〘五十三番星〙門出




「そんじゃ、これから卒業試験の作戦会議を始める――!」




凛とバジルがCMAに入学してから、早くも三年の月日が経とうとしている。


二人はお互いに協力し、時に競い合いながら順調に単位を取得していき、ついに卒業試験を迎えるまでに至ったのだが――。





発端はルカが唐突に言い出した一言だった。



『今年は豊作だし、卒業試験もスペシャルなものにしましょう! 模擬戦でアタシを倒すのが目標よ~ッ!』


何と言う無茶振り。教室がプチパニックに陥ったのは想像に難くない。





 試験の対象者である四人は、チェイス、糯米ヌオミィ、バジル、凛。


同学年の卒業タイミングが重なり、仲間としての結束も深まっていたことから、このような特別ルールが設けられたらしい。





 実際凛は先輩二人とも馴染んでいた。



 チェイスは一見クールだが、本当のところは真顔で奇行に走るような――何と言うべきか、掴みどころの無い人物だ。


この前は「教室にある教卓の引き出しを貯金箱にして、いつまでバレないか」なんてゲームをしていた(ちなみに五千シルバー相当のコインが溜まったところでミューズ先生にバレ、大目玉を食らっていた)。





 一方糯米は朗らかで親切だ。しかし、自身についてあまり話そうとしないため、謎めいた一面もある。


凛は彼女のある言葉を今でも忘れられない。


『繁華街の路地裏には近づかない方がいいよ、特に夜は。の人たちに顔を覚えられちゃうかもしれないからね~』









 まだ暑さの残るグラウンドで、四人はバジルのノートを囲んでいた。



「まずはセンセーの能力に関してだけど――まあ、それは本人が熱心に解説してたとーり、一言でいえば強烈な範囲攻撃ってとこかな」



それに対しチェイスは「能力丸開示とか舐められてるよな」とげんなりする。


「こうして戦略を練るのも試験の一環なんじゃない~?」







「そんで、こっからが本題の作戦立案なわけだけど」


ノートに図を描き始めるバジル。

四人はまじまじとそれを見つめた。



「範囲攻撃が向こうのメインウェポンだから、通常ならなるべく分散して戦うのがセオリーだ」


敵は一定の範囲を一度に爆撃できるのだから、近くで団子になっていれば一瞬で一網打尽にされてしまうだろう。


「でもだからってあの先生相手に単独で挑むのは……」


凛の言葉にバジルは頷いて、「そこでだ」とビシっと指を差す。




「ブラフを張ろうと思う」













 魔導学における「属性」というものは、確かにその形を分類するものではあるが、決して概念を凝り固めるものではない。


従って、魔力効率が悪いという致命的な欠点があれど、他属性の魔術も扱える。



――――のだが。





「お前が浮遊魔術を使えないと話にならないんだけど!?」



バジルが吠える先には、顔を真っ赤にして力みながら唸る凛の姿があった。

両足はしっかり地についている。



「お前が氷属性以外がてんでだめなのは知ってたけど、まさか基本魔術までとは」

バジルは頭を抱えた。





 試験では、誰一人欠けることは許されない。


今回の演習場は平坦な地形。近接戦闘を得意とするチェイスや糯米はともかく、後衛の二人には圧倒的に不利だった。


遠距離術師の強みとは、リーチが広く相手を一方的に攻撃できる点にある。

しかしその分、敵に距離を詰められてしまえば成す術がない。



そこで浮遊魔術を習得すれば、地形関係なく有利に戦うことができる――という寸法なのだが。





「どうしてもうまく風を使えなくて」


「浮かぶっていうのは風だけじゃない。例えば磁石の同極の反発とか。……試した?」


凛は首を縦に振ってから悔しそうに顔をしかめ、魔杖まじょうを握りしめた。




――――磁力よりも想像しやすい風でダメなら、まあ、そりゃそうか。

バジルは思案する。



