14、5日目朝にして、相棒出揃う

「あ、ご主人驚いてます?イヤーまさか自分もこんな姿になれるとは思ってませんでした。車高低いですねーご主人を見上げる日が来るとは驚きですよ」

あ、スルメもうちょっといただけます?座席の下に隠してある日本酒もいただけると更に嬉しいです。



よく喋るね、ブタ君。



ぬいぐるみサイズの黒豚がスルメをかじりながら、日本酒を飲んでいる。

薪の椅子に座って、器用に前足を使いながら。


何これ現実?


そもそも現実って何。



「いやーいつも載ってるから飲んでみたかったんですよ。いいもんですねスルメと日本酒」



あのー……

ねえ……

「誰?」


「えっ?」


「きみ、だれ?」


「えええええー」



ブタ君が驚いてるけど、ずっと驚いてるのはこっちだから。






「もう、自分馬鹿みたいじゃないですか。はしゃいじゃって、一人で喋っちゃって。そりゃね、浮かれちゃってたかもしれないですけどね、だってやっとお喋りできるようになって嬉しかったんですもん。もやっとしてたのが、目が覚めて嬉しかったんですもん。

なのに誰って……ひどいっすよぅ」


メソメソしながらも、お酒を離さないブタ君。

そしてよく喋る。


「おいらはパジェですよぅ。ご主人の相棒のパジェミィですよぅ。あ、声が駄目なんですかね。ちょっと若者過ぎますか。自分がイメージしてた声はこれなんですが、ピンときませんかね。こっちのほうがいいですか?

『あーあー、ETCカードが挿入されていません。

どうです、ちょっと機械的だし、上品すぎるかなって思うんですけどこっちの方が良いですか』」


後半は、運転をする人なら一度は聞いた事のある、あの女性音声で喋っている。ちょっと不気味。


「……最初の方でお願い」

「よかった、あっちの声だと、話し方がちょっとゆっくりになっちゃうんすよ。すましたマダムみたいでしょ。自分的にしっくりこないって言うか、アイデンティティの相違というか。まだまだ若いおいらにはこっちの方が合うと思うんですよね。声の老け込みは気持ちの老け込みに繋がるから駄目ですよね、張っていかないと」



「パジェミィ……くん」

「はい?」

「何でブタ?」


……。…………。


「イノシシですよぅ!!!!」



お喋り大好きなパジェミィ改め本人の希望により『パジェ君』の話をまとめると、

自分の今の姿はイノシシである。

ご主人(私)が車のキーにぶら下げていた黒猪の姿である。と。


(その黒猪のストラップは、職場で平成と令和の節目だし干支の二色イノシシを縁起物として配ろうかとサンプルを取り寄せたら、ピンクと黒の猪が牙が小さくて完全にブタに見える、と言う理由で却下されて余っちゃったから貰った物。自分の干支だしね。で確かに黒の方が無くなってた。元よりも大分サイズ大きくなったけど、乗り移った?)


元々意識ができかけてた所へ、あの事故はかなりムカついたから出来る限り大きい猪から力を吸い取ったのだと。


相手が猪じゃなかったら、もっと吸い取ってやったけど、ご主人がイノシシ好きみたいだからこのくらいで許してやった、と。(別に好きって訳じゃ無いけど)


ここへ来てからもなんだか眠くてしゃべれなかったんだけど、昨日スラちゃんに力を分けて貰って完全に目が覚めたのだ。と。


通じるようにお喋りできるようになったのは、食事を分けて貰ったからだ、と。


「え、だって昨日スラちゃんが『ご飯分けてもいい?』って聞いたら、うんそれがいい、って言ってくれましたよね?」


駄目でした?吐きます?


「吐かなくて良いから」




もうね、ここが不思議世界だって事はよく分かったけど、パジェ君だって事も分かったけど、飲み込みきれないというか、理解力がお留守というか。


「自分も、最初はパジェのまま話しかけようかと思ったんですよ。でもね、まあ見ててください」


立ち上がって四足歩行でてとてとパジェミィのボンネット側にまわる。パジェ君のボンネットか。紛らわしいし今までの呼び方の愛着もあるから、車本体のほうはパジェミィって呼ぶか。


今まで座っていて気付かなかったけど、イノシシのお尻にタイヤが付いている。ホイールの真ん中から尻尾がぴょこん。

なんかこれ見ると、単純だけどパジェミィだって信じれそう。うん、パジェミィっぽいよ。

後部にタイヤの付いた車が大好きで、パジェミィのチャームポイントだと思ってたから。



ボンネットの前でパジェ君は、自分の本体であるパジェミィを見上げ念じるように目を閉じた。

途端軽く光って消えた。

後には千切れたストラップが転がっている。


聞き慣れたエンジン音がして、パジェミィのライトが点く。

キーは私のポケットの中にあるのに。何故エンジンが。今風じゃ無くて昔ながらの差して回さなきゃいけない鍵なのに。


「あ、すぐ戻るので、依り代はそのままでいいですよ」


ほらね、喋ろうとするとエンジンついちゃうんですよ。喋る度にエンジンかけてたら、ガソリン勿体なくてしょうが無いでしょ。エンジン音五月蠅いし。いやおいら自身、自分のエンジン音が五月蠅いとは思ってないですよ、ただ喋る声と被っちゃって聞き取りにくくありません?

あと一番の理由なんですけど、今これ凄く押さえて喋ってるんですよ、ごく普通に喋るとこうなります。

自分自身動くものだなあって感心したんですけどね、やっぱりちょっと軋むし、うっかり跳ねて積んでいるものを破損しちゃまずいでしょ。おいらのモットーは駆け抜けろ安全運転なので中の物をガシャガシャいわすのはちょっと違うかなって。ご主人がこっちの方が良ければこっちでいきますけど、どう思います?



車なのに表情がある。

喋る度にボンネットがガシャガシャ動き、バンパーあたりが口のように形を変える。


車が喋って可愛いのはアニメの中だけだと分かりました。

不気味、もあるけどそのままひしゃげて壊れそうで不安。


「イノシシでお願い」



「ですよね」

また光ってストラップがパジェ君になる。


よく似たミニカーにでもなれればそれでも良かったんですが、依り代があった方が安定できるんですよ。ご主人がいつも褒めてくれるお尻のタイヤは再現できたのでこれでご勘弁を。いいでしょ、このお尻。おいらも自分でこのタイヤ気に入ってるんですよ。


プリプリお尻を振って大変可愛いです。



「わかり合えたところで酒盛りの続きしませんか。あ、ご主人二日酔いでしたっけ。迎え酒派ですか、スポドリ派ですか。載ってますよスポドリ。ちゃんと飲んだら乗らないをしてるから、お酒飲んだご主人をしっかり見たの昨日が初めてでしたよ。意外に弱いんですね」

いつも日本酒隠してるから強いんだと思ってました。


隠してたわけじゃ無くて、仕事で使うからよく積んでるだけだよ。今回は下ろし忘れだし。



「ぴきゃー(なかよし〜)」

心配そうに見守っていたスラちゃんが腕に飛び込んできた。


「スラちゃん、昨日はありがとうございました。お陰でご主人と話し合う事が出来ましたよ。改めて友情の証に飲みましょう!」

「ぴぴゃ〜」

のもー




飲まないから、朝だから。

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