一端が有るので知らぬ存ぜぬともするわけにいかない。

しかし神様といえど世界を隔てる理の境界は気軽には渡れない。

今現在自在に渡れるのは、日本で生まれ島で育ち力を得た三輪山さんだけだという。それもしばらくは「離れる時期」なので難しくなる。

しかも時間が経って世界が近づいたときに何とか引き戻せたとしても、浦島太郎状態になるかもしれない。覚悟しておけ。

もしそちらに時間を司る神がいたら顔を繋いでおけ。力を借りられれば、いい方向に行くかもしれない。私と縁が出来れば、辿って山神様から頼むことも出来る。


以上が伝言の要約。


そして蛇ワープの理由は、蛇が突然出て行っても怖がられるから、一応元人間のネモさんのところに連れてきた。でした。

ネモさんは今は自分のお墓があるこの辺りしかウロウロ出来ないんだそうです。



説明ありがとうございます。

伝言は、まあ大体夢で聞いた話と同じです。



同じなんです。



もう、どうしろと。

浦島太郎状態なんて戻っても意味ないじゃん。



意 味 な い じゃ ん !


もう一回言う。


意 味 な い じゃ ん !




「ネモさん、時間を遡ったり自在に操ったりする神様の知り合いいます?」

そんな問いに苦笑いで否定をするネモさん。


詳しく聞いてみたら日本的な感覚のいわゆる神様、いないんだってさ。

いないんだってさ。


いないんだってさ!




いいや大丈夫、きっとなんとかとかなる。



大丈夫、大丈夫。大丈夫、なんとかなる。


ほら、大丈夫な気がしてきた!

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