一般的に人が扱う魔術とは、大気中に存在する魔粒子と体内の魔力を反応させることで引き起こす現実改変。

「自分の想像を現実に強要する力」とはよく言ったものだ。


――――即ち、魔導とはイマジネーションである。




目の前の少女は冬や氷というものをよく知っている。

しかしそれ以外のことは疎いのだろう。




ひとつのアイデアを思い付いたバジルは顔を上げ言い放つ。


「凛の場合なら浮かなくていいんじゃね?」



凛は言葉の意味を理解できず、こてんと小首を傾げた。








☆   ☆   ☆








叡智の眼オラクル・ド・サジェス!」



 戦いの火ぶたは切られた。




「どんな景色を見せてくれるのかしら、楽しみだわ。さあ、殺すつもりできなさい、可愛いベイビーたちッ!!」


ルカが指を弾くと、黄金の光に満ちたフィールドが展開される。



バジルも負けじと空中へ浮かび上がり、術を発動させた。





雷兽熊宝宝らいじゅうクマちゃん、出撃だよ~!」



少女が両手を広げると、雷を纏った可愛らしいクマのぬいぐるみが次々と飛び出した。

クマたちはちょこちょことルカの周りを囲み、ビリビリと雷を散らしていく。



「前衛は俺たちに任せろ」


二本の鋭い剣を手にしたチェイスは、そうアイコンタクトをしてからルカの方へと駆けだした。





「私学んだよ、強者に弱者が勝つ方法。相手を…弱くしちゃえばいいんだよね?」



凛は昂然と魔杖を構え、ルカの足元を氷漬けにする。




「バジルの叡智の眼、すごいな。未来を見ているみたいだ!」


チェイスはルカが作り出した陽光の矢を容易くかいくぐりながら、風のような速度で距離を詰めていく。



「本物の未来じゃない、あくまでも演算だ! あんま信用すんなよ!!」




――――叡智の眼。

それは血の滲むような努力の末に習得したバジルの固有魔術。


持ち前の豊富な知識で相手の情報を解析し、そして一秒先の相手の動作を予測する。



浮遊魔術で戦場を俯瞰するバジルのその視界を他三人と共有することで、戦いを有利に進めることができるのだ。




■■■*ヴェニュススラング*ッ、速いなもう!!」



臨機応変に、仲間に身体強化などの支援魔術も施しつつ、ルカの一挙手一投足を観察し一秒先を演算し続けるなんて、並みの術師ができることではない。


瞬きすら許されない緊張感、そしてスリルに、バジルは歪な笑みを浮かべた。




凛もルカの動きや陽光の矢を凍結させながら、自身も長射程の高火力攻撃を叩き込んでいく。


その氷の槍はほとんど弾かれてしまうのだが、それでいい。




「二人のサポートのおかげで戦いやすいよ~!」


糯米の雷攻撃も交えて、ルカの意識を少しでもチェイスから逸らすことができれば――――




「視えた――」


風のように交差するチェイスの双剣がルカの体を捉えた。




ルカの瞳が大きく見開かれる。






しかし、そう一筋縄でいく訳もなく。



「糯米のラブリーなテディベアでアタシの注意を引きつつ、凛が妨害と援護射撃。そしてバジルの支援を受けたチェイスが裏からとどめを刺す――そういう作戦ってワケね?」



「刃が…入らない!?」


煌めくバリアに吸い込まれ、剣はいとも簡単に無効化されてしまう。



「でも残念ね。この美しい筋肉を見なさい――アタシは近接戦闘が得意なのよッ!」


チェイスは何とかそれを打ち破ろうと更に力を籠めるが、まるで空間ごと切り取られているかのように手ごたえがない。




「っ、熊宝宝クマちゃん!!」


このままではチェイスがダウンしてしまうと考えた糯米は、焦ってクマを向かわせる。



しかしルカは目もくれず、ただ一つの方向に視線を注いでいた。


「そうなると……アナタの妨害が厄介ね、エトワール」




「――っ!!」


ルカが言い終えるのと同時に、気が付くとチェイスは宙を舞っていた。

演習場の端の方まで吹き飛ぶと、そのまま壁に叩きつけられる。




――――チェイス先輩!


