5、素晴らしい景色
滝に出た。
滝としては低めの岩棚から流れ落ちる水が滝壺を作っている。
そこから流れ出る筋の内の一つが浜に行き着く川の始まりだったわけだ。
途中他に大きく分岐していた事を知り、歩くほど段々水量が増したので思ったよりも水が豊富かもと考えていたけど予想以上にしっかりした水源。
美しい。
そう言えば海岸を回っているとき、潮が満ちたら海岸瀑になりそうな滝があったけど、あそこにも通じてるのかも。
そちらを探るほどの元気は今ない。
緑の木々とシダ植物のそよぐ清々しさ。
飛沫を僅かに含んだ風が気持ちいい。
休憩しよう。
なるべく乾いた地面を探して横になる。
正直ここに来るまで数回諦めようかと思った。
時間にして3時間弱程度。あと少し行って無理なら、帰りの時間と体力を考えて戻るところだった。
距離的には大したことないのは分かっているんだけど、上りは緩急つけてくるし滑るし突然岩場になるし。人間への配慮なんか一切あるわけも無い本当の山。
山道ですらなく山。時間がかかった。
武器とかノコギリとかいらないから杖が欲しかった。
杖にしようと適度な枝を拾ったら、すぐ折れた。そんなに体重を掛けたわけでも無いのにヤワな枝だった。もう腐りかけだったのだろう。多分。
途中靴の中が湿ってきてちょっと足がふやけ始めてるし、以前屋久島に遊びに行って雨の中で縄文杉まで歩いた時並に辛かったかもしれない。
因みに縄文杉への道は富士登山より辛かった。あくまで私の感覚だけど。
まあでも滝に着いた。
うれしい。
ありがとうございます!大自然!最高!
富士山で御来光を見たとき。
屋久島で縄文杉を見たとき。
この滝は同じくらいの素晴らしい眺め。
……
…………
………………
滝じゃん?
凄い良い景色に目的を果たした気分になってたけど、ここ滝じゃん?
水源もっと上?
もうここで良いか。
百点満点の景色だし。
木々のざわめき小鳥のさえずり空気の清々しさ。完璧。
あーでもここに毎回水くみに来るの無理だ。やっぱり下流で汲むか。気分的に、こう……。
水は問題なく綺麗だけどさ。
少し休憩したら歩けなくなる前に動こう。せめて這ってでも帰らないと野宿は怖い。
ギャシャギャシャ鳴きながら大きな鳥が空を飛んでいった。
恐竜とかいないよね?
幸い今のところ危ない動物には出くわさなかったけど。
目を閉じて十五分。
アラームで目を開けた。
僅かな時間でずいぶん休めた気がする。疲れているけれど、凄く疲れているけれど、顔を洗って手足も洗ったらすっきりした。
飴をなめ、エネルギーを補充しつつあたりをもう一度観察する。
寝ながら考えていた。来た道を戻るより、ここからなら東を目指す方が早く帰れる気がする。
それにここまで来たらこの上も見てみたい。
先に進めなくても、この岩を這い戻って、来た道を死ぬ気で歩くだけ。
いける。行っても行かなくても、どっちみち死ぬ気で歩かないといけないのは一緒。ならいこう。
まだ筋肉痛も来てない。気力もある。今なら行ける。
ずっと握りしめていた布団たたきをリュックに詰め(柄がはみ出しているけど気にしない)乾かしていたウレタン軍手をはめ直す。
滝の横、水が落ちているところから少し離れると岩の大きさが一メートルちょっとの階段状になっている岩場。頑張れば登れそうな気がする。
節約していたので目印の紐は十分ある。
行かない理由がない。
岩登りなんて言うと、ロッククライミングやボルタリングをする人には鼻で笑われそうな角度だけど、素人には十分崖に見える。でも一応階段状。
階段状だよね?
苔や草もあるから、なるべく乾いた部分を選びながら手を掛ける。変にグラつかないか、滑らないかは必ず確認する。
よく確認したらよじ登……れない!顎くらいの高さの段差をよじ登るのは無理。筋力足りない。一段目から挫折しそう。
でもここは滝の部分と違って一枚岩じゃない。足をかけるところを探せば良い。
って、なんで一段目の段差縦にしかずれがないのかな?足かけれないじゃん。
二段目以降には僅かな段差があるのに。見えるのに!
