〘四十六番星〙運命



「さて! 少しお話ししようか、君たち?」


今この学園の中で一番力を持っている人物の目が、まっすぐ四人へと向けられている。


頭から冷水をかけられたような気分になった凛は固唾を飲み込んだ。

あの侯爵の言葉――――処刑。



震える両手をぎゅっと握りしめる。


「あの、私っ…私は――――」


「ん?ああ。『冬の眷属なんて知らない』、そうだよね?」


脳の中身を見透かされたような彼の言葉に、凛は黙ったままただ頷いた。



そしてしばらく思案してから、口を開く。

「……知識としては、もちろん知っています。かつてこの世界を氷雪で飲み込もうとした――」


少しの間続きの言葉に悩んで少し目を泳がせ、躊躇いがちに「魔王」とつぶやいた。





――――約六十年前。


円盤状になっているこの世界の中心、固より魔力濃度が高すぎるあまり居住不可能と言われている地域。

その氷の国を統べる王であろう人物が突然、世界への侵攻を開始した。



中心部の比較的近くに位置する国々が氷雪に溺れただけではない。


彼が予め支配下に置いていたと考えられる、世界各地に点在していた眷属が次々に覚醒。

眷属は理性を失い、まるで獣のように、手当たり次第に人を殺め氷漬けにする――――氷の王の傀儡だ。



彼らにより、外側、すなわち南に位置する国々も甚大な損害を被った。




文明の成果は破壊され、正確な犠牲者数は未だ不明。

その上に、この出来事が起きてから世界の平均気温が2℃も低下したのだ。



これはもはや、の手による事件などではない。災害なのだ。



人は――――否。

世界は、この災害をもたらした存在のことを、『魔王』と呼ぶ。






「氷属性の半分が魔王の手に堕ち、冬の眷属となってしまったこと。元から希少だった氷属性が更に数を減らした中の数ある一人……それが私ですから。疑われるのも…理解できます。でも――――」