凛は咄嗟に彼を呼ぼうとするが、声が喉から出る前にルカが視界に入り込む。




「まずは手ごわいベイビーから」



手中にある光の玉がいっそう輝きを増す。


彼の攻撃が凛の目前に迫る――――。






しかしその寸前、ルカは見た。




「――蓮葉氷ロータスノウ・ステップ



少女が微かに微笑むのを――。





ルカの光線は虚空を穿つ。


狙いを定めたところからターゲットが消えていたのだ。




唐突な出来事に、一瞬脳の処理が滞る。

しかし流石は教師と言ったところか、彼はすぐに状況を理解し、視線を上に向けた。




「私なら浮かなくてもいい」


――――宙に足場を作ってしまえば良いのだから。





「一本……取られちゃったわね」



少女の小さな足が触れたところから空気が凍り付き、薄い膜を成していく。


まるで散歩するかのように、凛は優雅に空中を歩いた。




蓮葉氷ロータスノウ・ステップ――空中に氷の足場を作ることで、実質的に浮遊魔術と同じ効果を得ることができる。


遂に手に入れた凛のオリジナル。つまり、固有魔術だ。






「 これが私の、三年間の研鑽の成果です。見ててくださいね――先生 」




演習場を見下ろす凛は誇りに満ちた笑みを浮かべて、一度くるりと回した魔杖をルカへと向けた。




まさかここまで完璧にこなすとは想像していなかったバジルは一度瞬いてから、やるじゃん、と笑う。


「糯米センパイ、今です!!」



「は~い! よおし、本気出しちゃうぞ~…」


バジルから指示を受けると、糯米は出現させた三節棍に魔力を籠め、掲げる。

すると散らばっていた小さなクマたちが集まりはじめた。



「合体! 雷神大熊でっかいゴロゴロクマさん~っ!!」



詠唱の後、稲光の中から現れたのは、校内の天井まで優に届きそうなほどの巨大なクマだった。


ラブリーな見た目は一切変わっていないため、絵面は愉快なことになっている。



「ぷっ……糯米、ネーミングセンス」


「今思いついた技なんだからしょうがないでしょ~!」




チェイスは風魔術で己を加速させつつ、その力を二本の剣にも纏わせる。


「エアブレイド・スラッシュ!!」



豪快に振り抜くと、まるで剣そのものを投げたかのように鋭い風がルカを切り裂かんとする。


「チッ、やっぱさっきのバリアで防がれるよな」


しかしやはり並大抵の物理攻撃は無効化されてしまうようだ。





戦場を俯瞰しているバジルは考える。

このままなら現状維持は容易いかもしれないが、勝つことは叶わない。


ならばどうにか、この陽光のバリアを打ち破る必要があるだろう。




「たくさんのラブリーがスペシャルなラブリーになったわね!」


「ふふんっ。そうでしょ~、せん……せっ!」



バジルが策を考え始めたと察した糯米はルカの足止めを図る。

まっすぐ飛来する光線と槍を必死に三節棍で捌くが、あまりにも攻撃が速い。糯米がかなり押されている。




「……待てよ、攻撃している間はバリアが消えるのか? いや――」


バジルはあることに気が付く。




「先輩たち、光だ! バリアの光を乱すんだ!!」


恐らく、攻撃に使われる光線のような強い光にさらされると、同じ光であるが繊細なバリアが揺らぐのだろう。



バジルの意図を理解できず訝しげな眼差しを向けるチェイスと、すべてを悟ったのであろう糯米。



彼女は無言でチェイスの剣(と言うより腕)を蹴飛ばす。


二本の剣はそれにより少年の手を離れ、遠くに吹き飛んだ。




「ハ!? 突然の暴力!!パワハラだ!!!」



糯米は作り出した稲妻の剣を投げつけてから、すぐに雷神大熊に飛び乗り、頷く。


やっと緊急の作戦を飲み込んだチェイスは膝でその剣を叩き割り、再び自分が扱いやすい二刀流の形にした。



「これで斬ればいいんだな」




二人が準備完了したことを確認したバジルは凛に目で合図する。


凛は頷き、大技に備え長い詠唱を始めた。


「すべてが眠る白き夜よ――――」









「センパイ! 少しの間耐えてくれ!!」


手にしている分厚い魔導書から大地を照らす魔術を見つけ出し、発動する。


ルカが発動したフィールドにより既に光に満演習場が、バジルの術で更に灼熱と化す。

しかしこれは少しでも技の成功率を上げるためだ。





――――ここで120%の活躍をしてこそカッケー先輩だよな。


バジルのサインを聞いた二人は、呼吸を合わせ、同時に詠唱した。



『吹き荒れろ、鳴り響け――大嵐テンペスト!!』



雷神大熊の上に飛び乗った二人の大技に、まるで落雷と暴風のような轟音が鳴り響いた。



「これはちょっとピリピリするわね」


チェイスは「このゴリラが!」と心の中で思った。否、実際声に出ていた。





二人がやっと繰り出したこの大技も、ルカを打ち倒すには至らない。