何これ。ここでやめるの悔しい。
思い出してペグを打ち込んでみる。
持ってきたのは工事用だしかなり丈夫なはず。
縦の僅かな隙間に押し込んで打ち込んでいく。石を削りながら食い込んでいく感触がする。さすが工事用異形ペグ。やる気があるね。
しっかり打ち込んで出来た数センチの足場を頼りに一段上がる。
出来た。
一段一段あがる。足場があるところはそれを頼りに、無いところはペグを打ちつつ。
広めの段差では休憩しつつ。
なんとか上の広い平面にたどり着いたときには、大人しく来た道を帰っておけば良かったかとちょっと思うほど疲労がたまっている。
すぐにでも筋肉痛が始まりそう。慣れない全身の筋肉を使った行動と、命綱も何もないんだと途中で気付いてからの緊張感でヘトヘト。
なんで登ろうと思ったんだろう。
何かハイになってたな。
そうしてなんとかたどり着いた岩の上部は、湖?池?状になっている。
透明度が高いので浅く見える。実際はどうだろう。底の岩肌や砂までしっかり見える。
ちょっと狭いけど、自然に出来たなら湖かな。
あ、魚。元は登ってきたのかな?すごいな。
滝になるほどの水量だし、ただの雨水の水溜まりなわけないから、地面から水が湧いてる?
よくみるとそこかしこに亀裂や岩の継ぎ目があり、その隙間あたりの砂は僅かに吹き上げられている。
滝とは反対側は縁のようになっていて、水の途切れたその先に川は無くなだらかに山が続いている。
周りより僅かに低いこの場所にこのあたりの水が集まって、纏まってしみ出して溜まって、滝になって落ちてるって事かな?
仕組みはよく分からない。
人間目線でもそんなに広くない湖で、川や滝を維持しているなら、かなりの量の水が常時湧いているんだろう。
水で洗われて削られた石がむき出しになったのだろうか。滝側はちょっと注ぎ口っぽい。
どちらにせよ、ここが水源だと思ってよさそう。
これ以上遡りようが無い。石の沢と名付けよう。沢って何だ?まあいい。
着いた。
今度こそ、着いた!
ウーーーーウェーーーイ!!
はは。
人生で初めてウェイって言った。
なるべく裂け目に近いところから水を飲んでみる。といっても水に入ると濁らせてしまうからあくまで気持ち近いだけ。全体的に十分綺麗だし。
うん、冷たくて美味しい。
沸かす必要も無さそう。体力が余裕がある内に何度か飲んでみて、お腹壊さないか確かめよう。
けどあまり心配はしていない。山登りでも沢の水は割と平気で飲む派。
顔を洗いさっぱりする。
タオルも洗いたいけど、直接洗うのはなんか申し訳ないのでバケツに汲んだ水ですすぐ。まあ近くに水を捨てたら地面に染み込んでいずれ合流するんだろうけど。気持ちだ気持ち。
いつの間にかズボンが破れて擦りむいていた膝も洗う。よく見るとあちこち擦り傷だらけだ。
安心して意識したら急に痛くなってきた。
でもまあ傷ぐらい。
今のこの満足感に比べたら。
嬉しい事がもう一つ。
木の生え方なのか眺望の拓けたところがあり、東側に海が見える。僅かに見えた砂浜から考えて、大体の予想通りの場所にいる事が分かる。海から結構近い。
川が曲がっていた気がしたんだ。合っていて良かった。
東へ進むと拍子抜けするほどあっさりと、ひらいたところに出た。
行きと比べると半分以下の時間。
一応結んでいたビニール紐もいらなかったくらいまっすぐ進めた。
次に行くとき目印は必要だと、使ったけど。
身体は悲鳴を上げていたが、心は晴れやか。ただ歩みは遅い。軽やかに歩ける状態なら足元も割と歩きやすいし、一時間くらいでいけそうな近さ。
最初に入った浜から川沿いに登るよりも簡単かつ早いのは確実だった。
地形的に南の先の方が低くなってて川として水が流れたけど、歩く事を考えると東側の方が近いのか。アップダウンも僅かにあったからこっちには水が来ないんだな。
出たのは車を置いてきた場所から少しずれた場所だったけど、キャンプ地から入ってもいけそうな気がする。
山には飲めそうな水がある。歩ける距離で。これは安心材料になる。
今回は帰りに何があるか分からないので結局バケツは使わなかった。ペットボトルには汲んだけどね。
片手でほとんど杖代わりに布団たたきを使いつつ進むので、もう片手は開けておきたかったのだ。
とにかく海辺と言って良い場所に出た。
パジェミィまで近い。
良い場所をキャンプ地に選んだ。
山があって海があって水場もある。
特に海から近くに水場があるの最高。
ありがとうございます!
地面をポンポンたたきながら、思いっきり感謝を叫んだ。
入るときお願いしたんだから、お礼を言わないとね。
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