9、突然ですが、夢です、か?

夢を見た。


『こちらへ』

女性の声がする。


ふと気付くと実家の広間にいた。ああ家だ。畳だ。安心する。

南の島は夢だったのか。

だったらまだまだ満喫したかった。惜しい事をしたかな。

釣りしておけば良かったな。


ん?


誰かに呼ばれている。

広間の奥、家の神棚のある部屋に行くと記憶にない御簾やら帳やら薄布やらが設置されている。

実家の部屋はこんなんじゃないよな。


座るように指示され板の間に正座をする。

慣れているとは言え、板の間に正座すると足が痛いんだよね、痙るし。


『そう長くはかからん。痛くなる前に終わる』

心読まれた。


声の主の姿は御簾に阻まれて見えない。女性だという事は分かるけど、知らない声だ。


『知らないとは悲しい事を言う。お主が生まれたときから見守っておるというのに。

まあいい。ほれ白猪しろしし、言う事があるだろう』


布の奥から進み出てきたのは大型犬くらいの大きさの猪。毛は真っ白。


『本日はご機嫌麗しく』

『麗しいわけないじゃろ。はよう』

『はいすみません、話せば長くなるのですが、』

『短く』

『はい!申し訳ありません!山道で貴方にぶつかりました!ごめんなさい!』


頭というか顎を地面にこすりつけて土下座する。

完全に怒られた犬のポーズだ。猪だけど。


『本来ならすぐに戻してやりたいが、この阿呆あほうがぐるりと一日過ぎてから報告し、妾の所に話が来るのが遅れた。

本来重なる事のないことわり同士、今や離れすぎて身体を戻す事も出来ぬ。魂だけ戻されても嫌じゃろう?』


ああこいつ、ぶつかってきた猪か。

じゃあこれ待ち望んでいた説明会?

この声の方は誰ですか?

あと、はい。魂だけじゃ困ります。全身持ち物ごと帰りたいです。


『うむ。己の身に起きていることの訳も分からぬままでは、どうにもなるまい。あと、妾はお主をよく知っておるぞ』


『あの!おつきの付喪神殿は私の力の一部を持っていきました故、丈夫になりました!足も速いです!』


うん。付喪神って?


だったが、今回の事で近いうちに目覚めるかもしれぬな』


パジェミィが付喪神?すごいな。


え、で、どういうこと。


『混乱は無理もない。お主は我らの理の向こう側へ落ちた。引き戻す事は今は叶わぬ。また近づく事あれば引き戻す故、待っておれ。「ろんぐばけーしょん」とでも思え』


長期休暇……って。意味が分からないし、足も痙ってきた……


『残す家族の事は任せておけ。家内安全・身体健全・健康長寿は得意じゃ。

お主も無事に過ごせるように、声はかけてみる。達者でな。らぶそんぐの歌は練習しておけ』


昔よく妾の前で歌っていた頃はなかなか愉快な音だったぞ。いつかまた聞きたいな。


何だもう足が痛いのか。

しょうがないの。

ついでに他の痛みも治しておいてやる。これからしばらく手も貸してやれぬからな。



あ、ありがとうございます。

え、で?結局どなたですか?え、もう目覚めるの?





………………

…………

……




ぴゃあぴゃあと言う鳴き声で目が覚めた。

まだ薄暗い。


夢を見ていた気がする。


起きると昨日の空き缶もそのままに、ハンモックで寝ていた。

夢、だよね。


起き上がると少し頭は痛いが(酒のせいかな)筋肉痛は消えている。足が痛いの治してくれたのか……。


スライムを揉みながら考える。

アレが夢じゃなかったら、本当に待ちに待った状況説明ってやつなのかも。所々朧気で覚えていないところもある気がするけど、ついに神様が出てきたのか。


神様……だよね?

ラブソングの歌ってなに?

…………。


ああ!


中学くらいの時、歌ってましたね。

誰も聞いていないと思って、家にカラオケセットがある頃こっそり使っていた。


誰に聞かせるわけでもないから気持ちよく当時流行っていたドラマの主題歌から昭和歌謡まで。歌いまくってましたね。


神棚の前で。だってその部屋にカラオケセットがあったんだもん。


聞いていた人がいたなんて。いや聞いていた神様か。

神様?あの人がうちの神棚の神様?いや、人じゃないけど。ややこしいな。



考えても分からないし仕方ない事だけど、恥ずかしいなあ。もう。



家族は任しておけって。

じゃあ家の方は仕事も大丈夫なのかな。

で、帰れないってどうしたらいいの。


帰れないって言ったよね。

で、どうしたら良いの。

え、どういうこと?




「ぴゃあ〜」

手の中から声がした。

無意識に伸ばしていたスライムが鳴いている。

あれ、そういえば昨日車からスライム出したっけ?何で持ってるんだ?


「ぴゃぴゃっ」

うん?鳴いてる?

「す、スラちゃん?」

「ぴゃ〜」

手の中では一ツ目のスライムがぴゃーぴゃー言いながら跳ねている。




ええええええええええええええ。





「何かが始まったのかね。どう思う、スラちゃん」

「ぴゃ?」

「わかんないよね」

驚いたけど、かわいい。

「ぴゃーぴゃぴゃ」

「うんうん、おしゃべり上手だね。なんて言ってるのかな」

身体を揺すったり、手(触覚?)を振ったりして何かを伝えようとしているのは分かる。でも何が言いたいのか。


ぴゃあぴゃあ言いながら跳ね回るスラちゃんは、パジェミィの屋根に乗りペシペシと叩く。


「こらこら、パジェミィが痛がるよ」

なでなでしてね。


なでなでの動作を見せると、まねして動く。


なでなで。

すりすり。


ぴゃ〜と言いながら顔?を擦り付けつつ撫でている。



何この子。

あり得ない生き物なのに凄く可愛い。



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