1、そして海に着く
目の前は海だった。
目の錯覚でも頭を打っての幻覚でも多分無く、海だった。
ドアを開けて下りてみれば、下は砂浜。
地元は海沿い山沿いだが、地元の潮干狩り用のゴツゴツじゃりじゃりの浜では無く、海水浴が出来そうな白く粒の細かい砂浜。
子どもの頃よく遊びに行った、地元半島西海岸の砂浜を思い出す。
突然地元近郊の海水浴場に来たわけじゃないよね。
思わず地元近隣の海水浴場を思い浮かべるが、浜のすぐ後ろに走っているはずの国道も無ければ立ち並ぶ海の家も無い。
そもそも愛知南部を出発して、和歌山の海沿いを目指てた。まだ三重と境目くらいの山中で迷っていたのに、一瞬で海辺に着くはずが無い。ましてや愛知南部の地元に戻っているはずもない。
どこだ、ここ。
死後の世界?黄泉の国?西方浄土?ざっくりあの世?
分かるはずも無い事をぐるぐる考えていてハッとした。
パジェミィは?
因みにパジェミィとは愛車の名前である。可愛らしくて愛嬌があってそれでいて分かりやすいので気に入っている。
家族や友人からは「ミ」でいいじゃんなんで「ミィ」っと突っ込まれたが言い続けた者勝ち。因みに久しぶりに会った大学からの友達にはまだ同じパジェミー乗ってるの、と驚かれた。
もちろん、ミーじゃ無くてミィねって答えた。
大学時代にバイト代を必死に貯めて買った中古車。今はもう同じ年式の子と出会う事もほぼない。お仲間の新型車生産も終わってるんだっけ。
どうでも良い事を思い出しながら車体を点検するが特に凹みなどはない。
車体が傾くほど何かがぶつかった助手席付近も、ボンネットも無事だ。
キーを回せばエンジンも問題なくかかる。
そうなると事故の全てが夢だったのかと思う。
迷ったところからが夢か。
じゃあ今も夢か。
そうだよね、山からすぐ海なんて私がバク宙できるようになるくらいあり得ない。
夢だ夢だ。
海の水に触ってみる。
水だ。リアルに水だ。
しょっぱい。味も感じる。
海水だ。
冷たくは無い。
泳げない事も無い、けどそろそろ泳ぐのには寒いかな、って言う時期くらいの水温。まあ九月だな。というくらい。
透明度が高い。
地元あたりだったらこの時期もっと黒っぽいと言うか何なら藻が浮いて赤い事もある。そして磯臭い。ここは海の匂いはするけどずいぶんマシ。
見慣れた波打ち際までひしめくクラゲだらけの海、でもない。
なんか青いし、南の方の海?
もし和歌山なら、海ってこんなに綺麗なの?直線距離はともかく和歌山に旅行に来た事はない。
釣り系配信者の動画で見た事ある、九州の離島のような青い海。いやもっと青い。沖縄?行ったことないから知らないよ。
屋久島は行った事あるけど杉に夢中で海を見た記憶が無い。
太陽は輝いている。
空も真っ青。もう夏も終わったのに入道雲みたいな大きな雲が遠くにある。
太陽はまだ真上には上がっていない。たぶん。夏の残りの気配も、秋の初めの気配もする海辺。
っていうか、ここって日本?
っていうか現実世界の地球?
夢じゃ無いの?なんなん。
何が起こったの。
思考が追いつかず砂浜にしゃがみ込むと更によく分かる砂の白さと細かさ。
土産物屋さんによくある、星の砂の瓶詰め作れそう。
指の間からさらさらと流れる砂を見ながらぼんやりと思った。
はっと思考が戻ったのは白い砂に映る自分の影が短い事に気付いたからだ。
黒髪が熱を集めてチリチリする。頭皮から流れた汗が日焼け止めを流していく。
ぼんやりする前にやるべき事はたくさんあるのに、現実逃避で遊んでしまった。
のの字を書いたり砂の山や城を作っている場合じゃ無かった。
車に戻ってスマホチェック。
──圏外
だろうと思った!
一応地図アプリを立ち上げる。
──現在地が確認できません。
だろうね!
時間は分かる。正午過ぎ。
腕時計も確認。同じ。
よし。
車のエンジンはかかる。けれど道が無い。
目の前は海だし、砂浜が途切れた後ろは雑木林か森か木が結構生えている。突き抜けられない。悪路なら頑張れても木をなぎ倒すパワーは無い。間を縫いながら行けば多少は入れそうだけど奥へは無理。
とりあえず木の生え際ギリギリ少し入った所まで車を待避させる。木の生え方からいって、ここなら波がかからないはず。
狭いが草地をたどれば海沿いに移動も出来そう。砂地なら大丈夫かな。一部岩場もあるけど乗り越えられるかな。
あんまり使わないけど四駆だし行けるか。でも途中でタイヤが砂に埋もれそうなのでとりあえず今はここで。少し見て回ってから考えよう。
明るいうちに見える範囲の情報を整理したい。と言っても分かる事は少ないけど。
おおざっぱに時計と太陽の位置で南を確認する。
だいたい海側東、森側が西だな。
もし北半球じゃ無いと、この確認方法だと逆になるんだったか。南半球に行った事ないから知らない。
そういえば鍵につけたキーホルダーが方位磁石になってるんだった。あんまり使わないから忘れてた。まあ結果は同じ。
磁気はあるんだな。
砂浜は広い。きれい。石や貝殻流木は落ちてるけど人工的なゴミが無い。
灯台なども見えない。
森側を見ると奥の方に高そうな山が見える。海からだんだん緩い丘っぽくなり、奥に行くほど雑木林になり木が多くなる。で、森。そして山。
小さい島なのか大きい島なのか大陸沿岸なのか。ここからでは分からない。
海に近いところは椰子っぽい木がまばらで南国っぽいけど、森は広葉樹や針葉樹がある。
看板などはない。
うーん。
海辺のキャンプサイトや観光地って結構椰子植わってるよね。つまり人工かも。
ここがたまたま無人のプライベートビーチなだけで、さらに向こうには街があるかも。
パジェミィを置いていくのは不安だけど車で行けるだろうか。どこかに道があるかな。
立ち往生も怖いし、時間を十分取って確認してからの方が良いか。
ふと立ち入ってはいけない場所の名前を思い出してしまった。
犬鳴村とか杉沢村とか。島で言うと毒蛇島とか北センチネル島とか。オカルトと実在する場所の名前が駆け巡る。
現地民がいたとして、友好的とは限らない。友好的な相手ならなおさら世界に病気をまき散らしたかつての侵略者達のようにもなりたくない。
そもそも、そもそもだけど日本語が通じなかったら絶望しか無い。
どこだよ、ここ。
本当にどこだよ、ここ。何で私こんな所にいるの。
まだ明るい空に白い月が浮かんでいる。
ふたつ。
何で月が二つもあるんだよ!どこだ、ここ。
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