今日から無人島生活in異世界?
ダイダイ
一人キャンプを楽しみたかっただけなのに。
0、山道で迷う
これは完全に道を間違えた。
結城穂積(38)只今道に迷っています。
事故渋滞を避けて下りた一般道、そこでナビの指示を一本間違えただけで迷い込んだ山道。
動物注意の標識が先ほどまでの狸のシルエットから猪のシルエットに変わったあたりで僅かに設けられた待避所で車を停めた。二十代の頃は運転が疲れるなんて事は感じずどれだけでも走れたけど今は出来ない。安全運転には休憩が大事。
そもそも高速道路と一般道、山道では疲れ方が違う。特に左右がそそり立った崖と落ちたら真っ逆さまな崖では神経を使う。
まだガソリンには余裕があるし、戻るべきか。戻ればこの待避所以外ですれ違う事も出来ない山道をまたずいぶん走らなければいけない。それ以前に回転できるほどのスペースは無いのだが。
スマホナビを信じるならば、このまま進めばもう少しで集落がある。そこでUターンするか進むかを決めよう。
今のところ曲がりくねった道と木々のお陰で、集落は全く目視できないから凄く不安だけど。
スマホの地図を拡大したり縮小したり。ストリートビューでも確認すると、随分大回りした形になるが、進んでいけば集落を通って元の道に出るっぽい。
まったくそんな気がしないけど。整備された国道が既に恋しい。
海沿いのキャンプ場へ行くはずが、何故か山道で迷っている現在。
しかし急ぐ旅ではない。早めについたら道の駅で軽くお茶しようと思っていたが、少し予定が変わるだけ。
キャンプ場の予約はしているので最悪チェックインしてテントを設営できる夕方までに着けば良いのだ。
夜は一人バーベキューをして、明日は釣りを楽しむ予定。初めての連泊キャンプ二泊三日。
日帰りや一泊だと結構忙しいんだよね……。
海釣りも出来るという事で選んだキャンプ場は有料だけど、その分施設が充実。個別に水道と電源が使え、予約しておけば石窯付き。初心者にお勧めでレビューもよく、共同トイレは水洗。
持ち込みの食材は結構奮発した。食べきれるか心配なくらい。まあ余ったら無理せずに持ち帰れば良い。荷物の増減で心配が無いのは車の良いところだよね。
今までピクニックキャンプ主だったから、考えるとウキウキする。
間に一日釣りをしたり一人酒しながらハンモックで揺られたりするんだ。考えるだけで楽しい。
この迷った道のりも、山道をのんびりドライブしたと思えばそれもまたキャンプの楽しみ方としよう。そう思った方が楽しいし。
焦ったり急いでも良い事はない。
そもそも自営と在宅の掛け持ちだと終わり無く仕事の事考えちゃうから、仕事から離れてのんびりするのが目的。ドライブでも十分楽しい。目的のないドライブは苦手だけど、目的地はあるんだし。
バックグラウンドでいつものようにラジオ代わりに流していた動画を変える。
怪談の朗読は好きだけど、こんな場所で山系怪談はなんか縁起が悪い。怖い怖い。
峠系もドライブ系もやめておこう。無難に音楽聞こうかな。
古い車だからシガーソケットに充電器を差してるんだけど、そうすると車のラジオの雑音がひどくて使えないんだよね。
アプリ使ってラジオ聞いておけば良いんだけど、動画流している事が多い。
そのお陰で事故渋滞にギリギリまで気付かずに今に至ってるんだけど。
流れ始めた二十年ほど前のアニソンを音程外れの大声で歌いながらエンジンをかけ直す。私はこころのうたタイプだ。音程はもう諦めてる。
諦めてはいるけど、ここで事故ったらドラレコ確認されてそれこそ精神的大事故の羞恥プレイになる。よくよく安全運転で行こう。「うわーこのおばちゃん事故の直前までアニソン熱唱してる。しかも音痴」なんて言われたら恥ずかしくて死んでも死にきれないし、化けて出る事も出来ない。
対向車には十分注意していた。後続車もいない。
田舎の抜け道で地元民は外部の人間が白目を剥くほどスピードを出して走り抜ける事は知っていたから、遠くも見るようにしていた。
動物の飛び出しにも注意していたつもりだった。
動物注意の標識は飾りじゃ無い事も分かっているから。地元周辺は狸やイタチがよく飛び出し事故をする。
けれど、
崖の上、垂直に見える斜面から突進してきた何かをよける事は出来なかった。
落石か!?
ほぼ真横からぶつかってきたように感じた「何か」は車体を揺らし軽四駆をいとも簡単に崖下に向けて傾けた。
これが走馬灯か
幼い頃から最近までのとりとめも無い思い出が浮かんでは消えていく。
ああもうすぐ繁忙期なのに。大分マシュマロンな私がぽっちゃり程度になるほど疲れる季節なのに。
怪我は嫌だな。自分も辛いし周りに迷惑をかける。
意識の上ではゆっくりと、実際はおそらく勢いよく傾いていく車の中で、どうする事も出来ずに後部座席に積んだ荷物が倒れる音を聞いていた。冷静なのか混乱しているのか。頭の片隅で助手席足下クーラーボックスの中の卵を心配をしている自分がいる。
車の軋んだ悲鳴が聞こえる。
愛車を最後に洗車したのは三ヶ月以上前だ。
ごめんね、二十年近く一緒に走ってくれたのに、最期がホコリまみれ泥まみれで崖下なんて、申し訳ない。
ハンドルにしがみ付こうとした瞬間、ボンネットに何かが落ちてきた。
落石に当たったと思ったけれど生き物だったらしい。
猪。にしてはさらに大きいし、毛が長い気がする。毛色も白っぽい。ボンネットに乗ったのは全身では無く頭部分だけのように見えるのに、フロントガラスがほぼ埋まって何も見えない。片方だけ目が見えている。横顔か。
大きすぎないか。
拳二つ分はありそうな大きな目が開かれた。
ぎょろり、と黒目が動く。
猪って白目あるんだなあ。
そんな事を思ったのを最後にいったん意識は途切れるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます