3、静かな夜を明かす

スマホの明かりを落としてしばらく経つと暗さに目が慣れてきた。


月が明るい。それだけで十分周りが見える。大き目の少し欠けた月と小さ目の満月。何度見ても月が二つある。慣れると暗さどころかまぶしい。



ここは本当に地球じゃ無いのか。

ワンチャン太平洋とかインド洋とかの絶海の孤島みたいなところだと月が二つある可能性もあるんだろうか。惑星のどれかがあんなに大きく見えるとか。木星とか。聞いた記憶無いけど、世の中不思議はいっぱいあるし、可能性はゼロじゃ無いな。


夢か。でも味覚も嗅覚も触覚もある夢なんて今までに見た事が無い。

それに流石にそろそろ起きるだろう。


死後の世界か。

東に海が広がっているって事はもしかして西の果ての浄土?違うか。周りに蓮の花無いし。西も南も北も海だし。


運転席を倒し、読書で気を紛らわせようとしたが、何度も同じような事を考えてしまう。

本を読めば文字が上滑りをして頭に入らないし、ならばと聞き始めたダウンロードしておいた古典文学朗読にも集中できない。竹取物語でも聞こうかと思ったのに。

スマホを何度見ても電波は相変わらず無いし、通知が来る事もない。



静かだ。

裏の森からは時々何かの鳴き声がしているけど。

お陰で生き物自体はいる事が分かった。

生き物がいるという事で窓を大きく開けるのが怖いので、ドアバイザーのある数センチだけ開けている。締め切るのは流石に暑いが、エアコンをつけるのが勿体ないので時々ドアを開けながらミニ扇風機と団扇でしのいでいる。

一度日が落ちてから全てのドアを開けて熱をできる限り逃がしたので、なんとか我慢できている。

それでも何度も運転席のドアを開けて換気をしている。日が落ちて多少マシになったけど、けっこう暑い。


暗くなってしまってテントを立てるのは諦めた。組み立ては簡単だが、そもそも何がいるか分からない場所でテントは怖い。

熊がいるかジャガーがいるか。アナコンダの線もある。こわいこわい。

未知の虫もいやなので一応蚊取り線香を車外で焚いている。

効いているのかは不明。


…………。


静かだ。

遠くで波の音はするけれど、船とか人工的な音がない。木々のそよぐかすかな音も聞こえる。

家路を急ぐ車の音も、夜になるとはしゃぎ出すバイクの音もしない。

だからエンジンをかけれないというのもある。

耳慣れない音で、何か起こしてはいけないモノを刺激して起こしてしまいそうで怖い。


対岸の空に光も無い。

自分が持っている光源を消すと、変な言い方だけど明るすぎる月明かりのお陰で暗さがよく見える。


空には割れ目のような天の川(のようなもの)がはしっている。


天の川銀河の中の、違う惑星に来ちゃった?

はは。

お星様、キレイダナー。

知らない世界みたいー。

ここどこー。



昼間、周りを見て歩いていたら潮が引いていくのが分かった。

今までが満潮に近いか満ち潮の時間だったらしく、それでも十分広い砂浜だと思ったが更に広くなる。ずいぶんと遠浅の地形らしい。そして干満の差が知ってる規模じゃない。

少し迷ったがその時間を利用して思い切って移動をした。大丈夫だと思うが、思うが、一応。

えげつないほど退いていく潮に、大潮の日は木々も水につかります。と言う不安が出てきた。

マングローブ林を思い出していた。


今いるところは少し高台というか丘を登りかけたところで、背の低い木と雑草の生えた原っぱになっている。大潮でも高波でも大丈夫なはず。ベースキャンプに丁度良い。森との境目付近といえるかな。

低めの広葉樹や蘇鉄のような木がまばらに生えているのを防風林代わりにして車を停めている。

一応樹液がかからなさそうな所を選んだけど、ベタベタになったらいやだな。


移動してみて分かった。

ここは凄く島っぽい。


大陸沿岸部の線は薄れた。というかない。まず間違いなく島。しかも小島。何しろ車でほぼ島を一周できた。

ぐるっと一周してしまった。

メーターをしっかり見ていなかったけど、五十キロ位しか走ってないはず。

北が上として、上向きに触角の生えた、西の欠けた三日月か蛹のような地形らしい。潮が大きく引いている時は、島を中心にほぼ円形に砂浜が広がって周りの小さな島に歩いて行けそうな程になる。

戻れなくなると怖いので行ってないけど、おかげで車はスイスイ広がった砂浜を走れて気持ちよかった。

なるべく乾いたところを選んで、何カ所か潮が引いたばかりで泥濘んだけどパジェミィちゃんに直接波は当たってないから。問題ないと信じてる。



周りを眺めながら走っているときに、ぽつんと大きめな木が一本だけ生えている島があって、ドキドキした。

あれ死んでも生き返れる葉っぱ?

ロマンじゃん。って。


今は最初より南にいるが、ここから北東側に続く砂浜のどこかが最初にいた場所だろう。

島の東側の広い海岸。


走ってみて東西南北見晴らしよく海!が確定したわけだ。


ゲームの視覚効果で言うなら雲に覆われてた地形が確定した感じ。

地図が欲しいけど、書き方が分からなくてざっくりシルエットだけ。これもだいぶ朧だけど。

ゲームって勝手に地図出来て便利だなあ。



それにしても砂浜を走って島を一周できるって、リゾート的な南の島みたいだ。

モルディブか?ニューカレドニアか?カリブの島か。新婚旅行の憧れの土地か。我ながら南の島のイメージが貧弱で笑える。しかもカリブは南とは言いがたいか。どの辺だったか世界地図を思い出してもマイアミの下しか思い出せない。楽園感はあるけどどのへんだっけ。


人の気配はない。

新婚さんもいなければ、街もない。案内板も無いし、車のエンジン音に驚いて出てきてくれる原住民の皆さんもいない。

海辺を回ったのに漁に使う道具だとか、船の類いがない。もちろんゴミ類もない。

ただずーっと綺麗な風景が広がっていた。


旅行なら良いところなんだけどな。


水色のスライムをもみながら考える。

大きめのピンポン玉位の大きさが手にちょうど良い。

因みに今手にしているのは百円ショップで姪っ子にねだられて買って、すぐ飽きて車に忘れられた子。商品名『ウォーターねんど』だ。手触りも見た目も完全にスライム。でもねんど。違いはどこだろう。

考え事をするときペンでもプチプチでも何でも良いからいじりたくなるのは何でだ。

疑問に思ったとき近年はついスマホで調べていたが、今はそれも出来ない。電波が無いとやる事が無い。

丸く握ったスライムを箱に戻す。


なんだかお腹がすいてきた。

ゆっくり過ごして気持ちが落ち着いてきたらしい。空腹なんてさっきまで全くなかったのに。道の駅で食べるはずだったサンドイッチも時間を逃してそのままコンビニの袋に入っている。

明日の朝食べよう。

朝のエネルギー補給は大事だ。何があるか分からないから。今はバナナを一本かじる。おいしい。


シートを更に限界まで倒す。構造上フラットにはならないし、今は荷物もたくさん積んでいるからリクライニング程度にしか出来ない。


もし車中泊が続くなら、寝方も考えないと。エコノミー症候群にでもなりそう。テントの方が良いかも。でも怖いよな。


腕時計は九時前を指している。

真夜中かと思ったのにまだずいぶん早い。


こんなに早く寝れない、と思っている内に眠ってしまった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る