「六十年前に君は生まれていない。そして、『記憶がないから分からない』。そうだね?」



自分の続きの言葉を、彼はすべて分かっているようだった。


そして凛は、記憶がないことをあまり言いたくなかった。

自覚している危険因子よりも自覚がないほうがよっぽど質が悪いだろう。そう考えたからだ。


しかし言い当てられてしまったからには仕方がない。

故に否定することはなかった。




これから自分はどうなってしまうのだろうか。せっかくここまでたどり着いたのに。

不安感が募っていく。



「で、君たち三人はこの少女のことを冬の眷属だと思うかい?」




凛は反射的に俯いた。

それは彼女にとって最も怖い質問だったからだ。


長い時間を共にした彼らがクロだと言えば、それは最も重みのある意見になるだろう。

そして何より、信頼している相手に敵だと言われるのは――――他のどんなことよりも心を傷つける。



三人は顔を見合わせ、互いの考えが同じかどうか確かめている。

凛は彼らがどちらの結論を出すのか、ひたすら怯えながら待っていた。



「彼女は――――」


三人が口を開く。



「冬の眷属なんかじゃないわ。だってあたしたちの力を信じて、頼って、己の能力すら預けてくれたんだもの」


真摯な青磁の瞳は、キャンパス長の目をまっすぐに見つめていた。


「そうだぞ! しかも…オレらがもっと上手くやれてれば、凛はあんな術を使わずに済んだかもしれないんだ」


「立場上多くのことは語れませんが、論理的に見て、彼女がワタシたちに敵意を持っているとはとても考えにくい」



凛のことを敵だなんて微塵も思っていない。明らかに嘘などついていない。


「みんな……」


彼らの言葉に凛の目頭が熱くなった。





「――――な~んてね!」


「えっ?」


「正直僕はそんなことどうでもいいんだけどね! いざとなったら君程度余裕で抑えられるし。でもそれだとお偉いさん方がうるさいんだよねぇ~、だから試させてもらったよ」



予想外の言葉に四人は拍子抜けし驚嘆の声を漏らす。


あの貴族が処刑だなんて言葉を持ち出すし、キャンパス長はあからさまに深刻な空気を醸し出していたことに、アルジュンとローズマリーは静かに憤った。



しかし、当然問題が無かったことになるわけではない。


彼は再び真面目な表情をつくり、言った。


「これからの筆記試験も気を抜かないようにね。僕は君たちに期待しているんだから」




☆   ☆   ☆





 頭痛がしそうなまでに難題を突きつけられたが、何とか筆記試験が終了する。


魔導を始めとして様々な国の歴史や文化から科学技術についてまで、実に多様な知識を問われた。

そして最後には一次、二次試験での改善点を書き記せ、という欄すらあった。



正直凛はあまり自信が無かった。

数学や文学については心配の必要はなさそうだが、歴史や文化についてはギリギリで詰め込んだものだから、答えられない問題もあった。



しかしそれによる不安と同時に、この世界には自分の知らない物事がたくさんあって、それを知りたいと思う好奇心をもおぼえている。





 すっかり疲れ切ってしまったし早くレギオン会館へ帰ろうと思い、やや早歩きで校舎を出る。



白く巨大なアーチをくぐると、向こう側には哀愁を湛えた茜色が広がっていた。


鮮やかな空とそれに浮かぶ色づいた雲に思わず目を奪われ、凛はしばらく立ち尽くしている。




――――凛ちゃん、ありがとう。私ね、ずっとあなたのことを待ってたみたい。




ふと脳裏に浮かんだのは夕焼けの逆光の中自分に微笑む少女の姿。

初めて出会った時のことを、凛はよく覚えていた。


一体どれだけの間彼女の顔を見ていないだろうか。

なんだか少し胸が締め付けられるような気がして、近いうちに再びあの家を訪ねてみようと思った。




「あっ。凛~、こっちよ!」


よく知った声によりはっと我に返った。


その方向に目をやれば、ミルクと紫色をしたロングヘアの少女がぶんぶんと手を振っているのが見える。彼女の周りには二人の少年の影が。



凛は何を考えるでもなく駆けだした。

まるで泳いでいるかのように、生ぬるい風が体にぶつかっては避けていく。


そしてその少女と自分の手と手を軽やかに叩き合わせた。



「ローズマリーたち、待っててくれたの?」


「ふふ。あたしたちの中でしょ、ロージーでいいわ」


人を愛称で呼ぶのことがなかなかない凛は、恥ずかしがりながらも小さくその名を口にしてみる。

ローズマリーは嬉しそうに微笑んだ。



「はやく帰ろーぜ。オレもうクタクタ、早くベッドにダイブしてえよ~」


誰よりも早く帰路につこうとするアルジュンに、三人は笑って着いていった。






「……そういえば、お前たちの家はどこなんだ?」

駅に着いたら解散になるのだろうかと思い至ったマチューは尋ねる。

ワタシはシティ・セドナだ、と言い添えた。


「家――ではないけど、私もセドナ郊外だよ。今はレギオン会館で暮らしてる」


「さすがマチューはお坊ちゃまね、首都圏ど真ん中じゃない。あたしはアリアンロッドよ」


「えっ、オレ隣町なんだけど!アリアンロッドはいいよな、ワープポイントがあるし」


案外近いところに住んでいることが発覚したローズマリーとアルジュンは会話に花を咲かせる。



「ん? アルジュンは南の村の戦士だと言っていなかったか?」


「ああ、実家がアレスなんだ。でも向こうにEMAの分校はないからな、遥々ヴェニュスに来たってワケ」


「本当!? あたし、アレスに砂漠を見に行くのが夢なの!」











 故郷の話から話題は移ろい、あっという間に駅に着いてしまった。


凛は北改札、ローズマリーとアルジュンは中央南、マチューは執事の車――――というように、ここからはそれぞれ別の道だ。



四人は足を止める。

たった一日の仲ではあるが、それぞれの能力を活かしあい力を合わせた。


とても、濃い一日だ。



凛はおそるおそる、口を開いた。


「また……会えるかな」



ついさっき、案外近くに住んでいるという話をしたばかりなのにと、三人は不思議に思ったが、すぐに凛の言葉の意味を理解する。


少女が不安になってしまう気持ちもよく分かる。

ローズマリーは困ったような笑みを浮かべ、凛に歩み寄った。


「もちろんよ、だって凛はこのあたしに勝ったのよ?」


彼女に続いて、アルジュンとマチューも。


「おまえが危険を教えてくれなきゃオレ病院送りだったろうからな、すごいヤツだよおまえは。感謝してるぜ!」


「君は積極的に何かを学ぼうとしていたな。その姿勢は学校も評価しているはずだ」


――――だから大丈夫。



三人の言葉はまるで甘雨のように、凛の心に深く染み入る。



「入学式の日、また会おう」


そう言って四人は円になり抱きしめ合った。





☆   ☆   ☆






 試験が終わってからも、凛はレギオン会館の宿泊施設にて生活し、ヘンリーらと仕事をこなす日々をおくっていた。



ある日の朝のことだ。

今日はパーティメンバーで定めている休暇で、することもないので散歩に行こうかと支度をしていた時だった。


ここは会館の四階だというのに、何やらコツコツと窓を叩く音がするのだ。


驚いてそちらに目を向けると、何とサッシに折り紙のハトが止まっていたのだ。

音はガラスをくちばしでつついていたことによるものだったらしい。



凛は少し迷ったが、考えた末に窓を開けることにした。

そうしてみればハトは手のひらに乗って、それからピクリともしなくなってしまった。


「し、しんじゃった……?」



戸惑いながら様子を覗き込んでいると、黒い文字が透けていることに気が付く。

どうやらこれは凛へ宛てた手紙のようだ。



ゆっくりと紙を開いていると「合否通知」という文字が目に留まる。

その瞬間凛の体はびくりと跳ね、手紙を投げ捨ててしまった。



息を乱させ、カッと開かれた目で、ぺしゃりと床に落ちた紙を見つめる。




紙に手を伸ばしてはやめ、伸ばしてはやめをしばらく繰り返した果てに、凛は覚悟を決めた。


祈るようにぎゅっと目を閉じて、拾い上げて、折られた手紙を最後まで開いた。






呼吸を整え恐る恐る目を開き、目に飛び込んできたその文字は――――。







ひゅっと、息が止まる。














『不合格』



あくまで事務的な、温度の無いその三文字が凛の脳にこびりついた。





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