「……センセー、さっきオレらの作戦を言い当ててみせたけど……残念、あれにはまだ続きがあるんだ」



しかしバリアを弱体化させるには、これで十分。



「糯米センパイが囮になって、その裏からチェイスセンパイがとどめを刺す。――と見せかけて!!」




「うん、この絶好のチャンスを作り出してくれてありがとう」


――――そう、これはブラフ。




ルカが立っている地面に影が落ちる。


それは凛のものであり、大量の氷のレイピアたちの影だ。




内心楽しくて仕方がない――そんな感情が僅かに滲んだ声で、凛は詠唱した。



「 降り注げ――流星の氷柱メテオ・アイシクル




そう、これはブラフ。


凛は遠距離攻撃と妨害で、とどめはチェイスの役割だと見せかけて、真打ちは――――




まるで流星のようにつららの雨が降り注ぐ。


最後を飾るのはこの少女だ。






☆   ☆   ☆






「チェイス、糯米、バジル、凛――卒業おめでとう!!」


ルカを中心とした教師が四人へ盛大な拍手を送った。



CMAの庭園は今日の式典のために丁寧に飾り付けられ、鮮やかな花が咲き誇っている。




「と言っても俺らは生徒である以前に保護対象だからな、これからもここにいるが」


「いいんだよ~、卒業は卒業でしょ。それで、二人はこれからどうするの~?」



糯米は凛とバジルを見遣る。


「オレは禁書庫の司書だな。はーあ、やっとここのつまんねー図書室におさらばできるぜ」


「私は星を追うの。そのためにルカ先生が魔術師さんの事務所を紹介してくれて――」



凛はそこでふと疑問に思ったことをルカに尋ねた。


「……そう言えば、先生はなんで私をここに連れてきてくれたんですか? 初めてであった時、『アナタの救世主に聞いてみるといい』って言ってましたけど、それって――」


「あら?てっきり知っていることと思っていたのだけれど。あの子は相変わらず秘密主義ね」



「――――誰の話をしているんですか? ……ルカ先生」




最も馴染みのある声が背後から飛んでくる。

しかしまさか、彼女がここにいるなんてありえない。


凛は驚いて振り向いた。



日光で煌めく長いまつ毛、風になびくはちみつ色の髪――――





「な……名奈ちゃん!?」




「もう会えないんじゃないかなんて思ってたのよ、久しぶりね。会えてうれしいわ、プティ・フルール小さなお花ちゃん



名の主である少女は「相変わらずくすぐったい二つ名で呼ぶんですね」と、なんとも言えない表情で溜息をついた。



何が何だか、全く状況を理解できない凛は、名奈とルカ、二人を交互に見た。




「あ~、ナナさんだ! また会えるとは思ってませんでした~!」


糯米から思いもよらない言葉が飛び出して、凛はギョっとする。



「ヌオミィちゃん!? 大人っぽくなったね……というか、やっぱり入学することを選んだんだね」


「はい、もう四年ですから卒業ですよ~」



凛は開いた口が塞がらなかった。



「ま、まさ……まさか」



混乱して立ち尽くす凛の肩をぽんぽんと叩いた糯米は、バジルとチェイスの方を差す。


「最後の機会になるかもしれないし、私たちは四人でお話しよ~?」












 三年間の思い出が詰まったこの校舎が、なぜか知らない場所のように思える。



「何ていうか……その、お前らで良かったよ」


バジルは今日やっと卒業という意味を実感したようで、どこかよそよそしい態度だった。

気まずいのか自分の感情を悟られたくないのか、彼はふいっと視線を逸らす。




「ふふふっ、バジルはさみしがりだもんね~」


「あーもう、撫でんなよ…!」


バジルの頭に手を伸ばした糯米は、二年前は私と同じくらいの身長だったのに、と感慨深い気持ちになる。


「糯米、俺がおぶってやればこいつを見下ろせるぞ」



糯米は驚いて瞬いてから、ぷっと吹き出した。


「チェイスはずっと変わらないねえ」


――――彼は糯米の瞳の色を知る、唯一の人。






 一方凛は、別れだというのに皆笑っていることが不思議だった。


そう思う自分も、寂しい気持ちはあれどちっとも悲しくはない。

今までさよならが怖くて仕方がなかったのに、今は何だかすっきりとした気分だ。



また会えるという確信があるからだろうか?――否。




「みんな、これから目指すべき場所へ向かって歩き始めるんだよね」


これは終わりじゃない。


心でずっと疼いていたわだかまりがすーっと溶けていくのを感じる。



「凛も、な」


「――そうだね」



バジル、チェイス先輩、糯米先輩、そして凛。

それぞれの目指すところは全く別のはずなのに、こうして旅路は交わった。


ああ、これはなんて――――



「私、すごく嬉しいよ」



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